第43話.花火

花火とチャッカマンと、水を入れたバケツを持って僕たちは事前に打ち合わせた場所に集合した。


「あ、しまった」


ろうそくを持って来てればいちいちチャッカマンを使わなくてよかったのに・・・・。遊び慣れてないから完全に家に忘れてきた。


「ふっふっふ」 なにが嬉しいのか、りえがニンマリと笑顔になった。


「じゃーん、ちゃんとネットで調べてきたんだ」


そう言ってジーンズの尻ポケットからろうそくを一本取り出す。「おお!」 思わず声が出た。


「幸一くんの持ってくるものリストに入ってなかったから忘れてるかもと思って隠し持ってきたんだ」

「すごい! さすが! 今日のMVP!」

「・・・・照れる」


そう言って顔を赤らめた。冗談だよ、悪いことした気になるからそんなに照れるなよ。


とりあえず手持ち花火に火をつける。シュゴーっという音と共に緑の光がまるで魔法みたいに広がった。「すごい! すごい!」 はしゃぎながらりえも火をつける。りえの持っている花火の先が赤く彩られた。


「すごい! ねえ見てこれ! どんどん色が変わってる!」


赤から黄色、黄色から青。「そういうやつもあるんだよ」 りえは興奮したのかそれをブンブン振り回した。残像で光の輪ができたように見える。


「よーし次はこれだ」

「この小さいのはなに?」

「ヘビ花火」


火をつけると特に派手な光もなにもなくただ淡々と火薬の匂いを発し続けた。


「なんか地味だね、私たちみたい」

「うーん、確かに」


“たち”というのが少し胸にひっかかったが否定できるほど派手とも思ってないのでそのまま流した。


「これ誰が喜ぶんだろう」

「そんなこと言うなよ」


ヘビ花火職人に謝れよ!


りえにこの面白さは分からなかったみたいで、「ごめんごめん」 と軽く謝ってすぐ手持ち花火に火をつけた。


「やっぱりこっちの方がいい、綺麗だし」


最初の興奮はもう冷めてしまったみたいだが、次々花火に火をつける。相当気に入ったようだ。「あはは、なにこれー」 バチバチッと火花が飛ぶ、あれはスパークだったかなんだったか・・・・そんな感じの種類だったと思う。


「線香花火の大きいバージョンだね」


そう言うとりえは「線香花火?」 と首をかしげた。まさかあのど定番の花火を知らない人種がこの世にいたなんて・・・・。


「買ってるから後でやろうか、締めは線香花火って決まってるし」

「そうなんだー」


いや決まってないけど、でも線香花火ってデザートみたいなもんだろ。ケーキや羊羹や杏仁豆腐と同じ、なんとなくそう思ってる。


一通り花火も終わってしまって、デザートに食指を伸ばす。綺麗で静かな光がボンヤリと小さな範囲を照らす。


「きれいだね」 「うん」 「あ、落ちた」 「はい次の分」 「ありがとう」


耳を澄ましてもなにも聞こえない、世界の中心にいるようだった。今日だけは時間が過ぎてほしくない。


優しい光に照らされるりえの顔を横目でチラッと見た。白い肌とオレンジの光で神秘的に見えなくもなかった。


「あ、幸一くん」

「ん?」

「落ちてるよ」

「あっ」


見惚れてしまってたみたいだ。いつ落ちたのかまったく気付かなかった。


袋を見ると、ちょうどあと1本だった。「これ最後だよ」 「いいよ、幸一くんがやりなよ」 ここはお言葉に甘えよう。


最後の1本に火をつける頃にはりえの方も落ちてしまったので2人で1つの火を眺めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る