3章 壊したがる人間

   1


 月曜日。お昼休み。天候は快晴で暑い。青梅蛍は、友人の鈴掛椛、茜屋茅斗と共に大学の裏にあるファミリーレストランに来ていた。キャンパスの正面からは離れているためほとんどの学生は存在を知らないらしいし、知っていてもここまで来ないのだと思われる。青梅らの所属する学部の研究棟がキャンパスのはずれにあり、専用の入口から出るとほどよい距離にあるため、もっぱら学部関係者だけに利用されるお店となっていた。今日はあまり学生の多いところに行きたくはなかったのでちょうどいい。

「アルバイト探してたろう、いいのあったぞ」茜屋が言う。

「それなんだけど……」青梅は申し訳ないという気持ちを込めて声を落とした。「紫橋先生から紹介されて」

「なんだもう決まっちゃったのか。なんのバイト? あの先生だとあやしいのじゃないの」

 茜屋と鈴掛が笑う。青梅は笑えない。

「探偵助手」

 ふたりの笑い声が止まる。

「なにそれ?」

「小林少年みたいな?」青梅は自分でもよくわかっていない言葉を持ち出す。

「素行調査とか浮気調査とかするんでしょ」鈴掛がフォローするように言った。「大きな会社だと内定前に調べたりするとか聞いたことあるよ」

「まじかよ。じゃあ、青梅が俺たちみたいな学生を調べたりするの?」

「そういうのはないかなあ……」

 実際、普段の仕事がどんなものかは聞いていないが、どうもなさそうな気がする。

「いまはね、えっと、ニュース見た?」青梅はケータイでニュースの記事を見せる。「これ」

「殺人事件」

「うん」

「あぶなくね?」

「まあ、私がいるときに事件起きたしね。探偵助手兼青梅容疑者です」

「そんなバイトすぐやめろよ! 俺のほうちゃんと紹介してやるから。なにかあったらどうするんだよ」

 急に立ち上がって大声を出す茜屋に視線が集まる。鈴掛が、まあまあ、といさめて座らせた。

「契約しちゃったし、お給料いいし……。あとさ、ずっと普通だった私にこんな不思議な機会がもう来るとは思えないんだよね。本物の刑事さんとも会えたんだよ」

「容疑者としてね」鈴掛が言う。「素敵なイレギュラー」

 言い返すことはできない。重い空気に耐えられず、青梅はドリンクバーに逃げ出した。こうなることはわかっていた。だから学生の多い食堂は避けたのだ。黙っていてもよかったかもしれないと思うが、それはそれでつらいし、できれば相談する場所ぐらいはほしい。だから、今だけは仕方ない。コーラをいれて席に戻る。座ると、鈴掛が言った。

「それでどういう事件なの」

 ほら、楽しそうだ。しかし、まだあまり調子に乗ってはいけない。申し訳なさそうに、さりげなく、餌を与える。人と飼い猫はどちらの立場が上だろうか。毎日、毎日、餌をもらえる猫は、自分の立場を勘違いして用意された台の上から人間を見下ろす。

 否、勘違いしているのは人間か。

「密室、それも意味のない」

「意味のない密室?」鈴掛と茜屋が声を揃えて言った。

 青梅は頷く。

 探偵助手になった経緯と事件の概要を説明した。探偵と出会ったこと、ある事件についての依頼を受けたこと、そこで殺人事件が起きたこと、そして密室が用意されていたこと。依頼の事件については守秘義務だなんだとでごまかした。そういった説明をすると茜屋はなんだか本物っぽいな、と感想をもらした。

「どうやったんだと思う?」

「正解をあてたら自首してくれるの?」

「私はやってないってば」

「冗談。殺人だけならアリバイのない人が犯人なんじゃないの」

「なら私はずっと人といたからセーフ」

「じゃあアリバイトリックの可能性は否定できないな」

「なんなの。椛は私が犯人でいてほしいの?」

「それが一番おもしろいでしょ」

「おもしろくない」茜屋がむすっとした表情で言う。

「結局、わからないんだよね。昨日もずっと考えてたけど、アリバイも知らない人もいっぱいいるし、あれば大丈夫なのかって言えば、密室にトリックが使われているんだからアリバイだってなにかしかけてあるかもしれないし」

「密室はそう思わせるためだったってことか」

「どうだろ」青梅はコーラをストローからすする。「別にそこは密室がなくたって疑うところじゃん?」

「まあ、警察が疑わないということはないだろうね。アリバイがない人の方を重視するとしても」

「だよねー」

 青梅はストローをくわえあげる。噛み潰して遊び、コップに戻した。

「密室トリックもまったく意味わからない。なんだろ、おちょくってるのかな」

「天才とかのしそうなことじゃねーの」

 それはまあ考えないこともないけれど。青梅は国城環を思い浮かべる。しそうな気はする。偏見だが。

「国城環って知ってた?」

 鈴掛が縦に、茜屋が横に、首を動かした。

「名前だけだけどね」鈴掛が携帯電話をいじくる。「でも、いま検索するとすごい人だっていっぱいでてくるわ。ノーベル賞候補だったとか」

 候補か。それはすごいことなのだろうけど、受賞者の名前もあまり思い浮かばないぐらいではある。

「密室はさあ、あとからポケットにカードを入れたとかじゃないの」

「それは考えた。ただ、あのとき遺体に近づいた人はあまりいないんだよね。八田さんという人が動画撮ってて、近づいたのはたぶん、国城さんと探偵さんぐらい。探偵さんが、近づかないようにって言ったからさ。あとはぎりぎりその動画を撮っている八田さんが探偵さんに呼ばれて近くにいったぐらいかな。撮影しながらカードキー戻すのは厳しそうだけど」

 逆に言えば、カードを入れたとしてもそのシーンを映さないようにできるとも言えるが。

「国城さんと探偵さんのアリバイは?」

「国城先生は私達と別れてからがちょっとなくて、探偵さんはずっとある」

「それも共犯説を考えればあまり関係ないか。その三人のうちの誰かが共犯者でカードを戻すのだけ依頼できれば密室は作れる。意味は薄いけれどね」

「そうそう。椛は頭いい」

 昨日、一日、考えたことをちょっと話しただけでさっと出してきた。まったくその通りで、国城先生の八十歳という老いを考慮にいれなければ、アリバイがなく、またカードキーを戻すチャンスもあったと言える。ただ八十歳のおばあさんにどこまでできるのか、という懸念が残るだけだ。人を殺すなんておおごとならば火事場の的なことがあるかもしれないし、天才などと呼ばれる人に常人の感覚をあてはめていいのかはわからない。その他の人にしてもカードキーを入れる部分だけ手伝ってもらったということは否定できない。水喰土が場を仕切りつつ、実は共犯者だったという可能性も。青梅は、氷の言葉を思い出した。ただ、それはないだろうな、という論理ではない感覚もあった。信用ではなく、期待でもない。そうだろうな、という想像でしかないが。

「なにか助けがいるときは連絡しろよ」

「ありがと」

 茜屋は、とてもいい奴だ。心配してくれている。できればそんな事態にはならないでほしいが。

「ねえ、探偵さんはかっこいい?」鈴掛がにやついた顔で言う。

「おっさんだろ、三十オーバーとか」茜屋が言った。

「変人だよ。探偵なんてやろうって人だもん。紫橋先生の元教え子で、なんか崇拝してる感じ」

「気持ち悪いな」

「顔は? 容姿は?」

「まあ、普通じゃん? 悪くはないよ。そんなよくもないけど。陽気な蛇みたいな。あ、そうそう、バカになりたいんだって。頭良すぎて困るから周りと同じようなバカになりたいって言うの。すごくない?」

「頭おかしいだろ」

 青梅と鈴掛は声に出して笑った。

「笑えねーよ」

 茜屋は真面目に心配しているようだった。

「ふたりとも次は?」青梅は時計を見る。そろそろいい時間だ。

「同じ講義かな。美学」

 一緒に取ろうとしたけれど、抽選で青梅だけ外れたものだ。ゼミのときといい、どうも今年はくじ運が悪い。殺人事件なんてものに巻き込まれたことを考えれば、くじだけでなく運が悪いとも思える。子供の頃から運がいいと思ったこともないけれど、それは確率論の範疇か、それとも認識の問題か。

「私、次、休講であくんだよねー。どうしよ」

 そのあともないなら帰ればいいのだが、残念ながらその次の講義はあるのだ。それも一年、二年と落としてきたので、今度こそはとらないといけないものだ。

「先生のところ行ってきたら」鈴掛が立ち上がりつつ言った。

「ん?」

「報告とか。なにか助けてくれるかもしれないし」

 青梅はリュックを背負って、会計用のシートを取る。

「あんまり気が進まないけどなあ」

 あの人も変人だ。

「どうもこの件はおかしな人が多すぎる」

 鈴掛が微笑みかけてきた。なんだろう、と思ったが一拍おいて理解できた。あなたは? と問うてるのだ。

「私は違うよ。普通の一般人です」青梅は両手をふる。

 だから困ってるのだ。おかしな人たちに振り回されて。

「仕方ない、言ってみるか」

「セクハラとか気をつけろよ」茜屋が言う。

「それはこの前された」



   2


 在室。入り口にかかっているプレートはそう表示されている。ここは紫橋研究室の前である。青梅蛍は扉の前で悩んでいた。やっぱり帰ろうかなと。プレートの下にある予定表ではいまは特別になにかをしている時間ではない。それも当然の話だ。紫橋の唯一のゼミ生はここで暇をしているのだから。

