冒険者ギルド


 殺されない世界をつくるといっても何をしていいかわからない。

 まずは娘さんの助言通り、「殺されない生活」を目指してみることにしよう!


 となると、やはり冒険者というのはまったくそぐわない。

 危険と隣り合わせだからだ。冒険者なんてのは常に殺し殺されするもんだ。おっそろしい。

 俺だったら絶対、自主的にはならないね。


 ギルドにいってやめたい、と伝えてみることにしよう。

 こんなん自由業みたいなもんだし、辞めたいって言えばやめられるだろ。

 そんな軽いノリだった。


「やめるとなると、いままで散々ツケていた違反金を払ってもらうことになりますが」


 ギルド嬢は、冷ややかに言った。

 違約金、というのは、ギルドで受けた依頼を達成できなかった場合に発生する料金だ。

 どうやら、ギークはそれを払わずに貯めていたらしい。


「……ちなみにおいくらで?」

「30万です」


 告げられたその金額は、冒険者の平均年収である。

 ぐおお、そりゃ無理だ。

 今は食うに困るレベルの金しか持ってないぞ。……娘さんの酒屋で飲みすぎたな。


 まずはそれを返済するところからやらなきゃいけないらしい。

 しかし、違約金って。弓の腕はよかったが、あんまり有能な冒険者じゃなかったらしいな、ギーク。


 今までは依頼を失敗しまくってきたってことか。

 つまり、ギルドからの信頼は薄い。やりにくいなあ。

 重大な仕事はなかなか割り振ってもらえないってことじゃないか。そうなると金も稼ぎにくい。


 冒険者、といういかにもな名前の職業とはいえ、危険な仕事ばかりではない。

 命の危険のない仕事を選んでいけばいいのだ。

 俺は死なんぞ! そう簡単にはな! なるべくな!


 死ににくくて、さらに失敗しなさそうな依頼がいい。

 俺は慎重派だ。張り出されている依頼の紙を真剣な顔で眺めていく。

 さて、安全なのはどれだろうか。今日の宿代くらいは稼がなければ。できればうまい飯が食えそうなくらいの金が入りそうだと、なおいい。


「読んであげようか」

「いや、いらねえよ」


 子供に声をかけられたが、そちらに目線をやることもなく断る。


 冒険者は学がなく文盲であることが多い。

 こうして冒険者ギルドの依頼が張り出される掲示板の前で、字の読める子供が小遣い稼ぎをしているというのは良く見る光景だ。


「えっ!? ギークさん、いつのまに字が読めるようになったの!?」


 やべえ、どうやら俺がよく頼んでいた子供だったらしい。

 というか字読めねえのかよギーク。お前弓の腕はいいのに。もうちょっと頑張れよ。


「あー、まあな。だからもうお前に金払ってやることはできねえよ」

「ええっそんなあ。いい稼ぎになってたのに」

「悪いね。別の客探しな」

「常連さん一人いなくなっちゃった……」


 その子供は良く見ると女の子だった。

 身綺麗にしていて、冒険者ギルドにはややそぐわない。


 それなりにいい家の出身なのだろう。

 なにせ、字を読めるくらいの教養があるのだ。


 掲示板を眺めて良さそうなものを探す。


『女の子のペット探し』

『少年の剣術稽古』

『おばあちゃんの介護』


 これらはいいんじゃないか。

 生活密着型のお仕事って感じだ。

 給料はアホみたいに低いが、失敗しないだろうし、死ぬことはなさそう。


 重要だからもう一度言う。死ぬことはなさそう。


「あれ? ギークさん、それ受けるの?」

「そうだが、なんか文句あんのか」

「えーっと、ペット探しのやつね。それ、依頼人、わたしだよ」


 おーっとっと。


「あー……じゃあ、お前がケイシィか」

「ちょっと、ギークさん、わたしの名前も覚えてなかったの!? ひどいよ!」

「悪い、悪い。物覚えが悪くてね」

「その割には、字はすぐに覚えたみたいだけど?」


 ちょっと、この子結構鋭いんじゃないですの? 嫌味が上手ですね。

 しかし俺は大人の卑怯なコミュニケーション能力で、話題を強引に反らした。


「ちょうどいい、他の依頼は受付嬢ちゃんが依頼人に連絡取ってもらうまで、こっちからはなんともできんし、お前さんの依頼からこなしちまおう。細かい話をしたいが、飯は食ったか?」

「ううん、まだだよ」

「それなら飯を食いながら話そう」


 ギルドの中には、簡単な食堂が付いている。

 客はほとんど冒険者なので、完全に質より量、安くてややうまいかもしれない程度の味だ。

 ケイシィは満面の笑みを浮かべた。


「わーい!」

「おごるとは言ってないが」


 ケイシィの身なりを見る限り、それなりには裕福な出身のようだし、ここの食堂の料理程度では満足できないかもしれない。

 まあ裕福っつったって、小遣い稼ぎに冒険者の文字読みをしてるみたいだしな。

 中流階級以下ってとこか。文句言われても無視しよ。


 しかし「人と一緒に食べるのがたのしいからいいの!」と、うきうきした様子だった。

 稼ぐために忙しい両親と触れ合う時間が少ないのかもしれない。

 適当に注文して座っていると、ケイシィが先に口を開いた。


「ギークさんに依頼受けてもらえて、助かったよ。ずっと受けてくれる人がいなかったんだ」

「子供の小遣い程度の報奨金だからな、大の大人が受ける依頼じゃねえだろう。だが、冒険者にもガキはいるだろ? そいつらは受けなかったのか? 安いが安全だろうに」

「うーん、最初の頃は引き受けてくれる人がまあまあいたんだけど……2度目からはみんな受けてくれなくなっちゃったんだ」


 ちょっとまて、なんといった? 2度目?


