第42話 傍にいる仲間。目の前の仲間。


「!」

「先輩だわ……」


 俺たちの目の前に、偲辺学園の制服を着た小柄な影が引き出されてきた。

 チラと見た悦田の横顔も急な展開に目を見開いている。


「コイツを捜していたんだろう?」

 拡声器越しの少し高めの声に優越感が見え隠れしている。


「なーに高校生相手にイキがってんのよ」

 悦田が呟く。そして、

「あんた、結構やるじゃない」

 前方の白い光の列をジッと見据えたまま、小声で話しかけてきた。

「もっとシレっとしていて、ヘタレなのかと思っていたわ」

「うっせ」

 俺は目線を前に戻した。


 自分でも驚いている。余裕を見せて冷静に対応できるのが大人だ。そう心がけていたが、どうも志戸と出会ってから調子が違ってきている。

 いつでも冷静さを意識している俺だが、さっきからそんなことはどうでもよくなっていた。


 悦田の様子を伝えてきた志戸の叫び声。

 黒SSに踏みつけられていた悦田の姿。

 その辺りからだ。


 大人が、高校生を、しかも女子を痛めつけている。

 確かに反抗して暴れたのは悪かった。だが床に叩きつけて土足で踏みつけることはないだろう。

 いや、それだけじゃないな。俺が初めてこんな気持ちになったのは――


「仲間が痛めつけられて、シレっとしたまんまでいられるかよ」


 胸ポケットの中で、ファーファが身じろぎしたのがわかった。

「そう……」

 見えてはいなかったが、悦田が笑ったような気がした。



 バリケードの様に立ちはだかったシルエット。

 ここを通り抜けなければ結局スタート地点でウロウロしているだけだ。先輩を拉致したような連中に黙って引き下がってたまるか。


 なのに、25メートルも手前でカートを止めてしまった俺。


 どうせ突っ込んでこないだろうと身動き一つもしなかった連中に、結局思惑通り飛び込めなかった。

 さっきから挑発するような声で話しかけてくるこの男の声でもわかる。


 子供相手だとなめている。


 そして、先輩を引きずるように出してきた。

 ぐったりしている小柄な姿。

 先輩に何をした。


「先輩に何をしたのよ」

 悦田が凛とした声で問いかけた。いや、むしろ挑むような口調だ。


「お前たちを大人しくするために必要と思ったんでな」

 拡声器の男の声がニヤリと笑っているかのように答えた。

「そんなことはどうでもいい。お前たちは、こいつとどういう関係だ」

 ライトの眩しい光に遮られて顔まで見えない小柄な姿を、更に前へ押し出す。

「このガキのためにこんなところまで忍び込んできて、暴れまわるとはマトモじゃない」


「いきなり高校生をさらうような連中に、マトモじゃないなんて言われたくはないわね」

「こいつが聞いちゃいけないことに、聞き耳を立てていたらしいんでな。やむに已まれずだ」


嘘吐うそつき」

 悦田が小さく呟く。

「勝手に口を滑らせた事を偶然聞かれただけじゃない」


「んともすんとも喋らんヤツだったが、お前たちが入り込んで来たと伝えたら様子が変わったもんでな、手荒なことをしてでも捕まえるって言うと口を開き始めたもんでな。なにか関係あるんだろうとな」

 拡声器から聞こえる男の声は気持ちよさそうだった。イライラする喋り方をするヤツだ。


「自分の名前は吐いても、お前たちの名前は全く吐こうとしないしな。元々、ツマリまくって何を言っているのかわからんし、女か男かわからんナリだしで正直イライラしていたところだったもんでな。ちょうどよかった、こいつの代わりにお前たちに少し聞きたい事がある」


