第38話.記憶

私の最初の記憶は小学校に上がる前。その時にはもうお父さんに殴られてばっかりだったと思う。顔は痛いから両腕で覆って、庇って。殴られた後、自分の腕の色が変わるのが怖くて、よく泣いてた。


小学校に上がると、みんなと違って自分の腕が汚いと思った。みんな綺麗な肌色で、なんかちょっと羨ましかった。


私の腕は、その頃にはもうところどころが痣で黒くなりつつあった。何日か経てば古い痣は治ってたけど、治る前にはもう新しい痣が常にどこかにあったから、いつもどこかが汚れていた。


ある時クラスの誰かがそれに目を付けた。


「近付くとビョーキが移っちゃうぞ!」


クラスのみんなは私を怖がって、だんだん近付かなくなっていった。自分から誰かに話しかけようとしても、みんな嫌な顔して、違う誰かと話し始めた。それをされる度に、自分の中のなにかがすり減っていくのがわかった。


やがて完全にすり減ってしまって、私は、自分から話すという行為をしなくなった。


誰からも避けられる学校生活は苦行で、やがて気持ちがそっちに向かなくなった。行かなきゃいけないのに、行こうとしても足が動かない。あの人は私を叱咤した後「まあ別にいいけど」 とそれ以上はなにも言ってこなかった。


何日かまとめて休むと、学校の先生から家に電話があった。「親御さんも一緒に来てください」 みたいなことを言われたらしい。あの人のため息を聞きながら学校に行った。


先生は、私の痣のことを気にしてくれていた。「家庭によって違うと思いますが」 前置きをして私の家では普段どういう教育をしているのかをあの人に聞いていた。


「教育については特に他の家庭と変わらないと思います。痣のことなら、この子は元々肌が弱くて」


やっぱり自分は病気なんだって思った。病院、行ったことなかったけど。


でも病気じゃなくて暴力が原因って分かるのに時間はかからなかった。どう見たって、お父さんに殴られたところだけが黒く変色していて、なによりそこ以外は綺麗なままだった。


あの人は、外面は良かった。人当たりもよくて近所の付き合いにもよく顔を出してた記憶がある。でも家の中じゃ・・・・。


あの人が本当は冷たいと気付いたのはいつだったか、どの瞬間だったのかは思い出せないけどお父さんに蹴られた時だった気もする。


「あんた、あんまりやりすぎて殺さないでよ? まあ別にいいけど」


薄れていく意識の中でそんな言葉を聞いた気がする。もしかしたら私の記憶違いかもしれない。聞いた気になってるだけで実際にそんなことは言ってないのかもしれない。「まあ別にいいけど」 これがあの人の口癖だったから。


それを言われる度に目を背けてきた現実を突きつけられる。私は見放されてるんだって。どこにも居場所なんてないんだって。


中学校に上がる前に私は母方のお婆ちゃんに引き取られた。


「生活が苦しい」


私はそれが嘘だって知っていた。私は邪魔者だってその頃には気付いてたから。


お婆ちゃんは優しかった。痣のこともなにも聞いてこなかったし、ご飯は美味しいし。学校に行きたくないって言ったら「行きたいと思った時に行けばよか、無理してまで行って体調崩したらどがんする」 って優しく言ってくれた。


「最近は遠くの人でも友達になれるとじゃろ?」 と13歳の誕生日に携帯を買ってくれた、今でも使ってる、私の宝物。


お婆ちゃんとの生活は、私が今まで生きてきた中で1番楽しかった。よく一緒に買い物に行って、2人でレジ袋を半分ずつ持って歩いて帰った。「子供が可愛くない親なんておらんからな」 が口癖で、多分、あの人のことを言ってるんだと思った。


私が熱を出して寝込んだ時、一晩中横で看病してくれた。私の手を握って、「大丈夫かい?」 って何回も何回も心配して聞いてきてくれた。


シワシワだったけど暖かい手だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る