第2話 王の間


奴隷だった私は

アリュメト国の王子

アルメンドロスに拾われた


ガランサスと名を改め

王子アルメンドロスの従士となるらしい


アリュメトは大きな国ではなかったが

常勝無敗で戦上手

兵士一人一人が洗練され

一人の兵士が他国の兵士五人は

打ち負かすと言われる程に


しかしアリュメト国は土地の資源が乏しく

他の大国に沢山の借りをしていた


それゆえ

彼らの戦争はいつも

大国の代理戦争のような


傭兵国家などと揶揄されることもあった





彼らの起こす火はやがて大陸を飲み込むが

今はまだその時ではない






私は城に招かれると

綺麗な服に着替えさせられた

どうやら私は王子と共に

アリュメト国王に謁見するらしい


王子の側近だった者が

私の元に来る


彼の名はウイジール


若き頃よりその知性と才覚を買われ

アリュメト国の頭脳と言えるような者であった


皆からはウイジール先生と

王からの信頼も厚く

王子アルメンドロスの世話役でもある


ガランサス

随分と様変わりした

生まれながらの貴族のようだ


どうやらはウイジール殿は口がうまいようだ


私は城の侍女たちが

行っていたように

服の裾をつまみ

膝を屈伸させ礼をしてみた


するとウイジール殿は笑っていた

私なりの冗談であったが、ウケたようだ

ウイジール殿はひとしきり笑いきると

私についてこいといった


新しい衣服の妙な肌触りに違和感を覚えながら

私はウイジール殿についていき


王間の前まで案内された

そこに王子アルメンドロスが立っていた

少し緊張して顔は強張っていたが

我々を見るなり解けた様子で話しかけてきた


ウイジール!

来たか

ガランサスも

アリュメトにはもう慣れたか?


まだついて間もないのに

もう慣れたか?という問いは少し

間が抜けているなと感じる


気が動転してるんだろうか

私は会釈をし王子の問いに答えた

アリュメト語はこの時まだ不慣れだったが

簡単な受け答えと敬称をウイジール殿に教わっていたので

なんとか王子の問いに

みずから応えれた


では参りましょうか

アルメンドロス様

ガランサスは私の後ろに


そう言うと

ウイジール殿は

王子の襟を正し

王子は首元にかかる服の隙間に指を入れ

窮屈そうな服に余裕を持たせて深呼吸をした


ウイジールは王子の隣に立ち

扉の前に立つ兵士二人に目配せをし

兵士は扉を開いた


二人は王の間に足を進める

私も後ろからついていく


中は薄暗かった


蝋に火はいくつかしか灯されていなく


王の間を十分に照らしてはいない


この国では蝋も貴重なのだなと察する


私が以前仕えていた

貴族たちの間の方が雅ではあった


しかし


その中央に座するアリュメト王の荘厳さは

貴族たちとは比べものにならない

黒い毛皮を纏い

王冠を頭につけ

座している


圧を発していた


王の傍らには

気高い騎士が一人


二メートルはあろうかという巨躯で

城内においても甲冑を着て

兜を着けているため顔は分からない


彼も只者ではない雰囲気を持ち

強者たるオーラを放っていた


前の二人はそれを受け止めながら歩を進める


ウイジールは王に近づくと


アリュメト王

此度の戦

陛下の手腕により見事ゾモアを堕とす事

これ叶いました

王子

アルメンドロス様も実に勇敢で



ウイジールの言葉は遮られた

王の言葉によって


王は続けて口を開く


話は聞いている


倅が勇敢に奴隷を焼き


その奴隷に慈悲を与え私の部屋に連れてきていることもな


なぜそいつは燃えていない?


ここで焼やして

王の間を温めてくれるか?