 扉は閉ざされている。

 あのときから扉にわずかな怖さを覚えるようになった。ここを開けたら、首吊りの死体がまた出てくるのではないか。中に紫橋が無残にも絶命した状態で転がっていたりしないか。

 声はない。

 音もしない。

 ひとりでいるからだろう。PCを操作する音などは部屋の外まで聞こえないし、思索にふけっているのかもしれない。もしくは趣味の時間か。そういったところだ。

「なにか御用ですか」

 背後から紫橋に声をかけられた。青梅はさっと振り返る。

「在室では……」

 プレートに視線を送る。

「ちょっと荷物を受け取りに行くぐらいですからね」

 紫橋は大きな箱を抱えている。下の事務に届いたものだろうか。

「それで、なにかを迷われていたようでしたが」

「可能性について考えていました」

「可能性」紫橋が確認するようにつぶやく。「それはまたどういったものでしょうか」

「ここを開けたら、密室で先生が首を吊って発見されたりはしないかと怯えていました」

「密室でしたら、あなたは入れませんね」紫橋が箱の下から手を伸ばし鍵を差し込んだ。解錠された音が響く。「鍵を持っていないでしょうから。どうぞ」

 紫橋が先に入り、長机の端に箱を置いた。そのままいつもの席に座る。机の上には分解中のアイロンが置いてあった。ばらして掃除をしているわけではない。もっと細かく、小さなパーツまで分けている。アイロンだと判別できたのは特徴的な底面とポップなデザインのプラスチックカバーがあったからだ。

 電化製品を分解するのが、この先生の趣味なのだ。

 何万円もするようなものを買ってきて、分解し、そのままゴミに出す。そのような信じられない光景を紫橋のゼミ生となってから何度も目撃した。ときには、青梅がほしいと思っていた最新のゲーム機を目の前でバラバラにされたこともある。

 まったく信じられない趣味である。

 なにかを作るというのならまだ理解できる。壊すだけなどというのはクリエイティビリティの欠片もない。なによりお金がもったいないではないか、とそんなことをオブラートに包んで尋ねたことがある。そのときの返答は、しまっておく場所代がかからない、というようなものだった。たしかに紫橋の研究室は片付いている。他の先生と比べるとものが少なくパソコンと工具箱を除けば、あとは分解されることを待つものたちしか存在しない。

 そうはいってもこの間、届いた人でも入りそうな大きな箱などが部屋の隅に鎮座しているのを見ると、あれがいくらで、ほんとうならどんな役に立つものを無にしようとしているのか正気を疑いたくなる。まさかとは思うが、科研費で購入した高額の実験器具などではあったりしないか。

「それでどうでした?」

「人が亡くなられました」青梅は一度そう言ってから言い直すように続けた。「殺されました」

「それが一番伝えたいことですか」

 紫橋がコーヒーをすする。

「他になにかありますか」青梅は苛立ち語気を強めた。

「さあ、それは人それぞれでしょうから。仕事の報告を大切だと考える人間もいれば、天才がどんな人だったかを話す人間もいたっておかしくない。多様性を認めることは、求めていない返答を許容することです。たとえそれが人間性や倫理観を疑いたくなるようなものでも」

「話が見えません」

「どんな返答でも、あなたという人間自身が表現されるということです。表面上かもしれませんけどね」

 まったくわからない。青梅は大きくため息をはいた。

「アルバイトをやめますか?」

 問われて、青梅は固まる。なぜ、ここでその質問をされたのかがすぐには理解できなかった。当然、続けるものだと考えていたからだ。

「いえ、続けるつもりです。大学側からなにか問題があるとのことならば仕方ないですが」

 やめることを考えていなかったかといえばそんなことはない。ただ、それはどこかジョークのようなもので、ふいに、死んでしまおうかと考えるような、実現する気のない憧れに近い。ただそれを実行する権利が自分の手元にあることを確認するためのつぶやきのようなものだ。だから、問われてもすぐに理解できなかった。

「それもあなたです」紫橋が声を出して短く笑った。「心配しなくていいですよ。大学は特になにも知ってはいません。これは私の個人的な紹介ですから」

 実際、心配などしてはいなかった。どちらかといえば、個人的というところのほうが心配ではあるけれど、それもまたジョークのようなものでしかない。

 青梅は、国城環の屋敷に出向いてからあったことを説明した。壊された人形、殺された人間、意味のない密室。もう何度目かの説明であったので、随分流暢に話せるようになったな、と自覚する。あと三回ぐらいやれば、聞き手を一喜一憂させ楽しんでもらえるようなエンターテイメントにできるのではないかと思う。

「犯人は国城環ではないですか」

「なにかわかったのですか」

 この人も頭のおかしい方向に発達している部類の人間だと知っている。大学教授という知的職業のある上層に位置する者だというだけではなく、もっと異質で異常な得体のしれないものを、紫橋から感じている。青梅は、自らを特徴のない普通の人間であるとは思っていたけれど、それぐらいの判断はできるとも思っている。なによりその国城環の教え子であり、難事件をいくつも解決したらしい探偵水喰土礫の恩師でもあるのだ。ゆえに、この人にならば、すぐに事件を解決できてもおかしくはないという期待を持っていた。

「なんとなくです」

「偏見じゃないですか。それもひどい」

 期待は瞬時に裏切られて、流れ星のごとく消えた。

「彼女は壊すことの意味を知っています」

 紫橋が机の上に広げられた元は形あったものの前で手を広げる。

「私にこれを教えてくれたのはあの人ですから」



   3


 六十年近く前のこと、紫橋小桜はまだ小さな小さな子供だった。

 今日は黒い服を着せられている。周りの人間も皆、黒い服を着ていた。なにをしているのかはよくわからないが、お葬式というものだといつも面倒を見てくれていた乳母が教えてくれる。泣いている人や笑っている人、たくさんの黒い大人たちが集まっていた。

 遠い親戚の人が亡くなったのだという。

 まだ若く三十歳になる前だったのに、研究という難しいものに行き詰まり、自ら命を断ったのだ、と周りの大人は言っていた。

 紫橋はそれがどういった意味の言葉なのかはやはり理解できないが、乳母の言うとおりに焼香し、あとは広い家の端の方でひとり遊んでいた。おもちゃはどこかからひっぱりだされた古く埃っぽい積み木だった。とりあえず、子供にはおもちゃでも与えておけばいいだろう、というやさしさなのだと思われる。

 紫橋はそのありがたく頂いた積み木をまずティッシュでふいて綺麗にした。それから箱に入っていたものすべてを使ってできるだけ高く塔を積み上げることにした。まるで楽しくはないけれど、子供としてできることは、楽しそうに遊ぶ姿を大人に見せることだと紫橋は考えていた。

 だからそれなりのものを作ろうとしていたら、積み木の塔は、より力のあるものに雷を落とされ、崩れ落ちた。

「君、積み木、楽しい?」

 きれいな女の人だった。紫橋からすればずっと年上だけど、周りの大人達からすればずっと若い。

「なんで壊したの?」

「つまらなさそうだったから」女の人は笑う。「積み木が一番楽しいのは崩す瞬間でしょう?」

 それならば、その瞬間を奪わないでほしいと紫橋は思う。

「死んだ人の骨を見たことある?」

「わからない」

 紫橋はまだ死という概念を理解していなかった。

「人間の体には骨が入っている」

 女の人が紫橋の手を取る。手の甲の骨に沿って指をゆっくりと滑らせた。少しくすぐったい。

「ほら、ここ、硬いところ。これが白くて、人間を形作るフレームになっている。あとで見られるよ」

 紫橋は、この女の人が何を伝えようとしているのかがわからなかった。他の大人とは違うように思う。けれど、それがなにかは理解することができない。

「積み木も人間もたとえばあそこにあるようなテレビも、どんなものも小さなものが集まってできている。作る人はそれを理解して様々な部品を組み合わせて作るけれど、そうでない人が理解するには壊すしかない。それを知りたいと思う人と、別に知らなくてもいいという人がいる。君はどちら?」

「知らなくてもいい」

「そう。でも見ててね」

 女の人が、腕時計を外した。

 それを積み木の平たい木箱の中に置いた。そして大きめの積み木を持ち、時計めがけて勢い良く打ち付けた。大きな音が響き、視線が集まる。

「環ちゃん、それ高いんじゃ」

「教育です。安物ですしね」環と呼ばれた女の人が笑った。

 頼んでもいないのに、なぜこんなことをしてくれているのだろうか。

 しかし、紫橋は、壊された時計を見てしまう。曲がった針や数字の盤の裏に小さな部品が詰まっていた。

「わかる? 時間がどんな仕組みで刻まれていたのか」

 紫橋は首を振る。ギザギザの部品がたくさんあることはわかったが、それがどうやって時計として動くのかまでは到底わからない。しかし、

「楽しいでしょう?」

 否定はできない。

「テレビはもっと複雑だし、人間はさらに複雑な部品でできていて、人に人を工業的に作ることはできていない」

「じゃあ人はどうやってできるの?」

 赤ん坊として発生し、それが育って大人になっていくというのは知っていた。自分がその過程の初期段階であるというのは理解している。しかし、その赤ん坊がどこから来るのかは知らなかった。お腹を大きくしている女の人を見たことがある。そこに赤ん坊がいるのだと乳母に教わったこともある。けれどどうしてそうなるのかは教えてもらったことがない。自然発生するのだろうか、それともどこかから入れるものなのだろうか。

