第53話 悦田アリアと志戸鈴実


「さ。行きましょうか」

 挑発的な様子を見せ、悦田が菅野女史の前に立つ。

「護衛が一人で大丈夫かしら」

 おい。こいつ、また暴れる気か?


「問題ありません。朱天流護身術のことは承知しておりますので」


「……」


「このような状況で、むやみに動くような愚かな事はしない流派です」


 菅野女史はそう言うと、ドアから出るようにスッと半身になって悦田を促した。


「……じゃあ、ちょっと行ってくるわね」

 手をひらひらと振って、悦田が出て行った。気のせいか緊張していないか? 菅野女史のセリフが原因か?


 そういえば、志戸に護身術がなんとかって言っていたことがあった。菅野女史が『しゅてんりゅう』と言っていたのが、それかもしれない。

 悦田が静かになったのは、菅野女史のセリフが図星だったから?

 あの人ってこの施設の責任者なんだよな。一体何者なんだろう……。



※※※


 エアコンの静かな駆動音と、オゾン殺菌されたような金属臭さが部屋に充満している。いまさらながら気がついた。





「……静かだな」

 悦田が居なくなった部屋は広く、無機質さが増したようだ。

 まあ、アイツも俺も図体が大きいからな。一人減っただけで広く感じるのだろう。


「そ、そうですね……」

 志戸も心配そうな表情で、言葉も少ない。

 先輩も静かに座っている。

 まあ、俺もこういう時に気の利いた会話ができるタイプでもないから、ひたすら黙って天井を見上げていた。

 

 こういう時には大抵、悦田がうっとうしい事を言い出し始めるんだが、当の本人は事情聴取中だ。



 悦田の事が心配かと言われれば心配だが、先輩の言う通り話を聞くというだけで危害までは加えないような気がする。無事に帰ってきてくれればいい。




 …………。




 間が持たない。




 おかしい。あまり気にした事はなかったけど、俺はこんなに無言に弱かったか?





「あ、あの……」

 志戸がおずおずと話しかけてきた。

 俺がまごまごしている間に志戸が会話のきっかけを作ってくれた。


「アヤトくん。アッちん……じゃない、アリアの事、怒ってないですか?」

「あ? いや、別に?」


 突然、何なんだ?

 アッちんは二人の間でのあだ名だからか、悦田の本名に言い換えたようだが……何か特別な話でもするのか?


「アリアって、気が強いでしょ? アヤトくんとも、よく言いあいしてるし……」

「まあな。俺にはやたら食ってかかってくるよな」


「あの……アリアの事、嫌いにならないで欲しくて……」

「そこまで嫌いじゃないぞ。まあ、ちょっとカチンと来ることは多いけどな」


 シュンとした志戸に慌ててフォローする。

「いや、あれだけ美人でスタイル良くて、とんでもない運動神経もしてるし、アイツの通っている偲辺高校じゃ人気者なんじゃないのか? 俺みたいなウドの大木みたいなのを見ると、イライラするんだろ」


「そ、そんなんじゃないんです……」


「そういえば、仲良しの志戸を取るなーっていきなり言ってきた位だから、俺の事、敵だと思っているんじゃないか?」


「ち、ちがいます!」

 照れているのか怒っているのかわからないが、志戸が真っ赤な顔をして叫んだ。

 相変わらず、大きな声を出しても小動物っぽくて迫力がないな。


 ふと隣を見ると、先輩も顔を上げて志戸の様子を見ている。志戸の勢いに驚いているようだ。


「アリアはそんな子じゃないんです!」

「はあ?」

「優しくて傷つきやすい子なんです!」

「どこが?」

 あの傲岸不遜ごうがんふそん、自信満々、強気の挑発一人マイペース暴走女が?


 今の俺の反応に相当傷ついた様子の志戸が、明らかに必死になった。


「アリアは優しすぎてダメになっちゃう子なんです! だから、嫌ってあげないで!」


 ファーファが俺のポケットの中で身じろぎをした。


「どどどどうしたの? なななななにかあったの?」

 志戸の必死さに訳が分からなくなった俺が驚いていると、先輩が志戸をなだめるようにとっさに言葉を挟んだ。



「……先輩」

 志戸は悩むようにしばらく口をつぐんでいた。


「だだだ大丈夫だいぞうぶ……なな仲間だから……」

 仲間だからと自分の事を語った先輩。そんな先輩の言葉に促されるように志戸がポツリと話し始めた。



「…………アリアは、私が幼稚園に通っていた頃に出逢ったんです」



※※※


「アリアは、外国から来たばかりで日本語もしゃべれなくて、おとなしい子だったんです」

「アイツが?」

「はい。ちょっとぽっちゃりしていて、そばかすだらけで、いつも絵本を抱えている子でした。話しかけても逃げちゃうような子でお友達もいなくて……」


 へえ。意外だな。

 先輩は、安心させるためなのか一生懸命頷いている。


「わたしも……その……お友達がいなくて……ふたりともみんなと離れてポツンと座っていました。心配した幼稚園の先生がいつも並んで座るようにしてくれたんです」

 照れたように話す志戸。


「でも結局、お話することなくって」

「なんだそれ」

「でしょ?」

 ふわっと微笑む。

「小学校に行くようになったら、同じクラスだったんです。でもやっぱりふたりとも、お友達ができなくって、教室の両脇の席にずっと座っていました」

 そして少し苦笑いをした。



「ある時、男子がアリアの事をイジメ始めたんです。ぽっちゃりしていて、顔はそばかすだらけで、白い肌にブルーの目で。気持ち悪いって。何も言わないアリアはイジメの的になりました」