王は王子を叱責した

私の存在が気に入らないようだ


話の流れから私の生死が危ぶまれているようだが

この鈍く重たい雰囲気は私よりもアルメンドロスを

押し潰していた

アルメンドロスは応える


父上

気に入らないのは分かります

しかし私は

父上の言いつけを守り

責務を果たしました

戦利品として賜りたく思います

どうかご慈悲を

王子は跪いた


王はまた同じような口ぶりで

王子を責めようかというような面持ちであったが


王子が跪き私の顔が王の目に止まる


王は何かに気づいたような顔をした後

顔を伏せていた私に面をあげるよう命じ


私は顔をあげた


王は私の顔を食い入るように見つめた

私の前で王子は跪いたままだ

その間は短いものだったが

とても長く感じた

その重たい空気を作った張本人が口を再度開く


知っているぞ

以前闘技場で見かけた

そうかお前ははゾモアの闘士だったか

よく覚えている


皆驚いていた

王の威圧的な口ぶりは

柔らかく高らかな声色に変わった


ウイジールは私を見つめ

尚も跪いているアルメンドロスも私の顔をうかがった

王はまた軽やかに語りだす


いつだったか

カルーラの催しで

幼い闘士が熊を狩る姿を見かけた


皆童が熊に殺される惨事になると目を伏せていたが

私はしかと見届けていたぞ


熊が貴様に覆いかぶさり

喰われようかと思った矢先に

ピクリと熊は静止し

熊の体から這いずり出たお前の姿を


あれはお前だな?


アリュメト王は詳細に話して見せた

私に期待の目を向けている

そばにいたウイジールは私にそうなのか?

と王の言った言葉を通訳した後

聞いてきた


確かに私は熊を殺した

歳にして11の頃に


私は頷いた

それは私であると


王は手をたたいて喜んだ


次にあの時どうやって殺したかと尋ねてきたので


応えた


腹を空かせた熊は私に向かって飛び掛かってきたので

私はとっさに短剣を上にして寝ころんだのだと

幸いにその短剣は熊の心臓に刺さり私は生還した


それを聞くと王はまた大層喜んだ

王は上機嫌に話し始める


あの夜は皆酔っていたので

私が見たのは幻かと思っていたが


ようやく謎が解けた


素晴らしい機転と勇敢さだ

そしてなにより

神に愛されている


私はただただ

王の賛辞を受け止めていた

上手く聞き取れはしなかったが

空気が先ほどとは違ってきているのを感じる

王は話題を本題に変える


お前はこの国に仕えたいのか?


そこの跪いている倅に連れてこられただけであろう


何を望み何をしてくれるのだ


この国に


この私に


私は応えた

不慣れなアリュメト語で


私の幸運をこの国に捧げます

それが私の望みであり

私に出来ることです



王はまた笑った


いいだろう

名はガランサスと言ったな


このアリュメト国は


ガランサスを我が国の庇護下に入れる


これを神々


しいては森羅万象すべてに


お前の尊厳を守ると世アリュメト国国王


アリュメトがここに誓約を立てる


汝今日よりアリュメトの民だ


ウイジールこの者をお前に預ける


そこのいつまでも

跪いてる間抜けと同じように育てろ


立て!


アルメンドロスいつまで跪いてるつもりだ


このバカめ!


貴様はこの者と共に育ち

身を鍛えろ

軟弱な貴様に神々が使わしてくれた

救済だありがたく賜れ!


アルメンドロスは叱責を受けた後

立ち上がり父親に頭を下げた

私とウイジール殿も同じように頭を下げ

王の間を後にする



嵐のような時間は終わり

私はこの国の客人となった


三人は外に出ると

おもわず息を漏らした


ウイジール殿は私の肩をポンと叩き

先ほどの間へと促しその場を後にした


残ったのは私と王子二人だ



すこし沈黙があった



妙な沈黙だった



過ぎ去った嵐の後の安堵もあるが

それとは別に妙な間が




先に口を開いたのは

アルメンドロスだ


あんなに

はしゃいでる父を見たのは初めてだ

さっきの話凄いな

父が喜ぶわけだ

父は強いものを好む


私と違って


アルメンドロスの話し方は


私にも聞き取れる


しっかりと発声し


ゆっくりと語る



私に合わせているのだろう



アルメンドロスはそれではと残し

その場を後にした

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