「それは壊してもわからないな」環が時計の部品をひとつ手に取る。「これが時計を作っていたことを君はしったけれど、この部品がどうやって作られたのかを知ることはできていない。この部品をさらに壊すことはできるけれど、それでもやっぱり作り方はわからないだろう。推測できることはあるだろうけどね」

「わからないの?」

 そういうこともあるか、と紫橋は思った。大人にいろいろなものを尋ねたことがあるが、大人は思っていたよりもモノを知らないということが観察できただけだった。それでも生きていくには充分なのだ。目の前のちょっと風変わりな大人ならば、なにか特別な答えを教えてもらえるのではないかと期待したが、やっぱりダメなのだろう、と思う。

 しかし、環は首を振った。

「いや、知ってる」環が背後を振り返って大人たちを見る。それからまた紫橋の方へ視線を戻した。「証明したことはないが」

「どうやってできるの?」

「君が成長していずれ大人になることはわかっているね? じゃあ逆にその前があったこともわかっているはずだ。もっと小さかったころ。記憶もないぐらい前、赤ちゃんだったころ。さらにその前、お母さんのお腹のなかにいたころ。今も小さな君だけれど、さかのぼっていけばもっともっと小さくなる。こんな豆粒よりも小さかったころだってあった。わかるかな。指の上に載せても目に見えないぐらい小さかったころだ。その小さかったものが、雪だるまを作るみたいにだんだん、だんだん大きくなって、お母さんのお腹の中から出てきて、今の君にまでなった。君はこれからさらに大きな雪だるまになっていく」

「その豆粒より小さかったのはどこから来たの?」

「君は頭がいいな」環が笑う。「それは人間の体の中にあるんだ。私の中にもあるし、君の中にも大人になればできる。大人の男の人と女の人のその小さな小さな部品がくっつくと人間のもとになる。残念ながら男の人の体にはその人間のもとを大きくする仕組みがないので、赤ちゃんはみんなお母さんのお腹から生まれてくるわけだ」

「ふうん」

 どうもやはり、複雑な仕組みがあるらしいということを紫橋は理解した。まだまだわからない部分は多いが、概念としては理解できた。少なくとも鳥が運んでくるという話やキャベツや桃から生まれるという話よりは信頼できるように思う。それは明確な嘘だ。

 外から声がかかった。みんなが移動しようと立ち上がる。

「さあ、時間だ。骨ができたから見に行こう」



   4


「というような話であの人は、まだ小さかった私に、亡くなった方の骨を使って人体の不思議について教えてくれました」

 紫橋が国城環とはじめて会ったという日のことを話していた。

「私がこんな風にものを分解したいと思うような趣味ができたのはあの日からです。あの人は、私と違って壊すだけではなく、作る喜びも知っているようですけどね。それは教えてもらえませんでした」

 青梅は、ぼーっと話を聞いていたが、どう受け止めていいかがわからないでいた。目の前の初老の男性と先日会った老人の子供の頃や、若い頃、というのが想像しにくい。師弟関係であったとは聞いていたが、学問の場ではなくそれよりも随分以前に会っていたのだな、と思う。青梅は四條のしてくれた話を思い出していた。もしかしたら国城はそのときも優秀な子供を探していたのではないかと。

「そこから、国城さんとの付き合いがはじまったのですか?」

「いえ、次に会ったのは大学生になってからですね。それまでずっと忘れていましたが、オリエンテーションで彼女を見て思い出し、ぞっとしました」

 その表現に青梅は思わず笑う。それから冷静に考えて背筋が寒くなった。

「あの、私が忘れているだけで、先生と小さいころ会っていたとかないですよね?」

「私が忘れていなければないですね」

 それはよかった。そんなことがあったらそれこそぞっとする。

「しかし、そんな衝撃的な出会いのせいで先生はそんな趣味を持ってしまったのですね。まあ、人間を分解したいとかにならなくてよかったですが」

「ありますよ」

「えっ?」

「人間を分解したこと」

 紫橋が微笑んでいる。

 青梅は冷や汗が滲んでくるのを感じた。そっと椅子の上で後ずさりする。いざとなったら逃げられるように。ここの壁はさほど厚くはない。静かなときなら外や隣の声も聞こえるぐらいだ。叫べば助けは来る。まだそれほど遅い時間でもない。

「なにか勘違いをしてませんか?」紫橋が言った。

「殺人は犯罪ですよ」

「知ってます」

「何人やったのですか」

「三人ですかね。それでもういいかなと。よほど詳しく違いを探ろうとしなければ人間の体の仕組み自体はそんなに個体差がないものだな、と感じました。男女の一体ずつで充分でしたね。もう一人は、前と大きく変わらないということが確かめられただけでした」

「自首しましょう。いや、もう時効ですか。だからそんな平然と」

「ずっと昔なことは確かですが、医学的な解剖を行っただけだからですね。平然としているのは。大学の医学部の授業です。四十年ほど前でしょうか。負い目を感じるところがあるとすれば医学部でもないのに混ぜてもらったことですが、そのときの教授の許可は取ってますからね。ゆるい時代でした」

 青梅は大きく息をはいた。言われたことをゆっくりと理解した。顔が熱くなる。

「それで、私はどうすればいいですか?」紫橋が微笑む。

「コーヒーを入れてきます。私が」

 青梅は紫橋のカップを受け取ってポットの方へ向かった。コーヒーを入れ直し、にっこりと笑って紫橋に渡した。今日、はじめてこの部屋にやってきて話す気分になっているつもりだ。

「そういうことなので、私は人を殺したことはないですが、国城環が何かを壊そうとするのはあってもおかしくはないと思うわけです。ひどい偏見ですが、学生は恩師を疑うものなのでしょう」

 さっき疑っていたので、言い返せない。立場がつらいな、と苦しく感じていたが、それとは別にふと思いつくことがあった。

 国城環は、壊すことを意味を知っているという。

 それならば、人形や人ではなく、別のものを壊したりする可能性もあるのではないか。そう、密室のトリックについてである。

「扉のどこか壊した可能性が……」

 独り言になった。紫橋は微笑んでコーヒーを飲んでいる。

「すみません、ちょっと水喰土さんに電話します」

 思いつきを調べるためには国城の屋敷にまた行かなければならない。だから水喰土に電話をかけた。かけているのだけど、なかなか電話にでてくれない。なにかあったのだろうか、と心配しはじめたところで紫橋が言った。

「ちょっとその電話は切って待っていてください」

 青梅は言われたとおり電話をやめた。

 紫橋が自身の携帯電話を取り出して、どこかへと電話をかけたようだ。耳にあてるとすぐに通じたようで声を出した。

「こんにちは。青梅さんにかわります」

 紫橋から携帯電話を渡された。

「なに?」水喰土の不機嫌そうな声が届く。

「すみません、お休み中でしたか」

 まだ夕方にもなってはいないが、昼寝していたとしても自由ではある。事件があったばかりなのだからなにか動いていてほしいとも思うが、それでも休むことは必要だし、その時間をいつ取るかも自由だ。なので電話に出られないことはあっても仕方のないことだとは思う。

「電話、嫌いなんだ。次からはテキストメッセージにして」

 もしかしてそれで何度かけてもでなかったのか、紫橋がかけたからその電話にはすぐ出たのか、人で選んだわけか、助手は拒否するほうになるわけか、と青梅はあきれる。

「それでなんのよう?」

「密室について思いついたことがあるので、現場を確認したいのですが、一緒に行ってもらえますか」

「思いついたことって?」

「扉のどこかを壊したりしたのではないかと」

 青梅は仮説について話した。まだあやふやなところも多いがそれを確かめるためにも現場へ行く必要がある。

「わかった。ひとりで行ってきなよ」

「は?」

「国城さんと氷さんには連絡しておくよ。いつがいい? 今日これから?」

「ひとりですか?」

「別に子供じゃないんだからひとりで行けるでしょう?」

 行くだけでよければそれは行けるが。

「いま、連絡した」

 PCをタイプする音がしたが、それか。

「水喰土さんは」

「家で寝ている」

「ふざけないでください」

「ふざけてないよ。今日はこのあとちょっと用事もあるし」

「だったら明日でいいですよ」

「今日、もう行くって連絡しちゃったからね」

 それは勝手に決めたんじゃないか。青梅はイラつく。

「わかりました。ひとりで行ってきます」

「そう、じゃあ先生にかわ……」

 相手の言葉が届く前に電話を切った。携帯電話を紫橋にかえす。

 なんなのだ。探偵だというのなら仕事しろよ。ここから、国城の屋敷にいくのなら自転車ではなく電車だ。自転車は置いておき、明日の朝は電車でくればいい。問題は単位の危ないこのあとの講義だが、怒りが高まった今の状態で嫌いな授業を受けたいなんて気持ちはまったくなくなっていた。

 あいつのせいだ。

 あいつのせいだ。

 怨嗟を繰り返す。

「彼はどうです?」紫橋が言った。

「どうもこうもないですよ」青梅は叫ぶように答えた。

 怒りを自覚し、頭を切り替えるように進める。怒ってしまうことは仕方ないが、それを維持することに意味はあまりない。だから少しずつ、欠片を本体から切り離して捨てていくイメージを持つ。表面上の怒りは続いていたが冷静さを取りもどすこともできてきた。事件のことを考えよう。そのために現場へ行くのだ、

