第49話 「もう! なにこれ! 立派な監禁じゃない!」


「ファーファ! 動くなッ!」


 心の中で叫ぶ!


 俺は胸ポケットを押さえたまま、身体をくの字に折り曲げた。

 隣では志戸がしゃがみこむ。ミミも胸ポケットから飛び出そうとしたに違いない。



 ハイドンの部屋に突然開いた大きなガラス窓。そこから見下ろす形で現れた明るく真っ白な研究ルームは、相当巨大なものだった。

 無数のコードが天井を這い、大多数がその中央のカプセルに集まっていた。

 白衣を着た何人かの研究員たちが、部屋中をせわしなく歩き回っている。


 カプセルはここから遠く、詳しくは見えない。

 だが、周囲の壁面に取り付けられた巨大モニターにはそのカプセルの中身――ありふれた石のような物が映し出されていた。


 ひと目で分かった。


 あれが、月の裏側の石!

 そして、ファーファとミミの仲間に違いない!


 バタバタと必死に暴れるファーファを押さえ込む。

 最近はファーファとミミを二人組のように感じていた。だが、元々は一つの意識体だ。

 彼女たちの今までの様子だとこの地球上に仲間は、居ない。


 そして、地球に来て初めて出逢う仲間がガラス窓越しに居るのだ!


 無表情な彼女たちを見ていると感情が無いように思える。意識でお互いに交流する宇宙人には、感情を目に見える形で表現する必要がないのだ。


 しかし、出逢った時の彼女の目を思い出した。

 彼女にも感情はあるのだ。表情に出ないだけなのだ。


 そんなファーファとミミが必死になって暴れている。


 今すぐ会わせてやりたい!



 ――が、目の前の大人たちにバレては元も子もない。


 頼む! 静かにしてくれ!!




 運よく、ハイドンと菅野女史は完全に開ききっていないガラス窓の方を注視していた。


「すずっ!?」

 突然うずくまった志戸に驚いた悦田が叫んだ。

 バカ! こっちに注意が向くだろうが!!


「悦田! ミミを!!」


 ハッと気がついた悦田。とっさに菅野女史と志戸の間に身を滑らせる。

 菅野女史がふと目線をこちらに向ける。

 長身の悦田が小さな志戸を覆うようにして菅野の視線を遮った。

 ポンコツ脳筋の悦田だが、こういう身体を動かすタイプの察しはよい。


 ハイドンは全く振り向かない。興味の無い事には無頓着なところが助かった。

 だが、俺が胸を押さえて身体を折り曲げている姿までは隠せない!


「どうだね。これが――」

 ハイドンが振り向く。


 その時、背後から走り出た影があった。


「ド、ドドドク、ドク!」


 先輩!?


 力なく俯いていたはずの先輩が背後から飛び出していた。

 場違いなほどの大きな声を出しながらハイドンの横を通り抜け、ガラス窓に駆け寄る。

 言葉が詰まっていて何を言っているかは分からない。


「ド、ドドクドクタドクタ!」

「うむ?」

 突然の事で、ハイドンと菅野女史の視線が先輩を追う。


 発声が難しい先輩が、詰まりながらも必死になって声を出している。


「どうした?」

「すすすすす」

「?」

「すすすすごいでっすね!」

 先輩の上ずった声。ただひたすらに、感極まったよう……に……?



 そうか! 先輩が視線を惹き付けてくれている!!



「こここ、ここここ」

「どうかしたのですか? おちついてください」

 菅野女史がズボン姿の小柄な背に近づき、声を掛ける。志戸の方も気にしてはいるが、優先順位はそっちか。助かった!


 チャンスだ!

 俺は志戸のそばにしゃがみこみ、ミミとファーファに話しかける。


「ファーファ、ミミ! 必ず会わせてやる! 約束する! だから、今はおとなしくしてくれ! お願いだ!!」


 バタバタしていたファーファがモゾモゾに変わり、やっとのことで静かになった。

 ミミもおとなしくなったのだろう。力が抜けた志戸がペタリとへたり込んだ。


 ファーファもミミもとっさに声を出さなかったのは助かった。まだまだ意識体だった時の名残だろう。



「大丈夫ですか。気分が優れないのですか」

「!」

 いきなり背後から声を掛けられた。

 驚いて振り向くと、タブレットを片手に菅野女史が中腰姿勢でこちらを見ている。切れ長の目と目が合った。


「ちょ、ちょっと疲れが……」

 とっさにごまかす俺。無理があった……か?


