第41話 偲辺南3ゲート


 集積場のコンテナやトラック、カート、自転車を縫うように走る2台の不審車両。

 先頭を、コンテナ列を外して身軽になった電動の貨物カート。その後方を、二人乗りの250シーシーバイクが追走している。

 それぞれ、高いモーターエンジン音と甲高いガソリンエンジン音を周囲に撒き散らしながら、だだっ広い空間をうねる様に走り、間もなく細いトンネルのような地下道路に入った。

 地下施設を結んでいる片側一車線の対面道路である。地下にこんなものがあるとは……。


 集積場とは違い、行きかう車両はめっきり減った。オレンジ色のライトが流れる薄暗い道が続く。


 志戸を後ろに乗せた悦田のセローが俺を一旦追い抜き、それからカートの右横に合わせてきた。器用な奴だ。おかげで、前しか見ていられない俺も気づけたのだが。


 悦田は、覆面代わりのバイク用フェイスマスクを脱いでいた。ヘルメットは後ろでしがみついている志戸に被せてやっている。小さな体に不格好なほどの大きなヘルメット。正直言って、バランスが悪い。


「逃げるのッ??」

 悦田がエンジン音に負けない声で叫んできた。

 運転に必死の俺は、前から目を離せないまま叫び返す。

「ここまで来て、逃げてたまるか! 先輩もファーファたちの仲間もなんとかして見つける!」

「ファーファの仲間って!?」

「この施設のどこかに、こいつらの仲間が居るんだと!」

「え!?」

 悦田が驚きの声を上げた。

「それじゃ絶対見つけないと!」


 セローが更に寄ってきた。

「どうするの?」

 風切り音にも負けない、悦田のハリのある声。答えは決まっているでしょ? と言わんばかりだ。

「ここまで騒ぎが大きくなったら仕方ない! さっきの施設で見た地図で奥の方に怪しそうな施設があったんだよ! そこまで一気に行って、バイクを隠して、また侵入する!」

「無茶するわね!」

 お前が暴れたせいだろうが!


「外部の人間が常に出入りするような所に、先輩やファーファの仲間は居ないと思うからな!」

「それ、どこ??」

「偲辺南3ゲートって所の先が行き止まりになってたんだが、違和感のあるスペースがあったんだよ! 出入りの人間には見せない何か――」

 対面車線にヘッドライトが光った。

「悦田!」

「ったくもうッ!」「きゃああああぁぁぁーー!」 急に速度を落とす悦田。その背中にしがみついている志戸の叫び声が一気に背後に流れていく。


 轟音と共にトラックがすれ違うと、再びセローが横手に戻ってきた。


「さっき、この道に入った時、表示板が天井に付いていたの見ただろっ!」

 俺はエンジン音に邪魔されないよう悦田に向かって大声で叫んだ。

「さっき32ってあったわね!」

「そいつを32、12、3って進んだ先にゲートがある! まずあの表示板を左だ!」

 見えにくいが、前方遠くが分岐になっている。

 いきなりその対面車線にライトが光った。小型バス!!

「いっっそがしいわねッ!」「きゃああああぁぁぁーー!」 再び急減速するセロー。志戸の悲鳴が背後に流れていく。


 俺は注意を前に戻し――た途端、目の前に分岐!

 慌てて12と書かれたトンネルへハンドルを切った。カートの片輪が浮き上がる!

「だあああああああああ!!!!」

 車輪浮いたッ! 車輪浮いたああーーッッ!!

 身体を必死に揺さぶる! ――ドンッ! 衝撃と共に4輪走行に戻った。


 アクセルとブレーキしかないおかげで運転はできるが、その操作は無茶苦茶だ。そりゃ、一度も運転したことがないから当たり前だ。


 4輪車ということもあり、なんとか転倒はしていないが……正直、事故になっていないのが俺の運動神経からすると奇跡だ。

 作業用のヘルメットが飛んでいきそうになるのを思わず押さえる。片手ハンドルになった途端、カートが大きく揺れた。

「なああああああああッ!!!!」

 おい! ハンドルどうすれば、いいんだよーーッ!! 