 そうだ。現場を見る前に聞いておきたいことがあった。

「あの国城環さんが犯人の場合、ハッキングした可能性はありますか」

 密室についてはサーバのログが残っているだけである。そういったことについてはよくわからないが、天才と言われるほどの技術者ならば、痕跡を残さずに書き換えることも容易にできるのではないか。

「可能性はあります。実現もできるでしょう。ただ、彼女が犯人ならばそれはしていないと思います。意味がありませんからね」

「意味がないですか?」

「密室がそういうものなのでしょう? この密室を用意することで不可能性が高まるわけではない。もし国城環が全力で罪から逃れようとするならばまず誰も事件の発生に気付かないようにします。密室というわかりやすいパズルが出題されているということは、ハッキングなどという証明しようのない方法は取っていないでしょう。警察の技術者に挑戦しようとしているのでもなければ」

 そういうものか、と思う。

 ふいに頭に言葉が浮かんだ。

「先生が犯人ならそうされるということですね?」

「あなたが犯人でもそうするでしょう?」



   5


 駅から出ると空が赤く染まりはじめていた。あまり遅くになりたくないものだ、と青梅蛍は思う。ただ、以前、訪ねたときはタクシーで行ったのだけど、今日は水喰土もいないので歩いていこうと決めていた。それとも経費で落ちるだろうか。そんなことを考えて、落ちるという表現がよくわからず内心で笑ってしまった。社会人になればわかるのか。雇い主である水喰土の聞いてみようかと思ったが、どうせ電話には出ないだろうことは先程わかったので、やはりあきらめて歩くことにした。散歩は嫌いではない。知らない街を歩いてみるのも頭を働かせるのに役立つだろう。

 そう考え、歩きはじめて三十分ほどが経過した。まだ着かない。思ったより遠い。ここは本当に二十三区内なのだろうか、というほど寂れているようにも見える。人気が少なく、お店も潰れてしまったようなテナントが多い。やっているのかわからないような店先に錆びた部品などが転がっていた。

 夕暮れが静かな街を染めて、別世界へ迷い込んでしまったかのようにすら感じさせる。

 団地の入口にあった看板と携帯電話の地図を頼りに進んだ。道筋はあっているように見える。もう少しで大きめのとおりにでるはずだ。しかし、車の音はほとんど聞こえない。時折、背後から通り過ぎる車の音が大きくて、去ったあとの静けさが強調される。

 不安だ。

 少しでも急ごうと早歩きになる。

 カラスが鳴いた。

 じゃあ、帰ろうかな、と思う。

「こんばんは」

 青梅はふいにかけられた声に「ひぃ」と言葉を漏らしそうになったがなんとか我慢した。ゆっくりと振り返ると四條が立っていた。肩から鞄をかけている。買い物の帰りだろうか。

「すみません、驚かせてしまいましたか」

「あ、いえ」

 驚いたことは確かだが、それを素直に伝える必要は皆無である。ここで「ええ、あなたのせいで驚きました」と言ったらどんな素晴らしい展開になるというのか。思い浮かべてみたが恥をかくようなシーンしか考えつかない。

「大学の帰りなんです」四條が鞄を見せながら言った。

 そうか、なんだか朝から晩まで住み込みで働く執事のようなイメージを持ってしまっていたが、そういえば同じ大学生なのだった。平日は、当然、大学に行っていておかしくない。

「あの、ちょっと事件のことで調べさせて頂きたいことがありまして。た……、水喰土は別の調査で来れないのですが」

「聞いています。一緒に行きましょう」

 そうして、青梅は四條と並んで歩くことになった。

「女性の足では遠いでしょう」

「思ったよりも」青梅はへりくだったような笑みを作った。

「帰りは車で送るようにしますね」

 そうして頂けるととてもとてもありがたい、と青梅は感謝の気持ちでいっぱいになった。この道を夜、暗くなってから歩きたくはない。怖い。

 世間話をしながら四條の隣を歩いた。大学のことなんかを聞いてみる。それにしてもこんなにかっこいい人と隣あって歩くことなんてはじめてだな、と青梅は笑顔を作りながらさりげなく四條を眺めて思った。別にいままで誰とも付き合ってことなかったということではない。こんな突き抜けたタイプの人と関わりがなかっただけだ。彼の位置に別の人間を置いてイメージしようと思っても、もう眩しさにあてられてはっきりと想像できないぐらい。

「能上さんのお葬式は、かなり先になりそうです」四條が言った。

「そうなんですか」

「ご遺体はまだ警察が預かっていますし、娘さんも見つかっていません。予定通りに人形のお披露目を週末に行い。それが終わってからになるでしょうね。まずは、はやく犯人に捕まってもらいたいですが」

 そう、それが一番大事だ。だけど四條はどう考えているのだろうか、と青梅は思う。部外者であれば、気軽に国城環が犯人ではないか、と言える。でも四條の立場ではそんなことは言えないだろう。そもそも疑っていないかもしれないが。

 そこで、青梅ははたと気づいた。

 この状況に危険はないかと。

 四條に襲われることがあるかどうか。それは考えていなかったわけではない。四條は男性だ。ゆえに可能性はゼロではないし、もしもの場合を想定しないわけにはいかない。ただ、それはこのひとけのない道をひとりで歩く場合と比べてどちらがより危険かという話になる。そういったことからすれば四條と並んで歩くほうが安全だろう、と考えていた。なにより四條の側からすれば興味も湧かないレベルだという話になるだろうし、彼に理性がそこまでないとも思わない。ゼロではないが、警戒心をそんなに高める必要があるほどでもない、というのが現在の状況だと考えていた。

 しかし、よくよく考えると彼は殺人事件の容疑者である。

 もしかしたら彼が殺人鬼であるかもしれない。

 その場合、また話が違ってくるのではないか。

 そもそも水喰土は国城と氷に連絡した、と言っていた。国城から四條に連絡が行ったということは当然ありうるが、そうではないかもしれないというのも否定できない。偶然会って話を作ったか、逆に連絡をもらったからこそ故意に会うように待ち構えていたかもしれない。

 水喰土の「可能性だよ」という言葉が頭の中で響く。

「こちらです」

 四條が細い道の方へ曲がった。先に暗いトンネルのようなものが見える。

「地図だとこっちじゃないですか」

 青梅は一応、別の道を提案してみる。

「近道なんですよ」

 そう言われてしまうとこの辺りを知らない青梅は逆らうことができない。あなたが怖いから、なんて言葉を口にすることができるだろうか。性的な場合でも殺人に関する疑いでもどちらでも多分に失礼であるし、そもそもそんな言葉は相手に問題がない場合のみ言えるものだ。言って、悪い結果になるのならばその言葉に価値はない。

 四條に殺されるような理由があるだろうか、と考える。ない、はずである。事件について思いついて調べにきたと言っても確信があるわけでもなく警察でも調べるようなことだ。ただ探偵助手というアルバイトの使命としてできることはしておきたい、という気持ちがあったにすぎない。だから口封じのためなんてことにはならないはずだ。

 しかし、四條が快楽殺人鬼のようなものならば理由なんて不要になるだろう。

「お屋敷についたらあの部屋を調べさせてもらえるでしょうか。一応、探偵さんを通して国城さんと刑事さんには連絡してあるのですが」

「大丈夫だと思いますよ。いろいろな刑事さんたちがずっと調べてますからね。国城の家としては問題ないと思います」

 これで、連絡はしてあるということを念押しで伝えることができた。

 つまり、青梅が国城家に向かっていたことを多くの人が知っているので、今ここで殺されるようなことがあれば疑われることになるぞ、という意味だ。駅には当然、監視カメラがある。少なくともそこまでは追えるので、問題はそこから先になるということだ。

 そう考えれば、たとえ四條が犯人だったとしても今、ここで襲うのは四條にとってもハイリスクになり、ないだろう、と考えられる。たとえ何かものすごい怨みを以前のどこかで買っていて、ずっと命を狙われていたとしても、いま、ここでというのはない。心中か、自首覚悟などでなければありえない、と思う。希望的観測という言葉も浮かんでくるのだけど。

 トンネルが近づいてきた。

 やはり薄暗い。しかし、それほど長いものでもないらしい。向こうの明かりが充分見える。ゆっくりと進入していく。少しだけ歩くスピードを落として四條の一歩後ろを進むようにした。壁面にはスプレーかなにかで落書きがマーキングされたいた。

 四條がゆっくりと振り返る。

「どうかされましたか?」

「いえ、携帯が震えたかなと思いましたが気のせいでした」青梅は手に持った携帯を見せる。

「もうすぐですよ」

 トンネルを抜けた。どうも公園と公園をつなぐトンネルだったらしい。だから地図にも載っていなかったのか。この道もたぶん公園の一部なのだろう。

 大通りに出て、見覚えのある塀が見えた。国城のお屋敷だ。入り口まではまだ距離があるが、目的地が見えたので安心感がある。つまりは疑ってすみませんでした、ということだ。わずかに前を歩く四條を見る。まだ容疑者としての疑いが晴れたわけでは当然ない。ただ、たとえ彼が残虐な殺人犯であったとしても、この道中に襲うことがなかったというのは確かである。

