星流夜 ~しょうりゅうや~

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第1話 春はまだ青いか

 今日で、彼女と付き合って丁度半年になる。

 記念に、ぼくはちょっと変わった創作料理屋を予約した。


 へんぴな場所にあるお店だけど、案内が丁寧だったおかげで、迷わず探すことができた。


「ホントに、一ヶ月経ったらお題に沿った料理を作ってくれるの?」

 そう尋ねてくる彼女の声が、冬の空に白く溶けた。


「マジマジ。ほら、着いたよ」

 ぼくは、ビルの一角に指を差す。

 

星流夜しょうりゅうやだって。まるでわたしたちみたいだね、流夜りゅうや

 看板を見ながら、ヒカリは、はにかんだ。

 だから選んだんだ。これも何かの運命だと感じて。


「早く入ろう。ああ、寒い」

 ぼくは、震える手でガラスのドアを開いた。


 いらっしゃいませ、と低い声で招かれる。

 メガネをかけた店主は、背が高くて、やけに胸板が厚い。だが、不思議と威圧感は感じなかった。


「本日はご来店、まことにありがとうございます。当店は、一ヶ月前からお題を提供してくだされば、当日中にお料理をお出しできます」 


 特徴的なのは、声である。

 まるで声優でもやっているのではないか、と思うくらい重低音だった。男でも惚れてしまうくらいにセクシーな声色だ。


 予約していた席に座る。


「あの、いいですか?」

 早速、ヒカリが手を上げた。

「どうしてそんな主旨を?」


「ウチは創作料理屋なのですが、一人でやっていると限界が来るのです。それで、お客様からお題をいただくことに致しました」


 ただ、創作された料理は、腹を満たすものばかりではない。

 それだと、客がお腹を空かせてしまう。

 なので、普通のメニューも当然扱っている。


「ランチなど、予約がない場合は、そちらで設けさせていただいております」

 照れくさそうに、店主は笑った。

 その笑い声さえ心地よい。


「じゃあ、あれも?」

 ヒカリは、隣の席を指さす。


 初老のカップルが、皿の料理に手を付け、日本酒をおちょこで嗜んでいる。

 皿の料理は、どうやらサバのようだが。


「はい。『春はまだ青いか』というお題です」

 店主の説明だと、サバのレモンじめらしい。


「なるほど、サバは魚偏に青い、と書きますものね」

 ぼくが聞くと、店主はうなずいた。


「サバだけですと、普通の季節もの、という印象を持ってしまいますので、少しでも青春を味わっていただこうと」

 それで、レモンをきかせているのだとか。


 メインディッシュでは、サワラの塩焼きも出すという。

 魚偏に春だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る