第46話 知られざる世界


 俺たちは皆、一様に固唾を呑んでハイドン博士の話を聞いていた。

 荒唐無稽な嘘を吐いて俺たちをたばかっている……と、否定できなかった。

 胸ポケットに隠れるミミとファーファを知っている俺たちには。


 ……ならば、こんな情報をなぜ、俺たちに教える?


 タブレットを操作し、サポートをしている菅野女史はクールな表情を崩さない。

 ハイドンはスクリーンの方を見据えたままだ。表情をうかがい知る事はできない。




「NASAのスペースシャトル、チャレンジャーには乗組員にも秘匿されたミッションがあった」


 いつの間にかハイドンの声は熱さを抑え、講義でもしているかのように変わっていた。


「そのシャトルには、小さく削られた月の裏の石が密かに設置されておった。地球に持ち帰った時には反応が無くなり、地球の外では宇宙飛行士たちが幻視幻聴を体験した――。これは因果関係があるかもしれぬ。ならば、もう一度宇宙へ戻してみよう。何かが起きるかもしれない……とな」


 リモコンを持ったまま後ろ手を組み、スクリーンに向いたまま淡々と語る。

 画面には、コックピットに座る宇宙服姿のパイロットが現れた。極太のケーブルチューブが接続されている。


「どうせなら、今までとは違う精神構造を持った者、いわゆる普通の人間――民間人も乗せてみよう。違う反応が見られるかもしれん。ひょっとすればもっと顕著に何かが起こるかもしれん。そこで初めて民間人を乗せてみるという計画が立ち上がった。もちろんこの目的を知っているのは一部の者だけだった」


「……それって、石の為の人体実験じゃない……」

 悦田のかすれた呟き。

 民間人を宇宙へ……宇宙を身近に感じさせるため……じゃなかったのか。夢を与えるためじゃなかったのかよ……。



「結果、残念だがシャトルは宇宙へ行く事なく、四散した」

 ハイドンは悦田の声を無視するように話を続けた。


「だが、一つ分かった事があった。実は、シャトルが四散した後、しばらくの間、シャトルのコックピットは無事だったのだよ。しかも、パイロット達は意識を保っておった」


 スクリーンには、抜けるような青い空に真っ白な雲が伸びていく画面が再び表示された。その一部が拡大される。

 噴き出した巨大な白煙の塊から小さな粒が離れていく姿が見えた。


「それと同時に、石に取り付けられていた遠隔測定装置テレメーターに異常反応が記録されていた。それはパイロット達が意識を失う瞬間まで続いた事が分かっておる。そして、その吹き飛んでいるコックピットが一瞬だが、弾道学ではありえない動きを見せたのだよ」


 ハイドンが振り向いた。



「浮いたのだよ。まるで……宇宙へ行きたい、という願いに応えるように」




「ほんのわずかな間だ。電源も無くなり空気も供給されない中、訓練されたパイロット達がとっさに正常に戻そうとコントロールしたデータが残っておる。だが、翼も何も無くなった鋼鉄の塊が吹き飛ばされた動きとしては計算にあわない。そのデータ群と石の反応データを解析し、私はある見解を持った」


 ハイドンは一旦、口を閉じた。

 物音一つしない雑然とした部屋。

 ハイドンの目が細くなる。



「パイロット達の願いに応えようと石が何らかの力を発現させ、宇宙へ向かおうと――軌道を維持しようとした、とな」



 ハイドンは俺たちを見据えたまま、リモコンを操作した。その背後で壁の液晶スクリーンが閉じていく。

 

「コックピットは大西洋に激突し、石も回収できてはおらん。残った石は、『謎の物質で構成された物』から『何かの力を持つモノ』と認識が変わり、改めて名称を与えられた。どこかの星からの来訪者として、『ステラ』と名づけたのは私だ。ステラは厳重に管理され、研究が続いておる。そしてその研究施設がここだ」


 菅野女史は表情を崩さず、タブレットから指を離した。


「超心理学と物質工学の知見もあった私が、最も合理的にこの事象を説明できた。そこで私はそのままこの『月の裏の石ステラ』研究の全てを全世界から任されたのだ。私は、ステラがヒトの意思に反応する……いや、この石自体に意識があるかもしれんと見ている」

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