 入り口についた。

 四條がふりかえって微笑む。

「どちらにご案内すればよろしいでしょうか」



   6


「こんにちはー」

 青梅蛍は、あの広間にいた永水氷に明るく挨拶をした。

「こんにちは」

 氷から挨拶が返ってくる。同じ文字の言葉であるのに、なぜこうも違って聞こえるのだろうか。名前のせいだろうか、と疑いたくなる。

「あの……」

「聞いています。お好きなように調べて頂いて構いません」

 水喰土からの連絡にはそんなに強い力があるものなのか、と青梅は思う。ただの一般人で、ついこの間、探偵助手のアルバイトになったばかりだと話したはずだ。普通、自由にさせるものだろうか。もっと邪険に扱われるかと思った。というよりももっと邪険にしてほしかった。対策問答集を考えてきたのに無駄になってしまったではないか。

 仕方がないので真面目に探偵助手をすることにした。

 入り口の方へ戻り、密室の問題である扉を調べる。この扉が解錠されたとき、開けられたとき、そして閉じられたときにログが残されるとの話だ。ログというものがどういうものか想像しにくいな、と思ったが、扉の外に先日はなかったノートPCに気付いた。机の上に電源がついた状態で置かれている。来たときはなにか警察の道具かと思ったが、じっくり見ると普通のノートPCに見える。これはもしや……。

「使いますか」

 ふいに現れた氷が、カードを差し出してきた。白いカードに「No.3 警察用」と書かれている。

「新しく用意してもらった合鍵です。そちらはサーバのログをリアルタイムで出力するようにしてもらいました」

 氷が扉を閉める。ディスプレイに現在時刻と「close」の文字とその他いくつかの文言が一行に出力された。さらに氷がカードキーをパッドに当てる。すると今度はディスプレイに現在時刻と「unlock from outer」と表示される。

「あと扉をあければどうなるかわかりますね」

 氷がノブに手をかけて扉を開いた。ディスプレイには予想通り「open」の文字が先程から少し進んだ時刻とともに出力された。

 戻ってきた氷からカードを受け取る。

「これ、借りたら氷さんや他の刑事さんたち出られないんじゃないですか」

「最悪、中からはキーなしでも開けられるようになっています。閉じ込められ防止のようですね。その場合、強烈な警告ログが出力されて、屋敷中に防犯ブザーが鳴り響くようになっていますが」

 そういうからには試したのだろう。もちろん屋敷の人に許可を得てからだろうけれど。

「それにもう一枚ありますから」氷がポケットからさらにカードを取り出す。「帰るときに返してくれればいいですよ」

「これは事件のときのログも見られますか?」

「ファイル自体はコピーしてもらっているので操作すれば見られますけど、リードオンリーなので改変はできませんよ」

「しません」

「冗談です」

 冗談などを言うようにはまったく見えないのに、時折、おかしな言葉を挟んでくるから嫌だ。

「まあ、やりようによってはここのファイルを書き換えることは難しくないと思いますが、サーバの実ファイルとは警視庁のサーバ経由で切り離してあります。それも結局、やりよう次第なのかもしれないので困りますけどね」

「カードありがとうございます」青梅は会話を打ち切るように語気を強めてお礼を言った。「ちょっと調べてみます」

「なにかわかった教えてね。期待は……しています」

 氷が部屋の中へ戻っていった。

 本心かどうかは怪しいが、期待している、と言われるのだから真面目に調べて考えるしかない。帰るときに、なんの成果もありませんでした、とは言いたくないじゃないか。

 青梅は開け閉めを試してみる。中から鍵をあけて、外のログを確認すると「unlock from inner」と表示されていた。その他は時刻が更新されていくだけでこれといって変化が出ない。鍵をあけて放置してみる。少しして鍵がしまる音がしたのでドアノブをさわってみるがやはり自動的に施錠されたらしい。その際のログはなかった。どうも施錠のログは出さないようになっているようだ。基本的にはドアが閉められたときにオートロックで施錠されるので、ログを二重に出さないようにとのことなのかもしれない。

 どうすれば鍵を中に置いたまま、外から解錠できるのか、または扉を開けずに鍵を中に戻すことができるのか、考えてみるが思い浮かばない。普通に考えて、やはりログの通りならば鍵は外にあるようにしか思えない。発見時に持ち込んだ可能性の方がありうるだろうか。死体というイレギュラーなものを目の当たりにして自分が冷静であったとはまったく言えない、と青梅は思う。

 しかし、水喰土はどうだろうか。

 いくつも殺人事件を解決しているのならば、死体のひとつやふたつで取り乱したりはしないのではないか。鍵を戻すようなシーンを見逃すだろうか。それに録画するようにも言っていたのはやはり冷静である証拠だとも思える。

 それをここで考えても仕方がないか、と青梅は思い直した。

 ここでできることから片付けていかねばならない。

 青梅は扉をあけて、扉の側面から鍵の部分を観察した。なにを持ってログに残す基準としているのか、それを確かめたかった。たとえばセンサーのようなものがあるのならば、それを邪魔するような何かでごまかしてログを出力させないようにした可能性がある。そう、紫橋の分解を見ていて思いついた。簡単に考えるならば扉を壊してしまえばいいのだ。そうすればログなどは残りようがない。ただ、実際にはその後の開け閉めもあるし、鍵も使えなければいけないので、壊すわけにはいかない。だから開け閉めの基準となる部分がどうなっているのかを調べようと思った。

 もしかしたら紙を挟んだら誤動作するなんて可能性もなくはない。

 そう期待してここまでやってきたのだが、これといってそのようなセンサーのようなものは見当たらなかった。

「なにかわかりましたか」

 ドアの蝶番のところをしゃがんで見ていると上からかわいらしい声が降ってきた。この声は当然、氷ではない。振り返って立ち上がり、上木弓海に微笑み返した。

「全然、まったくわからない」

「いまはなにを見ていらしたのでしょうか」

「扉が開いたとか閉じたという判定はどこでしているのかなって。もしそれを一時的に外せたりするなら密室が作れるからね」

 弓海がすうっと横に並んできて扉のつがいのところを眺める。

「わかりませんね」弓海が首をかしげて青梅を見た。「助手さんは、どなたが犯人だと考えていますか?」

 ふいの質問に驚き固まってしまう。

「えっと、まだそこまでいけてないというか、まずは密室のトリックからはじめようと思ってる。これがわかれば犯人もわかるかもしれないしね」

 疑いだけで言えばいくらでも考えてしまっている。だけどそれを、こんな子供の、それも身内の前で口にするのははばかられた。そもそもまともな考えがあるわけでなくただ疑っているというだけの状態だ。それに密室から考えようとしていたことは本当でもあった。人となりや隠れた動機などを個人で調べるのは難しい。そちらは警察に任せて、そこまで膨大な調査が必要なさそうな密室のトリックから取り掛かるのがいいように思えたのだ。探偵助手という仕事からもふさわしいように感じるし、なによりこの意味のない密室という不思議な存在に興味を惹かれた。

 ただの目眩ましやごまかしなのかもしれない。

 たとえトリックを暴いても犯人には辿り着かないかもしれない。

 それでもここに一番の価値があるように感じられるのだ。

「といっても、トリックもまったく検討もつかないから困る」

 扉に向いて、半分、独り言のようにつぶやいた。

「四條さんに聞いてみましょうか。扉の仕組みをご存知だと思います」弓海がわずかに上ずった声で言った。

 扉の詳しいことならば氷や他の警察に聞いたほうがいいのではないか、とは思っていた。ただ、弓海の気持ちもなんとなくわかるし、帰りに送ってもらうという話もあったので、四條に聞きに行くのもいいかと青梅は思った。

「そうしよっかな。ちょっとこれ、氷さんに返してくるね。扉、あけておいてもらえますか」

 カードキーを見せてから青梅は弓海に頼んだ。ほうっておくと扉はひとりでにしまってしまう。

 弓海が扉をささえてくれたのを見て、青梅は氷の元へ向かう。

「ありがとうございました。これ、お返しします」

「もういいの?」

 氷が、カードキーを受け取った。

「なにかわかりました?」

「わかりました。私にはわからないということが」

 ふっと氷が楽しげに笑い、しかしすぐに表情を引き締めた。

「笑ってあげられればいいのだけど、私も同じ状態なので笑って入られないね」

 警察としての責任なのだろうか。青梅も仕事として来てはいたが、まだ学生であるし、探偵助手というあやふやな職業のアルバイトなので責任の重さはまったく違う。雇い主である探偵がやる気を感じさせないのだから、責任の受け止めようもない。

「そういえば、ひとつだけ追加の情報があります」氷が部屋の隅のイデムを見た。「あのロボットのうちの一体に、事件時に動かしたログがありました。極短い時間ですが」

 イデムが動いていた?

