VOL.4

 カウンターの向こう側にいたバーテンはそれまで俺と目を合わさずに下ばかり向いていたが、俺の言葉を聞くと、嫌らしい笑みを浮かべ、ごそごそと手を動かしていたが、黒い表紙のファイルのようなものを取り出してくると、それを俺に示した。

『すいませんがお客さん、前金でお願いします』

俺は懐から5千円札を二枚、目の前に突き出してやった。

 それを受け取り、ファイルを俺に渡す。

 中には顔を自分の手で隠したお決まりのポーズの若い女性たちが、扇情的な服装をしてこっちを見ていた。

 幾ら顔を隠してもすぐに分かる。

 その中から俺は紛れもない『彼女』を見つけ出した。

『この子』俺は写真を指差して言った。

『「ルナちゃん」ですね。分かりました』

 携帯を出したバーテンは、どこかに電話をかける。

『少々お待ちを、直ぐに来ますから』

 俺たちがこのやり取りをしている間も、ボックス席の三人組の胡散臭い視線はずっと外れることはなかった。

 待つほどのこともなく、入り口のドアが開き、紺色のキルティングのコートを着た若い女性が入ってきた。

コートを脱ぐと、下にはこの時期限定なのか、赤と白のサンタ風ミニドレスだった。

 化粧はひどく濃く、眼鏡をかけていないが、明かに恩田警部補の一人娘の文子だ。

『まあ、ここへちょっと座らないか?外は寒かったろう。バーテンさん、済まんが彼女に何かあったかい飲み物を頼む』

『お客さん、困りますな。お金を払ったらすぐにでも外に連れて行ってくださいよ?』

『俺は客だぜ?金を払えば後はどうしようと指図されたくはないな』

 バーテンの目が、ぎょろりと動いた。

 後ろであの三人が立ち上がる気配がする。

『おい、お客さん、ちょっとツラを貸して貰おうか?』

 振り返ると三人が、俺をねめつけていた。

 痩せ男はナイフを構えている。

 無精ひげはブラックジャック、デブは素手だが、恐らく懐には銃をのんでいるに違いない。

『こんなツラで良けりゃ貸してやるぜ』

 俺は椅子から立ち上がり、隣で心配そうに見上げる彼女に、

『大人しく待ってなよ』とだけ言い、三人にせかされるようにして外に出た。

 痩せ男がナイフで俺の背中を突くようにして急き立てる。

 ビルのすぐ傍ら、人ひとりがやっと通れるくらいの路地を10メートルばかり歩くと、そこはぽっかりと空き地になっていた。

 恐らく古いビルを取り壊した跡の更地なんだろう。

『コ』の字形に他の建物がぐるりと取り囲んでいる。

『あんちゃん、どこのどいつか知らねぇが、舐めた真似をすると痛い目に遭うぜ』『痛い目って、どんな目だね?一度見てみたいもんだ』

『野郎!』

 そう叫んで痩せ男がナイフを振り回してきた。

 俺はそいつを巧みに避けると、鼻のど真ん中に縦拳を叩き込み、ナイフを落としたところを首ったまをひっつかみ、膝を鳩尾に入れた。

『ぐぶっ』

 痩せ男は身体をくの字なりにして、顔中血だらけにしながら前のめりに倒れた。 その瞬間、俺の背後にいたヒゲがブラックジャックを振りかぶるのを察知した俺は、肘をまっすぐ、奴の腹にくれてやると同時に、内股で思い切り投げ捨てた。

 最後はあのデブだ。

 懐に手を突っ込んだ奴の手には安物のコルト・オートマティックの.32口径が光っている。




 



 



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