「この依頼は何度も出しているのか?」

「うん、そうだよ。ウルメはすぐ逃げちゃうんだ。動きはすっごくゆっくりなんだけど、なんでかとってもわかりにくいところに逃げて行っちゃうみたいで、誰もすぐに見つけられないの。時間ばっかりかかるって、みんなすごい怒っちゃって、リピーターがいないの。でも、わたしのお小遣いで出せるのはこのくらいまでだし……困ってたんだ」


 脱走癖のあるペットか。非常に厄介だな。


「ギークさんがいつもこの依頼こなしてくれたらうれしいんだけどな」

「1回も受けてねえんだから、まだなんとも言えんな」

「えー、ケチ」


 ケイシィは子供らしく頬を膨らませた。

 しかし俺は大人、不確かな約束事はできないのだ。


「小遣い稼いでる時間でペット探せばいいだろう?」

「それがね、わたしじゃどれだけ探しても、絶対にみつけられないの! 何日も探したことあるから、ほんとなんだよ!」

「そりゃお前、嫌われてんじゃねえのか。お前さんのとこにいたくないから何度も逃げ出すんだ。そのペットのことは諦めろ」


 ケイシィは俯いて、ぎゅっと手を握った。


「ウルメはお母さんのペットだったんだよ。たしかに、お母さんがいたころは、ウルメも家出なんてしたことなかったの。……ウルメはお母さんを探しに行ってるのかも。でも、お母さんは、もう……」


 ……俺の良心がズキズキと痛み出す。

 小さい子を泣かせるなんて、大人失格だ。しっかりしろ、俺。


 世界平和が目的なんじゃないのか。

 子供がなく世界なんて平和じゃないぞ。

 子供が泣くから俺が殺されてばかりいるんだ。うん、そうに違いないぜ。


 強引な因果を結びつけると同時に、俺は決意する。


「わーったよ。お前さんの依頼は受けてやるから、そのウルメってのの特徴を教えてくれ」

「ほんとうに! ありがとう、ギークさん!」


 ちょうど、料理が運ばれてくる。固いパンと、具のほぼないスープと、なにかの肉の丸焼きだ。

 俺は肉をケイシィに取り分けてやって、残りにかじりつく。

 いやもうなんだかんだ言ってやっぱ奢っちゃったわ。世界平和第一歩と思おう。


 何年か前に貴族やってたとき食った飯のほうが何倍もうまいが、文句は言うまい。


「ウルメはね、このくらいの大きさなの」


 ケイシィが両手で示したのは大体、直径20センチくらいだろうか。

 なかなかのサイズだ。

 猫だったとしたら普通だが、犬だったとしたら小型犬というところか。


「それで、色は黄緑で、鳴き声はキュピィっていうの」


 黄緑色の犬猫は正直気持ちが悪いな……。


 もしかすると、カエルだろうか。

 どこかで村人をやっていた時、となりの家のボケかけたじいさんがペットとしてカエルをかわいがっていた。


 カエルを2世代にわたって可愛がっているケイシィというのもなんだかおかしいが、まあここは異世界だからな。

 多少の価値観の違いがあることは俺も受け入れている。


「性格は照れ屋! ちょっとびっくりしただけで、すぐに甲羅の中に引っ込んじゃうんだよ!」

「つまり、カメか」

「かめ? ウルメはウルメだよ」


 うーん、縁日とかでよく見かけるよな、カメ。


 懐かしいなあ、俺が小学生のころ、教室で飼ってた。

 あいにくいきものがかりにはなったことがないのでまともな世話をしたことはないが、身近にカメがいた時期があったせいか俺はややカメ好きだ。


 いや、好きとまでいうと語弊があるが、すくなくとも嫌いではないし苦手でもない。

 しかし別に飼いたいとも思わない。そんな微妙なラインである。カメ。


「結構でかいカメだな。それならすぐ見つけられるんじゃねえのか」

「それがなんでかみつけられないんだよ。不思議だよね」

「ま、いい。その不思議とやらを体験してきてやる」


 俺は会計を済ますと、ウルメとやらを探し始めた。

 まずは聞き込みだろうとその辺のやつに話しかけると、大抵「ああ、ウルメね」と知っている様子だった。それなりに有名なんじゃねえか。


 だが、有名なのが仇になった。

 しょっちゅう逃げ出しているせいで、目撃情報の精度が低いのなんの。


「ウルメならこの前その椅子の下で見たよ。いつだって? うーん、1ヶ月前?」

「見るたびにおいしそうだなあって思って、いっそ食べちゃおうかなって鍋とりにいって戻ってくるといつのまにかいなくなってるんだよね」

「今度はお前が犠牲者か? 覚悟しろよ、俺の時は見つけるのに3日3晩かかった」


 聞き込みはほとんど意味をなさなかった。

 みんな世間話だの愚痴だのを言うだけなのだ。

 見たならそんとき拾って届けてやれよ。そして食えんのかよカメって。


 まあいい。依頼を受けるとは言ったが、いつまでに見つけ出せとは言われなかった。


 3日はかけてのんびり探すくらいの腹づもりでいることにしよう。

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死にたいんだが、いくら頑張っても死ねない 九条空 @kuzyoukuu

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