「操作したアカウントは被害者である能上さんのものです。彼が殺される前に動かしていたのか、それとも犯人が 能上さんのアカウントを使ったのかはわかりません。能上さんの携帯電話は探しても見つからないので、犯人が持ち去ったのではないかと考えています」

 氷が青梅を見て微笑む。

「参考になりそう?」

「わかりません」青梅は元気に答える。「でも、ありがとうございます!」

 青梅は挨拶をして氷から離れた。入り口に戻り、弓海に言う。

「おまたせ」

「いえ、では行きましょう」弓海が小首を傾げる。「青梅さん、どうかされましたか? なんだかうれしそう」

「ちょっとね」

 ほんとうにささやかで、わずかなものだろうことはわかるけど、期待が嬉しかったのだ。

 広間から出て、廊下を歩く。四條はどこにいるのだろうか。聞いていないが、弓海が知っている様子なので後について行く。無言でいるのもどうかと感じたので、ふと思ったことを話した。

「刑事さんも大変だよね。いつまでも、なにもわかりませんではすまないだろうし」

 実際は、迷宮入りしているような事件もあり、なかば諦めているようなものも存在はするのだろうけど、そんなことを気楽に認めることはできないだろう。

「責任が重そうで、私には絶対、無理だと思う。なりたいとも思えない」

 不思議な間があった。なにかを言いそうな気配のまま弓海がこちらを見ている。

「どなたも犯人でなければいいですね」

「えっ?」

「もしくは透明人間」



   7


 導かれるままに付いてきたら、国城環の部屋の前にいた。四條はここにいるということか。なぜそんなことを知っているのだろうか、という気持ちはあったが、尋ねることはせず、青梅蛍は室内用インターホンに話す上木弓海を見守る。

「青梅さんが四條さんに御用があるとのことです。入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 すぐに国城環からの返答があった。

 扉を開き、中に入る。衝立の横を進み、以前、話をした場所に出たが、ソファにも机にも国城環の姿は見えなかった。四條もいない。

「奥ですね」弓海が言った。

 机の横あたりに扉があった。弓海がノックする。

「こちらでお待ちしていたほうがよろしいですか」

「あけてかまいません」

 弓海が扉をあける。続くようにして中へ入ろうとすると国城環と四條葵の姿が目に入った。いや、飛び込んできたと表現したい。

 国城環は、上半身が裸だった。

 胸があらわになっている。

 白髪をまとめた後頭部からの流れるような首筋と背中までのラインが薄暗い室内に浮かんでいた。

 なにをしているのか、と一瞬焦ったが、どうも着替えている途中で、四條に手伝わせているところのようだった。

「庭で土いじりをしていたら汚れてしまいました」

 痩せていて肉付きのない白い体が声を発した。

 年相応に枯れていて、肉感的な艶はまったくない。

 しかし、何故か目を奪われる。

 価値があるとされる茶器のような、もしくは水墨画のような、何が美しいかを具体的に言葉としてあげることはできないけれど美しいという言葉をこぼしたくなるような出で立ちと所作があった。

 四條が下着を持ち上げ、胸の位置にあてる。腕の隙間を通して、後ろのホックを止めたところで、国城がいくらか前の位置を直した。さらに四條が上着を手に取ると、国城の手をとり、やさしく袖を通していった。大切なマネキンに服を着せるように。

 青梅はちらっと隣に立つ、弓海を見た。いくらか震えているように見える。目が合うと、弓海はにっこりと微笑んだ。

「私ももう介護が必要な歳ですからね」

 着替えを終えた国城が言った。

 介護。たしかにそれならばわかる。だが目の前でその台詞を言った人は、姿勢正しく、しゃんとした様子で立っており、まるで介護が必要なようには見えない。

 これがこの家の普通なのだろうか。

 弓海は普段からこの家に住んでいるわけではないが、驚いていないところを見るとどうやら過去にも見たことがあるのだと思う。

 すごいものを見てしまったという気持ちと気まずいなという気持ちが混在して青梅の中にはあった。もしこれが老齢の男性が若い女性の従者にさせているようなものならば吐き気を覚えるようなものであるように想像できた。しかし、青梅はいま目の前で見たものに対して、狂気と美しさを共に感じたのだ。それが性別によるものなのか、それとも国城環というパーソナリティによるものなのか判断がつかない。切り分け受け入れることのできない人間の複雑な頭を青梅はいくらか呪いたくなった。

「御用はなんでしょうか」

 国城の着ていたものをたたみ終わった四條が言った。

 青梅は頭をなんとか切り替えて、話すようにする。

「密室のことを調べていたのですが、あの部屋の扉の仕組みついていくつか教えて頂きたいことがあります」

「では、向こうに行きましょう」国城が言った。「こちらには椅子もありませんから」

 確かに言われてやっと気付いたがここは完全な和室だった。鏡台やタンス、押入れらしいものがあるのを見るにどうも寝室であるかのように見える。広さは充分だが、大勢で話をするような場所ではないことは確かだ。

 前の部屋に戻り勧められるままソファに腰掛けた。隣に弓海が、向かいに国城が座った。四條は以前のようにまた背後に立つ。四條だけでいいのだけど、どうも国城も話を聞きたいらしい。

「なにが気になっているのでしょうか?」国城が言った。

「ドアのログが残される条件です。開いた、閉じた、解錠された、こういった情報はドアのどの部分で判断されるのか。どのぐらい正確なものなのかを知りたいです。たとえばぎりぎりまで閉めたら鍵がかかっていない状態でも閉まったという判定にならないか、もしくはその状況を判定する部分をいじって誤作動させることはできないかと考えています」

 国城が微笑んだ。

 なんだろう、おかしかっただろうか。

 そのとき携帯電話が震えた。ポケットの中にいれてある青梅のものだ。なにかの通知ですぐに止まるかと思ったがどうも電話のようで止まる気配がない。どうしようかと迷ったが、震える音がみんなにも伝わっているらしく「出ていいですよ」と国城に言われた。

 青梅はポケットから携帯電話を取り出す。知らない番号などだったら切ってしまおうと思っていたが、通話アプリに登録されている名前がしっかりと表示されていた。西中島くぬぎ。去年まで青梅が家庭教師として教えていた子だった。たまに電話で話しているし、時間的に今は大学の授業も終わっている頃になっていたので、かけてきた側が悪いわけではない。ただタイミングが気まずかっただけだ。

「すみません、去年、家庭教師で教えていた子からみたいです」

 青梅は立ち上がり、部屋の隅に移動する。

「もしもし……」

「あ、先生、いまお電話だいじょうぶですか」

 元気で明るい西中島くぬぎの声が届く。大丈夫かどうかと言われると実際、大丈夫ではなかったのだが、もう出てしまったのだからダメだとは言えない。電話には、出る前に大丈夫ではないという意志を伝えられる機能をつけてほしいとよく思う。

「うん、なにかよう?」

「あのですね」

 ふいに声が小さくなる。

「前に彼氏ができたと言ったじゃないですか」

 一ヶ月ほど前にやはり電話でそんな話をした記憶がある。ふられたのか、ともわずかに考えたが雰囲気が明るい感じなのですぐに違うなと考え直した。

「キスはいつすればいいですか?」

「キスって魚?」

「ちがいます!」

 それはそうだろう。女子高生の話すキスが魚である確率は消費税ほどもないと思う。

「わたしのファーストキスなんですよ」

「彼氏は? 経験ありそうなの?」

「たぶん彼も私がはじめての彼女だって言ってたので……」

 それが本当かどうかはわからないが、とりあえず信じるとすれば、彼の方からもタイミングを伺っているという状態なのかもしれない。青春だ。そんな眩しいものにもう穢れてしまった大人を巻き込まないでほしいという思いが少しある。「いつすればいいですか?」と問われるならば「好きなときにさっさとやれ」と答えたい。

 だがただの家庭教師のアルバイトといえど教え子であったのだし、なんだか自慢のような雰囲気もなくはないが、頼られている大人としてはそうも簡単に突き放した答えを伝えるのもどうかという気持ちもあった。

「好きなときにしなよ」

 しかし、やはりめんどうだった。

「私の方から誘ったら変に思われないですか」

 ラッキーと思うぐらいではないだろうか。男子高校生だし。それが嫌ならそもそも付き合いもしないだろう。

「そこはこうさりげなく誘ってないふりをしながら連れ出して、最後の一撃だけ責任というか覚悟というかそんなものを男子に押し付ける感じでね」

 西中島が電話の向こうでぶつぶつと何かを言う。なにか考えているのかもしれない。

「あの、彼、とってもかっこいいんですよ」

「それで?」

「私の一生の思い出になるんです」

 たぶんきっと、そうはならない、と言いたくなったがなんとか堪えた。

「そう。ならいまは迷いなさい。たぶんそうやって迷うのも思い出のうちになるから。それで考え尽くして、考えるのに飽きたら突撃しましょう。では、健闘を祈ります」

 返事を待たずに電話を切った。今は若者ののろけ話を聞いている時間ではない。

「お待たせしましたー」

 青梅は席に戻った。甘酸っぱい青春の一ページから密室殺人に頭を切り替えなければならない。そう覚悟して息を吐いたのだが、どうも皆の頭が苺味に切り替わってしまっていたらしい。

「いまのはなんですか」弓海が目を輝かせていった。

「すみません。家庭教師時代の教え子で大人しかった子なんですが、高校デビューではじけて、はじめての彼氏ができたせいで、たまにのろけた電話をかけてくるんです。今日はファーストキスどうしようとかでした」

「高校デビューとは?」国城が微笑みつつ首をかしげた。「入学とは違うのですか?」

 どうやら天才と呼ばれる人でも知らない言葉があるらしい。まあ、当然か。この天才が学生だった頃はもう六十年以上前の話なのだ。

「入学などで周りの人や環境が大きく変わるときに、自らのキャラクターを変えてしまうようなことですね。えっと、今まで物静かだった子が、高校入学を機に髪の色を染めたりしてすごい明るい人になってみたり」

 そんな説明で一応伝わったらしい。国城が楽しそうに頷いている。

「あなたはあまり変わりませんでしたね」国城が四條に向かって言った。

「変わらない人の方が多いですよ」四條が笑う。

「キス……などについても話されてましたね」弓海が小さな声で言う。「青梅さんのはじめてはいつ頃だったのでしょうか」

 恥じらう姿はかわいらしいのだが、なぜいまこの場でそれを聞かれるのかは理解できない。「忘れた」と答えようかとも思ったが、なんとなく覚えて入るし、どうも期待の眼差しを裏切るようなことはしにくかった。

