嵐除け地蔵

水木レナ

地蔵様の大汗

 興野きょうのの土地に伝わる伝説っちゅうやつだ。

 わしが主人公だぞ。

 嵐除あらしよけ地蔵っていうんだ。


 むかぁーし、むかし。

 儀助ぎすけっていう、たいそう信心深くて働き者のよい百姓がいた。

 百姓っていうのは、今は農夫ともいうな。


 そんでな、その儀助が毎日わしに手を合わせてな。

「今日も一日お願いしやんす」

 ってなあ。


 それが毎日よ。

 とごろがだ……。


 あるあづーい夏に、おてんとうさまがあんべえよくねえ日が続いて、このままじゃあ作物が育たねえっていう。

「こんだあ嵐がやって来たらば、作物は全部だめになっちまあ、飯も食うことできねえ」

 って儀助がいうのさ。


 かわいそうに大汗かいて、畑の中にしゃがみこんでなあ。

 こりゃあいけないな、とわしも思ったので、天の神様にお願いを立ててな。

「ぎすけのために、わしが血ィ出すくらい力だすから、おてんとうさま照ってくれ」


 わしは地蔵だ。

 子供たちの面倒さみるのが仕事。

 そのほかの力などあるはずもね。


 だが、信心してくれる者を助けられないなんてことはな、悲しいことだ。

 そう言ったら、天の神様は……儀助だけを助けるのは理にかなってねえって言ったけど、わしの力ではそれが精いっぱいだったからなあ。

 そう、申し上げたんだ。


 すると、天の神様は、そんななさけのないことを言うな、とおしかりになってな。

 わしは、こう言っただ。

「毎年、年一回でもいい。餅っここさえて捧げ持ってくれたら、わしは大汗しぼって、ぎすけと同じように助けよう」

 って。


 天の神様は、

「いかにも、そうしなさい」

 っていうんで、はあ、願掛けを許してくれたんだ。


 契約だな。

 一種の。

 神様との契約。


 わしはぎすけを呼んだ。

「ぎすけー、ぎすけよー」

 ようし助けてやるぞと、内心うきうきしておった。


 儀助は汗を手拭いで拭いぬぐいしてな、やってくるとわしの背中を見た。

 わしが大汗かいてるのを見てな、おどろいておったよ。

「こりゃすげえ。地蔵様の背中がまっかっかだあ」


「これより嵐が来る。わしがおめの畑さ守っでやるがら。背中がまっかっかなのがそのしるしだ」

 っていうと、儀助は、

「こりゃあ、確かに地蔵様の声だ。はてさて、夢でも見たのか」


 夢でねえ、儀助。


 儀助は天を見上げると声をあげた。

「こりゃあたまげたこった。向こうの空は雨が降っているのに、こっちはなんともねえ」

 そして畑に飛んで行ってまた、

「畑もなんともねえ」


 それからどうしたのか、いやさ予想もつかねえこどがあるもんだなあ。

 村の人々がわんさか集まって、わしの背中を見てな。

「こりゃあたまげたこった。わしらの嵐除け地蔵様だ! 祀ってさしあげろ」


 と言って、ありったけのごっそうをつくって、お供えと御念仏をしてくれた。

 それからだな。

 わしが村人を救う役目を負ったのは。


 

 ぎすけー! ぎすけよー!! 今はどこを見てもおめの姿は見えね!!!

 だがよう、ぎすけ、わしは思うんだ。

 毎日まいにち「今日もお願いしやんす」と言ったおめのために、このわしが嵐さ暴れんのを退けるとはよう。

 だれがそんなこと、おめのためでなきゃできるとも思わねがった。


 だが、おめが村人にうれしそうに言いふらすっがら、村の者ぜえんぶ、三月の寅の日には餅っここさえて竹竿にいっぺえつけて、お札まではさんで……麦畑にさすようになった。

 そういうのを見るとよう、この村の者みいんなが、わしはかわいく見えてな。


 もう、おめのことを憶えてる者はねえ。

 だが、おめの心はほんとうにきれいだ。

 今は村人みんなの目に、それが映る。


 よおー、ぎすけ。ぎすけー、おめは大した男だったよ。

 ぎすけよー、ぎすけー……。



 了

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嵐除け地蔵 水木レナ @rena-rena

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