 先輩は頷く事を止め、ジッと話を聞いている。



「アリアはずっと我慢して、耐えて……で、わたしの方が我慢できなくなって、アリアに話しかけて――それがきっかけです」


 なるほど……。

 以前、悦田が先輩のことを自分に似ていると言っていたのはこの事なのかもしれない。

 見た目だけでイジメられた過去。上手くしゃべることができなくて言葉が伝えられない経験。


 そして志戸も、そんな頃から困っている人を助けてしまう性格だったんだな。



「いつも二人一緒でした。でも、小学4年の時、アリアが北イタリアに戻ることになりました。イジメられなくなるから良かったね、なんて言って――でも、すごく寂しくて悲しくって……大きくなったら必ず会いに行く! なんて約束したんですよ」


 そうか――二人の仲のよさも頷ける。


「中学3年の時、アリアがまた日本に来る事になったんです! 5年ぶりに会ったアリアがもう! ほんと! 誰? って感じになっちゃってたんですよ!!」

 志戸がぱあっと明るい表情を見せた。本当に嬉しかったのだろう。


「アリアが本当にキレイになっていて……性格も変わっていて! もう二人して大笑いしました!」


 先輩もなんだかホッとした表情をしている。


「でも、中身は昔のままのアリアで……あの子、あれから変わろうとしたんです。ずっと弱い事に悔しさを抱えていたんです。そして偶然イタリアに来ていた日本の護身術の師範と知り合って、鍛えたんだそうです」


「へえ……5年でか……相当鍛えたんだな……」

 運動が苦手だからと何もしなかった俺とは大違いだ……。


「ひとりぼっちに戻った当時のアリアは、周りから見ておかしくなってしまったようだったと聞いた事があります。再会してアリアにどうしてそんなに鍛えたのか尋ねた事があるんですけど」


 先輩は微動だにせず、ジッと聞き入っている。



「守るためには、力がいる。心がいる。――そう言っていました」



 守るため……か……。

 俺は、ポケットの中に隠れている宇宙人たちの事を思い出した。



「なるほど。俺みたいなのは気合いが足らないって思われているんだろうな」

「そんなことないですっ!」

 志戸、なんだ急に? そんなに必死になることか?


「アリア、きっとアヤトくんの事を気に入っていると思うんです!」

「はあ? どこが?」

 なんだ、志戸。悦田とそんなにケンカするなって言いたいのか? まあ、仲間同士、いざこざがあると良くないのはわかるけど。


 志戸は、うーん、と何かを上手くまとめようとしているかのように小首を傾げる。


「アリアって、男の人が大嫌いなんです」

「おいおい」

 俺が男ってことだからか?



「あれだけイジメていた男子が、中学生になって見違えたアリアに手のひらを返してきたんです。アリア、そういうの大嫌いなんです」


 なるほど……以前、アイツが『見た目で判断するのが一番イヤ』って言っていたのは、ここからか……。



「だからアリアって、男の人に不信感を持っているんです」

 俺は自動二輪愛好会の男どもと会話していた姿を思い出した。

「そうか?」

「しかも男の人に対して結構冷たいというか……何か線を引いているというか……」

 改めて自動二輪愛好会での出来事を思い返す。

 なんとなくわからなくもない。



「でも、アヤトくんにはそんな感じがしないんです」

「俺、イジメられてるぞ?」

 半分冗談、半分本気で答える。


「アリアは、嫌いな男の人相手にあんなに話しかけないですよ」

 そんな事ないだろ。めんどくさい事ばかり言ってきて、嫌がらせしているとしか思えない。


「それに、男の人に手助けするなんて事も見たことがありません」

 

「あれ? でも先輩、男だろ?」

 先輩が無言で頷く。


「うーん」

 悩む志戸。


「男の人っぽくないからかも」

「おい」

「あ。先輩! ごめんなさいっ!!」

 志戸がバネ仕掛けのように立ち上がって頭を下げた。

 先輩は思わず苦笑している。



 ――苦笑している!?



 女の子に間違われる事にショックを受けてきた先輩が?


 先輩に向かって男っぽくないとか、女っぽいとか言うのは禁句だったと思っていたが……その先輩が困ったように笑っている?


 先輩の横顔を見る。

 あれほど見えていたかげりが薄くなっている……のか?



 ひょっとしたら先輩の心のうちも、何か変わってきているのかもしれない。



 ――でも、志戸よ。たぶん悦田が俺を嫌いじゃないというのは違うぞ。

 今までを思い出しても文句を言われているか、からかわれた位しか記憶にない。



 やっぱり志戸、お前、人を見る目がないわ。




 ちょうどその時、部屋のドアがノックされた。


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宇宙戦争は、俺の秘密基地《トイレ》で起きている。 筆屋 敬介 @fudeyaksk

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