「中学二年の頃かな……」

「まあ」弓海が感嘆の声をあげる。「どのよう方と」

「え、それ言わなくちゃダメですか」

 国城と四條も青梅を見る。どうも日本は民主主義国家であるので、多数決に従わなければいけないらしい。

「学校の先輩ですね。部活の関係で、入ってた部は女子部だったんですけど、同じ競技の男子部の先輩とね」

「その方とおつきあいを?」弓海がくいついてくる。

「ちょっとだけして、向こうが部を引退とか受験だとかですぐさよならだよ。そんな楽しいことはない」

「そうですか……」

 断言してしまったら、なんだか悪い気がしてきた。彼女はまだ夢見るところのあるかもしれない中学生の乙女なのだ。

「私はまだお付き合いしたことがありません。キスもまだです。遅いでしょうか」

 私はここに探偵の助手として密室のトリックを解明するために来たはずなのだが、今はなんの時間なのだろうか、と青梅は自問する。答えは恋愛相談の時間だ。

「そうでもないんじゃないかな」青梅は慌てたそぶりで話す。「さっき言った子も高校生になってちょうどこれからというところだし、弓海さんはかわいいからきっとモテるよ。すぐだよ、すぐ」

「だといいのですが……」弓海がちらっと四條を見た。

「四條さんもそう思いますよね。あ、四條さんはいつごろでした?」

 言った瞬間に地雷を踏んだ、と気付いた。弓海も驚き、目を見開いている。

 聞かれて答えたのだから周りの人間からも聞く権利があると考えてはいたが、それを聞くことが今の自分にとってプラスになるとは到底思えない状況だったのだ。言ったあとで気付いてしまったが。

「秘密です」

 四條は人差し指をたてて口にあてて答えた。

 そんな風に言われると、まだしたことがないんじゃないかとか童貞かというような言葉が一瞬、浮かんだが、容姿や振る舞いを見れば、そんなことはないようにしか思えない。そうなるとむしろ、本当に言えないようなことなのではないかと想像が浮かんだ。先程、奥の部屋で見たものを思い出して。

「私には聞いてくれないの?」国城が言った。「私はもっとずっと後でしたよ」

 そもそも想像ができなかった。人間なのだから若い頃があったのだとは思うけれど、あまりに離れていると想像することが難しくなる。祖父母の若い頃の付き合いを想像するのはむずかしいものではないだろうか。さらにこの人は天才と呼ばれるような異質な人種なのだ。

「おいくつだったのでしょうか」

「二十歳でした。ちょうど六十年前のことです」

 六十年前がどのような時代だったのかよくわからない。昭和の中頃だろうか。戦争は終わっている。そこからどんな世界になったのか、学校の授業ではあまりやらないところだなと思う。

「ある夜、あの部屋に私は呼び出されました」

「あの部屋とは?」青梅が尋ねる。

「事件のあった部屋です」国城が落ち着いた様子で話す。「六十年前、そのときは事件もなく、いくらかの招待客の前で人形のお披露目が無事行われて、一週間人形を飾っているところでした」

 六十年前と言われてもその時代を想像できなかったが、部屋を教えられたことで急にイメージが浮かんできた。

「私を呼び出したのは招待していた先輩の研究者です。彼は人形の前で私に告白し、震える私の唇を奪いました。今でもはっきりと覚えています。それが私のファーストキスでした」

 国城が恍惚とも言えるような表情を見せる。

 若き天才研究者だった頃も、そのような表情で男性からの告白を受け入れたのだろうか、と青梅は想像した。

「ロマンチックですね」弓海が楽しそうに言った。「その殿方とご結婚されたのでしょうか」

「いえ、その方は数年後に若くして他界されました。優秀な方でしたので多くの人に惜しまれていました」

 弓海が悪いことを聞いてしまったな、という表情を見せる。

「もうずっと昔のことです」慰めるように国城が優しく言う。

「悲恋だったのですね……」

「今ではそれも忘れることのできない思い出のひとつです」

 国城が微笑んだ。

「私の話は以上です」

 想定外の話が聞けたな、と青梅は思った。国城環という人物のバックグラウンドがわずかに見えたような気がした。

「それでは次は私が話しましょう」四條が言った。

「秘密だったんじゃないんですか」

 青梅は思わず声を出す。こうなってくると四條の話も聞きたいなと思っていたところだった。

「ドアの説明です。そちらをお聞きに来られたのですよね?」

「はい……」

 そうであった。もう完全に忘れていた。頭を慌てて切り替えていく。頭の中のカラフルな世界が冷たく金属質なイメージへと変わった。

 四條があの部屋の扉について詳しく教えてくれた。その内容はといえば、今回のために去年、最新のセンサーを利用したものに変更しており、微妙に開いたか閉じたかなど誤差のようなもので記録が間違えるということはないだろう、とのことだった。

「その辺りは警察の方に確認したほうがいいかもしれませんね。聞かれればできるだけの返答はするようにしますが、私が嘘をつく可能性も当然ありますから」

 それはそうだ。ただ、きっと本当なのだろう、とは思った。ここで嘘をつくメリットは薄い。警察に確認されればすぐにバレてしまうのだ。確認しないことを期待しての嘘と考えることもできるが犯人だとすればリスクが大きい。まあ、あとで確認して確実にしておこうと青梅は頭の中のリストに加えた。

「あとお話していないかもしれないことは中からは開けられることと開けたままにしておいた場合のブザーでしょうか」

「前者は先程、刑事さんに聞きました。閉じ込められたときのために中からは鍵を使わなくとも開けられるようになっているけれど、その開け方ではお屋敷中に警報がなると」

「そうです。あとログにも記載されます。今回はそういった警報もログもなかったのでカードキーを用いて正規の方法で開け閉めされていると思いますが。後者についても似たような仕組みで鍵で正しくあけた扉でも一分開けたままにすると同様に警報がなるというものです。閉めたふりをして何かを挟んで開けておくなどができないようにということですね。こちらもログが残りますが、今回は確認できていません」

「それはスイッチが切れるのですね」

 さっき、扉を開けたままにしていたがそのような警報は鳴らなかった。

「はい。今は警察の方が捜査しやすいように切っています。また、儀式の際も大勢が入るには時間が厳しいので止めておきます。最近、止めたのはリハーサルのときですね。有効と無効の切り替えはパソコンや携帯電話から可能ですが、その場合、誰が止めたのかもログに記載されます。もうひとつ変更可能なものが鍵をあけたまま扉をあけなかった場合に自動的に閉まる秒数ですが、こちらも同じ仕組みです。どちらも権限を持っているのは国城先生、能上さん、私です。なので能上さんの携帯電話からならば操作は可能だったかもしれませんが、今のところログの状況からはそうされていないだろうという状況です」

 理解できている気はするが確証はないという程度の自信を青梅は感じている。これは大事なことではないか。それならばこんなあやふやな感じではまずい気がしてきた。

「それらを変更することができてもカードキーがなければ解錠はできませんけどね。つまり開ける権限と設定の権限が切り分けされているということです。鍵は錠を解くために用意されており、錠は未許可の侵入を防ぐためにあり、人に与えられた権限は錠の設定を変えるためだけに存在します」

「あの……。すみません、私、頭悪いので覚えられる気がしません。後でテキストにしてもらうことはできますでしょうか。メールアドレス教えます」

「いいですよ」四條がにっこりとした表情で言う。「その他にも基本的な仕様を書いておきます」

「ありがとうございます!」

 青梅は急いでメールアドレスをメモに書き四條に渡した。

「ドメインが大学のものですね」

「あ、プライベートの持ってないんです。そろそろ就活のために取ろうかなとは思うんですが」

 なにかまずかっただろうかと思うが、大学のアドレスで悪いというようなことは思いつかなかった。プライベートのものがほしかったとかだろうか。いや、それはない。まあ、そんな希望があっても本当にないものは渡しようがないのだけど。携帯電話のメールはほとんど使っていないし、アプリのIDならば別にプライベートのものを渡したって構いはしない。望まれれば、喜んで提供しよう。

 そう考えていたが、ほしいという希望はついにやってこなかった。

 ノックの音が聞こえる。

「警察のものです」氷の声だ。

「どうぞ」国城が答えた。

 氷が室内に入ってきた。空気を固めるような雰囲気がある。

「本日のあの部屋での捜査は終えましたので、ご挨拶に参りました。また明日の朝、伺うように致します」

「ご苦労様でした」

「ご迷惑をおかけ致します。屋敷の外に見張りを配置していますので、何かあった際はお声がけください」

 屋敷の外まで走っていって声をかけるよりは警察に電話かけたほうが早そうに思うがなにも言わなかった。そこから屋敷に来るまでの時間でいえば見張りの人がはやいことは確かだ。その辺りはみんなわかった上で話しているのだろう。人間はよくできている。だから殺人なども起こるのだろうけれど。

