第44話 ついに。


 ――なんだその「特別処理対象」って……。


「じょーーッだんじゃないわよッ!」

 悦田が恐ろしい剣幕で吠えた。

「なによ! それ、勝手にこんなところに連れてきたあげくのセリフ!?」


「それでは、これ以上は拒否されるということですね」

 菅野女史が事務的に切り返す。

「あったりまえじゃない! これ以上、関わる気もないわッ!」


 俺も悦田の言葉を引き取る形で続けた。

「そうですね。ここでの話は忘れることにします。だから、帰らせてください」


「ふむ。そちらのお嬢ちゃんは、帰りたいとのことだったな」

 ハイドンが再びタブレットで志戸を指す。


「は、はい……もう帰りたいです……」

 疲れ切った様子の志戸。


「ふむ。では、そちらのお嬢ちゃんは?」

 そのままハイドンは俺たちの後ろ、俺と悦田の陰に隠れるようにしていた先輩をタブレットで指した。

 俯いたままの先輩が、ビクっと身を震わせる。


「なんてこと言うのよッ!」

 悦田がすぐさま噛みついた。


 先輩は男だ!

 俺もカチンと来たが、悦田に先を越された形で逆に冷静になってしまった。

 しかし、悦田こいつ、いつも怒っているな……。


「ふむ?」

「ドクター、女性ではないと思われます」

 さほど意に介していない様子のハイドンに、サラリと助言する菅野女史。


「ふむ。女だろうと男だろうと、そんなもの・・・・・はどちらでもよい。君はどうなのだ」


 ハッとハイドンを見上げた先輩。黒ぶち眼鏡越しの漆黒の瞳を見開いている。

「そ、そそそんなもの……って……」

 先輩は小さく呟いた。

「ど、どどどどちらでも……よい……って……」

 長いまつげが震えている。


 ハッと我に返ると、再び顔を隠すようにうつむいた。


「先輩……」

 悦田が先輩の背後に回り、両肩に手を添える。言ってやりなさい、応援するからという表情だ。


 先輩は一瞬ためらったあと、意を決したように口を開いた。


「ぼ、ぼぼくは、ここに……のの残ろうとおお思います」


「「「え?」」」


 うつむいたまま深呼吸をする先輩。そして、ゆっくりと、

「す、すす既に、ひひひ秘密のいいい一端を、し知ってしまっているのは、ぼぼぼぼくだけですから……」

 もう一度深呼吸をする。

「み、み、みんみんなはまだ知っていません。だ、だから」

 顔を上げるも、オドオドとすぐにうつむく。


「み、みみみんなは……か、か帰してあげてください……」


 菅野女史が、一瞬、目を細めた。

「そうですか。あなたが残るから・・・・・・・・、ということですね」

「は、はははい」


 悦田がハイドンと菅野女史から遮るよう、先輩の前に回り込んだ。

「なんで!? 先輩! 一緒に帰るんじゃないの!?!?」

「あ、あの……どうしてですか……」

 驚いた志戸が戸惑いながら尋ねる。


「ご、ごめんなさい。み、みっみみんな、助けにきてくれたのに……」

 うつむいたままの先輩が消えそうな声を上げた。


 志戸と悦田が必死に、なぜ? 一緒に帰ろうと、先輩に繰り返し説得している。



 先輩の声は少し震えていた。

 他のみんなは聞いたことがないはずだ。

 緊張しているんじゃない。

 あの時、学校のトイレの壁越しに聞いた、必死になって気持ちを押し殺していた声だ。なぜだ。



「ドクター?」

「うむ」

 菅野女史の声に、ハイドンはタブレットを繰りながら生返事をした。


「わかりました。それでは、そちらの方々はこの場所の事を口外されない事を前提として、お帰りいただくように――」

 その時、菅野女史の言葉を遮って、ハイドンが驚愕の声を上げた。


「これは、なんだっっ!?」


 先ほどまでと、全く様子が違っている。

 ハイドンは、タブレットを注視しながら、興奮している。


 俺の心臓がギュッと締め付けられた。ひょっとして、宇宙人たちのことがバレたか!? 一縷いちるの望みを持って、知らぬ存ぜぬと無表情のまま身じろぎもしない。――いや、できない。



「これは、なんだ!?」

 ハイドンの上ずった声。

「こ、これはなんなんだッッ????」



 菅野女史がタブレットの画像を確認した。

「ラジコンプラモデルで邪魔をされたとの、報告を受けております」

「違うな!」

 即、否定するハイドン。荒削りに彫られたガッシリとしたワシ鼻の目立つ顔、その奥の瞳がギラギラと俺を見ている。


「君! この動き! これはラジコンなぞではないな!!」

 断定。



 バレたッ!!



 間抜けだった! 監視カメラか!


 背中を冷や汗が伝う。視界がぼやけてくる。呼吸が浅くなる。鬼のような形相の男がこちらを睨みつけている。


「これはなんだッ?」


 足が動かない。口も動かない。クールに。クールに! クールに、だ! 冷静にッッッ!!

 深呼吸だ。

 そうだ、深呼吸! 深呼吸、どうやるんだ!?


 ハイドンがタブレットを突き出してきた。

 そこには、俺が立ち上がり横へ移動し、床からF-4Jプラモデルがスッと浮き上がったシーンが、映し出されていた。


「これはどうやって動いているッ? 浮いているのか? 一挙動で? どうやって浮かせているッッ?」

 俺の肩を揺さぶる。


「これはなんだ? どこで手に入れた?」


 これは隠し事をしている事への怒りの声……じゃない?

 揺さぶる手が……わなわなと震えて……いる。


「これはなんだ? 頼む! 見せてくれッ! 仕組みを教えてくれ!!」


 鬼――いや、彫りの深いハイドンの目が見開かれている。


「む!」

 何も声を出せず、固まってしまった俺を無視し、ハイドンは突然思い出したかのようにタブレットを再び繰り始めた。


「このタイムスタンプ……君たちがトイレに入った時間……出てきた時間――」

 

 プリントアウトの山をかき分ける。雪崩の起きた紙束を漫然と見ている俺。


「これだ! やはりな!」

 興奮し大声で叫ぶハイドン。そばに立つ菅野女史に数枚のプリントアウトを突き出す。

 すぐさまその紙束を己の顔に戻し、凝視する。たぶん菅野女史はチェックできていないだろう。

 先ほどからの気のない姿はどこかに吹き飛んでいた。


 プリントアウトから顔を上げると、元の険しく気難しそうな顔に戻っていた。


「悪いが君たちを今すぐ帰す訳にはいかなくなった」




「君たちは、ステラ・・・と、なにか関係があるのか?」

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