 ハンドルを必死に握りしめる! カートが、なんとか前を向いた。


 横手に近づいてきた悦田が叫んできた。

「先に行って露払いするわ!」

 悦田、難しい言葉知ってるのな……この緊急状況でなぜか冷静に感心する。

「ブレーキランプ、見てればいいのかっ??」

「お尻は見るんじゃないわよ!」

 ん、今の冗談か? 悦田が?

「じゃ、お先にッ!」「きゃああああぁぁぁーー!」 今度は急加速するセロー。志戸の悲鳴が前方に流れていく。

 セロー側むこうも大変そうだ。



※※※


 前を走るセローのブレーキランプのおかげで暗いトンネルを走る負担が減った。目印になるものがあるだけでこんなに違うものなのか。

 そのブレーキランプがチカチカチカと点滅し、スッと近づいてきた。スピードを緩めたセローが戻ってくる。


「もうすぐゲートよ?」

 徐行した悦田が声を掛けてくる。

「たぶん、遮断棒があるだろうな」

「それじゃバイク、隠す場所なんてないじゃない!」

 知っている訳ないだろうが。そういう場所あるかなって思っただけだ!


「あんた、そのカートで突っ切っちゃいなさいな!」

 こいつって……。


 俺は一つ深呼吸をした。



 ……そうだな。そうでもしないと先に行けそうに無いな。

 冷静さを意識している俺だが、ずっと脳が焼き切れそうに真っ白になっている。

 いつもの自分じゃない。深呼吸一つ程度では冷静に戻れていない。だが――


「わかった! 後ろに回れ!!」

 セローが減速してカートの後方に回った。志戸の悲鳴が聞こえなくなっているが、大丈夫か?


 俺はもう一度深呼吸をすると再びアクセルを踏み込んだ。カートの電動モーターが唸りを上げて加速し始める。

 天井の表示板には『偲辺南3ゲート この先200メートル』の文字。

 前方遠くに異質な光が並んでいるのが見えた。かなり強い白色の光が列になっている。赤いライトが左右に振られている。


 停まれってことか。


 たぶん黒SSが並んでいるのだろう。

 暴走カートが突っ込んでくるんだ、ホールの時のように避けてくれるだろう。


 いや、避けないかも?


 違う! 怯むとダメだ、映画で見たことあるだろう! 気迫だッ!


 いや、Uターンして逃げるか? ダメだ! このまま逃げると二度と……。



 くそおおおおおおッッ!! やるしかねーーだろッッ!!!!



 「どけええええーーッッ!!!!」


 自分でも驚くほどの雄たけびを上げ、クラクションを鳴らしながら、アクセルを踏み込む。


 ゲートの横幅一杯にシルエットが並んでいる。人数にして20人以上か?

 シルエットたちが強烈な白光のマグライトをこちらに向けてくる。眩しい! 先が見えないだろうがッッ!!



 くそッ! 逃げないのが悪いんだからなッ!!





 カートはそのままの勢いで黒SSの列に突っ込――まずに、停車した。

 背後でセローの急ブレーキしたスリップ音が聞こえる。


 ゲート手前、25メートル。黒SSは全く動かない。



 だあああああッッ!! クソおおおおおお!!!!

 俺、なんでブレーキ踏むかなああッ!!!!

 子供だからって、完全に舐められているじゃねーか!



 ハンドルを握ったまま悔しがる俺の横に、セローが並んだ。


「見直したわ」


 悦田が正面を見据えながら、小さく声をかけてきた。



「そこをどきなさい!」

 セローに跨りアクセルを握り締めたままの悦田が、シルエットたちに叫んだ。

「アンタたちに用はないの。音成さんを返しなさい」

 凛とした声でシルエットに言い放つ。


 シルエットの列。中央が動いた。


 腕を下に振ったように見えると、マグライトの鋭い光は俺たちの顔から外された。


「いい加減、大人しくしろ!」

 拡声器越しの、イラついた男の声が周囲に響いた。

「エンジンを切って、両手を真上に挙げたまま車両から降りろ!」


 俺と悦田は、いつでも走り出せるようにハンドルを握っている。


「お前たち、コイツを捜しているんだろう?」

 挑発的な口調で、男が続ける。


 シルエットたちの中央が割れると、小柄な人影が現れた。

 両側から捕まれているのか、力なく立っているのがやっとのようにも見える。


 30センチはありそうな大きなマグライト。その逆光の隙間から、偲学の制服がチラリと見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る