 悦田の目が鋭くなっている。

「悦田。わかる。わかるが今は動くな。先輩が捕まったままだ。下手に動くな」


「…………わかったわ」

 悦田が素直に答えた。


「お前たちの知っている事を教えてくれればいいんだよ。両手を挙げて、早く降りて来い」


 深呼吸を1つする。今の俺たちは有利か不利か……。

 相手は大人20数人、人質付き。こちらは高校生3人。

 圧倒的に不利。

 となると……。


「条件がある。先輩も合わせて全員を無事に帰らせてくれ。そして、お互いもう関わらないという事でどうだ?」

 さっきの勢いは既に消えてしまっていた。緊張で声が震えるのを抑えながら声を張る。

「ああ。わかったわかった」

 拡声器の声。

 嘘だな。


「早くしろ」

 拡声器が面倒くさそうな声を上げる。


「志戸、大丈夫か。両手を挙げて降りろ」

 こちらも協力するように見せた方がいい。

 グッタリと悦田の背中にへばりついていた志戸が、ノロノロと動き始めた。悦田が手添えて下に降ろしてやる。


 眩しいマグライトの列に変化は無い。


 荒い運転に振り回された志戸は、フラフラと歩いてカートの横に立った。

 白い光の列に動きは無い。


「先輩を放しなさいな!」

 悦田が俺の代わりとばかりに鋭い声を放つ。


「面倒な奴らだな」

 拡声器からチラと漏れる声。

 イラつきが声に混じり始めている。


「お前たち、なんでそんなに必死なんだ? こいつとはどういう関係なんだ。こんな所まで来て手こずらせる」


「そ、そ、それはッ、わ、わたしたちが仲間だからですッ!」

 震えた声が響いた。

 いつの間にかヘルメットを脱いでいた志戸が、涙目で立っていた。


「あ。あ、あの……」

 思わず声を出してしまったという風の志戸。ヘルメットを両手に抱え、顔を真っ赤にしてうつむく。


「だ、だって……い、いろいろ助けてく、く、くれた音成先輩……あ、危ない目に遭っているなら、助けに行くの、当たり前……だし……」

 涙声でどんどん小さな声に逆戻りしていった。


「なかなかステキな理由だな」

 拡声器の声が鼻で笑った。


「おこさまだな、暴れるだけ暴れてあっさり捕まりにくる。まぁ、やんちゃなおともだち同士ってところか」


「「ぐ……」」

 睨み付ける悦田。泣き顔の志戸。俺もさすがに顔が引きつった。頭の片隅で警報が鳴る。これは挑発だ。挑発だ! 挑発だがッ!!




 その時。


「ああああああああああああーーーーッッッッ!!!!」


 突然、マグライトの列が崩れた。

 き叫ぶような声をあげながら、偲辺学園の制服姿が突然両脇を振り払う。そして、黒SSが持っていた大きなマグライトを奪い取った!


「悦田ッ!」

 既に悦田のセローは、唸りを上げてバリケードに突っ込んでいた。

「志戸、乗れ!」

 呆然と立つ志戸の手を掴む。隣の席に引きずり上げると、俺もアクセルを踏み込んだ。

 偲辺学園の制服姿は、マグライトをこん棒のように振り回している。

 その姿に背後から殴りつけようとする黒SS。そこに向かって、セローがスライディングをしながら突っ込んだ! 2、3人の黒SSが巻き込まれて吹き飛ぶ。


 すかさず、俺はそこにカートを突っ込ませた。数人の黒SSがなぎ倒される。そしてすかさず小柄な制服姿に手を伸ばし、叫んだ。

「先輩!!!!」

 気付いたその影が俺の手を掴む。

「あ、あ、あっ!」

 先輩の声だ!

 グイと座席に引き上げる。

 ショートヘアに黒縁メガネを掛けた美少女が飛び込んできた。

「あ、あ、あああやとくん!!!!」


 数人の黒SSが、カートの上に乗りかかってくる!

 抱えていたヘルメットを恐怖のあまりに振り回す志戸。




「ヤマダ! 止めろ!!」

 鋭い声が飛んだ。

 黒SSたちの動きが止まる。


「あなたたちもおとなしくしなさい」

 有無を言わさぬ迫力があった。

 悦田も振り回していたセローの動きを止めた。脚を掴んでいた黒SSを蹴り飛ばす。


「第1班ヤマダ班長。なぜ、重要参考人を勝手に連れて出てきたのですか」

 いつの間にか貨物用ではない電動カートがゲートの奥に止まっていた。その後部座席から降りてきた人影は、黒いスーツ姿の妙齢の女性。


「ハ、ハイ! 事態を早急に収束させるために必要であったからです!」

「わかりました。貴方たちの起こした案件を解決する事に、焦りがあったかと思いますが」

 コツコツと、ヒールの音が静まり返ったトンネルに響く。

「改めて詳細は伺います。そして」

 女性は、俺たちの目の前でスッと立ち止まった。


「対応案件については、今後こちらに移管します」


 そう言うと、

「こちらへ。ドクターとお話いただきたいので、あのカートに移ってください」

 自身が乗ってきたカートの方へと俺たちを促した。

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