 菅野女史の長いまつげ越しの知的な瞳が、ジッと俺の目を見る。

 見透かされそうで思わず目線を外した。

 先輩がハイドンに必死に話し続けている姿が目に入る。


 菅野女史はスッと立ち上がった。


「ドクター。彼らは体調が優れない様子です。休ませたいと思いますが、よろしいでしょうか」

 そう言うと胸ポケットからスマホのような端末を取り出した。


「うむ」

 振り向きもしないハイドン。


「では」

 同時にスッと端末を耳に当てる。

 この人、どう答えるのか全部わかってるんじゃないか? ひょっとして何でもお見通しなんじゃ……。

 ファーファたちのことも見破られている気がして、冷や汗が出てきた。



 すぐに部屋がノックされ、警備服姿の男が現れた。黒SSだ。

 とっさに悦田が身構える。フシャーッと、相変わらずネコのように威嚇し始めた。

 悦田……もうこれ以上騒ぎを起こそうとするのはやめてくれ。




 その男と共に、志戸、悦田、先輩、そして俺はハイドンの部屋を出た。

 後ろから菅野女史も続く。ドアを閉める前にハイドンに声を掛けた。


「ドクター」

「なんだ?」

「彼らとは、ゆっくり丁寧にお話される方がよいかと思います」

「君が言うならそうだろう。任せる」

「有難うございます。それとドクター」

「ふむ?」

「ドア前でお呼びしたらすぐお返事ください。ご興味が無いからと居留守されては困ります」



「……あれは、その……聞こえなかったのだ。君のことだから厄介事の相談だろうと思ったからと、居留守するわけなかろう」

「承知しました。それでは失礼いたします」

「はよう、いけ」



※※※


 無機質な通路を歩く俺たち。先頭を菅野女史、そして俺たちの後ろには黒SSが付いてきている。

 

「どこへ連れて行かれるんでしょう」

 無言の行進に間が持たず、前を歩く菅野女史に尋ねた。


「色々ありましたので皆さんお疲れかと思います。部屋で休んでいただき、ゆっくりお話を伺う予定です」

 前を向いたまま歩みを止めず答える菅野女史。


「あの……できるだけ早く帰りたいんですが」


 俺の言葉にハッとする志戸。


 そうだ。忘れてはいけない。できるだけ早くトイレに籠もらなければ。

 トイレのタンクを使って、遥か彼方の宇宙のどこかへ、襲撃を受ける前に武器やアイテムを転送しなければいけない。


 今はマントの素材が足らない状態だ。

 宇宙人たちが憶えた回避特化の行動。それができない仲間が多数居る。

 急に襲撃されたりと不測の事態が起きた時、トイレに向かう間の時間稼ぎをすれば被害が大きくなってしまう。


「それは、貴方がたのご協力次第です」

「……」

 まさに悪役のようなセリフだが、菅野女史が言うと事務的に聞こえる。


 早くトイレに籠もらねば……遥か彼方の宇宙のどこか――その戦場に転送するには12時間がかかる。もう間に合わないかもしれない。どうする……どうすればいい……。




「ここの連中って、なんかむかつくわね」

 悦田が周りに聞こえるように声をかけてきた。


「2人くらいなら、いけるわよ」

 小声で付け加える。物騒な事を言うな。


「やめておけ。ここで暴れても逃げ道がわからん」

「走れば何とかなるんじゃない?」

「バカか」

「なんですってえ!?」

「あ、アッちん。静かにしたほうが……」

「悪い」「ゴメン」


 俺たちのコソコソ声を全く意に介さず、カツカツと歩き続ける菅野女史。


 再び無言の行進。




「あのー、まだでしょうか」

「こちらです」

 いきなり振り向いた菅野女史に俺は追突……せず、さっと避けられた結果、勢い余って廊下にこけた。


「ちゃんと前見なさいよ」

 とっさに志戸を支えながら先輩を抱きとめた悦田が、しれっとした表情で見下ろす。


「うっせ」

「はい。サッサと立ち上がりなさいな」

 差し出す悦田の手を掴もうとして……自分で立ち上がる。

「あら」

「男の子なんでね」

「ふーん」


「アヤトくん、大丈夫?」

「まあな。あんまり運動神経良くないもんでな」

「あんまりって?」

 にやつく悦田。

「うっせ」


「怪我がないようでしたら、こちらにお入りください」

 菅野女史が壁のパネルを操作して、部屋の自動ドアを開けた。



 中はこじんまりとしていて、無機質な部屋だった。

 小さなテーブルとスツールが置いてあるだけで窓一つない。

 俺たちはキョロキョロと警戒しながら部屋に入った。


「体調はいかがですか」

「だ、だいじょうぶです……」

 緊張した志戸が小さな声で答える。

「俺も大丈夫です」


「結構です。それではここでしばらくお休みください。トイレなど何かご用があれば、このインターホンで呼び出してください」

 ドア横のパネルを指差す。

「少ししましたら、一人ずつお話を伺います」

 そう告げると菅野女史は自動ドアを閉じて去っていった。



※※※


 部屋の中で、俺はしばし呆然としていた。

 あまりにいろんな事が起きすぎた。

 昼頃までは偲辺学園で学園祭をしていたのだ。

 ところが今は地下の巨大施設の、こんな無機質な部屋の中にいる。


 悦田はすぐさまドアの様子を調べると、開きそうも無いわね、と呟いた。


 悦田の様子を見て、全員で部屋を調べ始める。

 あちこちの壁を叩き、テーブルをひっくり返し、ドア横のインターホンを調べると、早々にやる事が無くなった。



「もう! なにこれ! 立派な監禁じゃない!」

 悦田が両手を腰に当てて憤慨ポーズをする。

「だね……」

 志戸が小さく答える。


「すず、先輩! せっかくだから休憩しましょ!」と、スツールを差し出す悦田。

「俺のは?」

「あんたはそこで立ってなさいな。すぐこけるし、もう少し足腰鍛えた方がいいわよ!」

「むむむむ」


 悦田の明るい声に思わず志戸がクスクス笑う。チラと見えた先輩の横顔も笑っているようだ。悦田もニヤニヤしている。


 部屋の重い空気が、少し柔らかくなった。


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