「それでは失礼致します」

 氷が退室しようとする。

 青梅は立ち上がって、わずかに追いかけてから言った。

「氷さん、質問があるのですがいいですか」

「なんでしょう? 答えられることならば」

「ファーストキスはいつでした?」



   8


 夜の大学はお祭りの後片付けをしているかのようにひっそりと、だけど停止せずに活動している。眠らない街というほどの喧騒はなく、部外者としてはどこか後ろめたさを感じる。水喰土礫は、キャンパスの奥にある紫橋小桜の研究室へ向かって歩いていた。携帯電話に青梅蛍からのメッセージが届いたので確認した。また今日も夕飯をごちそうになるとのことだった。簡単な報告にはなんの成果も得られたなかったということと天才老科学者と恋愛の話をしたと記述されていた。

 まったくあの助手はなにをしているのだろうか。

 尊敬する人からの紹介だったので無条件で受け入れたが、今のところなにか期待を上回ると感じられたところは見当たらない。ハードルが高すぎるのだろうか。同じく紹介された前任者はおもしろい人間だったので、今回もと思っていたが、紫橋はただたんに自身のゼミ生を紹介しているだけなのかもしれない。

「水喰土です」

 研究室の扉をノックする。返事をもらえたので中へ入った。

「こんばんは。夜分にすみません」

「どうぞ」

 勧められるままに席に座る。紫橋に会うだけで、気持ちがたかぶるのを感じていた。ある競技の選手が子供の頃からずっと憧れていた選手とはじめて会うときはこのような気持ちなのではないかと思う。そして、何度会っても紫橋に対してはこの喜びがなくなってしまうことがない。水喰土は自身のおかしな人生を運の悪いものだと考えていたが、紫橋に出会えたことだけは幸運だと考えていた。そのたったひとつの幸運だけで、すべて不運と釣り合いが取れると。

「彼女はどうです?」

「どうでしょう。まだよくわかりません」

 最初にふられた話題が、別の人間の話であったので、小さな嫉妬の種が生じたのを水喰土は自覚する。芽が出る前に潰してしまおう。

「さっき報告がありましたが、探しに行った密室のトリックについてはなにもわからないままで、国城さんの過去の恋愛について話を聞けたそうです。いったい、なにをしているのか。近頃、求められているようなコミュニケーション能力というものは高そうですね。どこでも上手く泳いでいけるタイプでしょう」

「君は彼女と言われて、国城環ではなく、青梅蛍を思い浮かべたわけですね」

 そう、言われて水喰土は、はっとなる。

「いや、どちらでも間違いではありません。どちらとでも取れるように意図して尋ねたわけですから。たまたま報告があったことからそちらを考えていたというだけかもしれない。そうではないかもしれないけれど」

「青梅さんは、先生としては何か意図があって紹介されたのでしょうか」

「おもしろい人間ではないですか?」

 そのおもしろさを水喰土はまだわかっていなかった。そのことに悔しさを覚える。

「普通の人間に見えます」

「そうですね。先程、君が言ったとおり、コミュニケーション能力と呼ばれるようなものが高く、どこでも上手くやっていける人でしょう。普通に。それはすごいことではないですか?」

 水喰土はその普通ができなかったから今のイレギュラーな生き方を選んでいる。だから紫橋の言葉に棘を感じた。それは心地よい痛みではあるのだけど。

「彼女はハイノーマルです」

 紫橋が説明する。

「彼女は異常なほどに普通を生きています。講義も試験も平均点よりもいくらか上の位置を獲得し、生きていく上での経験も理想的なほどまでに普通とされる道を歩んでいるようです。きっとこのあともそうでしょう。卒業し、就職して、数年働いて、それなりの人と結婚し、子供ができて、困らない程度に裕福だけど、日々、贅沢ができないぐらい生活に落ち着いて、年を取り、家族に見守られて死んでいく。それは普通と呼ばれるけれど選んで進むのは難しい理想で、普通は手に入りにくいものです」

 おもしろい話だ、と思う。そんなことを選んでできるならば確かにすごいと言える。

「彼女はそれを無意識に選んでいるようです。たぶん、あなたと元は同じタイプの人間でしょう。子供の頃に能力から阻害される目に会い、あなたは周りに適応せず能力が落ちてくれるのを待つ道を選び、彼女は自らの能力を隠して周りに溶け込む道を選んだ。彼女というハードの上に、理想的な普通という名のソフトをエミュレートしているわけです」

「ただの普通の人ではないですか。たまたまうらやましいような道を進む幸運な人もいるでしょう。未来がそうなるともわかりませんし」

「そうかもしれませんね。ただ、今のところそのように観察できるのならば、そのとおりに進んでもらってはおもしろくないでしょう?」

 紫橋が神様のように微笑んだ。いたずらを企てている少年のようなことを言いながら、なんて美しいのだろう。

「だから君に紹介したわけです。彼女に自覚がないのならば、なにを選んでも普通ではない道しかないところへ行ってもらおうかと」

 そこで水喰土は考える。

 そうして、普通の人のままで終わってしまったら、彼女の勝ちなのだろうか。本当に彼女が無意識にでも能力を隠す道を選んでいるとしたならば、そうなる。逆に元からただの人であった場合はどうしようもない。これは紫橋から水喰土への試験でもあるな、と思った。

「そういうことならば期待して待つようにします」水喰土は視線を外して研究室を見回す。「今のところ普通の人のようにしか見えませんが、それが本当の彼女なのかどうか、もう少し試してみましょう」

「お願いします」

「今の話が聞けてよかったです」水喰土が左手を後ろにまわし頭をかく。「もう見捨てようかなと考えていましたから。もうひとりの彼女を相手にするのに忙しくなりそうで」

「なにかわかりましたか」

「わかっているので迷っています。依頼者の利益とはどのようなものかと」

 今日、水喰土は相談しにやってきた。

「顧客が望んでいるのはドリルではなく、穴をあけたかったのだ」

 水喰土はうつむきながら話す。

「すぐれたビジネスマンほど顧客の言葉を額面通りに受け取りはしないでしょう。要望をいくらでも受け入れ作られた製品は醜く太って誰も手を伸ばそうとしないものになる。要望を詰め込んだ映画なんて消化不良で吐き気を催すかもしれない」

 水喰土が顔をあげて、紫橋を見た。

「どうでしょうか? 探偵に依頼する顧客の望みは本当に聞いた言葉通りのものなのでしょうか」

「世の中にはドリルを使ってみたくてドリルを買う人もいます。きっと子供ほどそんな好奇心に溢れているように思います」

 紫橋が机の引き出しをあける。中から小さな手動ドリルを取り出して机の上においた。

「使ったことはありますか?」

「子供の頃に、おもちゃのレースカーに穴をあけていましたね。軽量化すると速くなるんです」

 だからそのときは穴をあけるために買ってもらったことになる。

「つまり、おもちゃの車を速くするためにドリルを買ったわけですね。穴があけたかったのではなく」

 そう言われればその通りである。穴は過程でしかない。

「君の言う通り。ドリルを買わず、さらに言えば穴を開けずとも、依頼者が本当に望む答えがあるかもしれませんね。あの人のことですから、そんな普通の答えを望んではいないでしょう。そうでなければこんな騒ぎを起こすはずもありません」

「難しい問いですね」

「答えるかどうかは君が決めていいことですけどね。言われた通りの仕事をしてもいいし、もっと喜ばれるだろうことをしてみてもよく、依頼者を裏切ることだって選択する権利はあなたにあるでしょう。批判を受け入れる覚悟があれば」

 紫橋が机の上で手を組む。指と指が絡み合う様子が見えた。

「自らの利益を考えて動けばいいのです」紫橋が言った。「簡単なことでしょう? 望むものが金銭なのか名誉なのか。はたまたそれ以外のなにかか。人々がなにかを望むように動くことで世界は渦潮のように回っているのです」

「みんなが自分勝手に動いたら壊れてしまいませんか?」

 おかしいな、と思う。普段は自分勝手に動きたいと望んでいるのに、ふいに言われるとそれでいいのか、と問い返したくなる。

「いいえ。問題があればそれを制限する仕組みが自動的に現れるでしょう。自分勝手に悪いことをしていた人間に対して、その行いを批難する仕組みが現れ、そしてその人間は自らの利益を考えた上で悪意ある行動を止めることになる。問題があるとすれば、その仕組が発生するまでの時間と仕組みによる制限が良いだろう行いまでも制限する可能性があることでしょうか」

「僕は多くの金銭は望みません」水喰土が言った。「ずっと望んでいることは、いくらお金があってもかなわないことですから」

「それなら、少しでも望むような自らの利益に近づける道を選ぶのがいいでしょうね」

 この人はすべてをわかっているのだろうな、と水喰土は思う。

 水喰土や青梅、もっと言えば国城環という天才も、ゲームの中のキャラクターのように彼の頭で動かされているのではないかと感じる。そんな憧れの人を近くで見ていられることはとてもうれしいのだけれど、もっと自分というものを感じてもらえるように、なにか傷をつけたいという思いが湧いてきた。殴りかかろうというのではない。言葉でいい。肉体的にも精神的にも痛めつけたいというわけでもない。ただ、作品にサインをいれるように、わずかにでも神様に印を刻み込みたいと感じている。いや、そんな大仰なことではないか。ただ、意表をついて驚かせて、ほめてもらいたいな、という子供のような気持ちかもしれない。もしくはお気に入りのおもちゃにシールを貼り付けるような。

「先生は、どのような自らの利益を考えた上で、僕にこの仕事やあの彼女を紹介したのですか」

「おもしろいものがみたいなという単純な感情です。それは事件もそうですし、人間としての成長……いや変化というべきでしょうか。そういったものを見るのが仕事ですからね」

 紫橋が微笑んだ。

「私の観察対象たちがどうなるのかを」

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