第29話 六畳間、顔寄せ合って、悩むかな。


 バイクの音が止まりしばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。


 まもなく、ドタドタと階段を駆け上がってくる気配がして――


 部屋のドアがズバンッと開いた。


「そら! だからいきなり開けるなって言って――」

「あにきッ! たいへんだっっ!! キレイな外人さん! キレイな外人さんがきたっ! 金髪のっっ!!」

「……」

「見原くんって言ってたっっ! お父さんの事じゃないよね? え? お父さんのお客さん!?」

 何を混乱してるんだ、バカ妹。

「俺の事だよ。知り合いだ、ここへ連れて来てくれ」

「マジで!? あにきっ!! もう、わたし、なにがどうなっているのか、わっかんないよ!!」

 わからんでいいから、サッサと連れて来い。



※※※


 悦田がキョロキョロと興味深そうにしながら部屋に入ってきた。

 連れてきた悦田をぽーっと見上げるそらの目の前で、問答無用にドアを閉める。


 おつかれさんの挨拶もそこそこに、テレビの音量を上げて秘密会議が始まった。議題はもちろん、先輩捜索作戦だ。


 メンバーは、ベッドに腰掛ける俺。机のイスで長い脚を組んでいる悦田。クッションの上でちょこんと正座している志戸。ベッドの上で並んで布団を被っているミミとファーファだ。


「悦田、そもそもの話、あれ、ほんとに先輩だったのか?」

 ベッドに腰かけた俺の問いに、

「間違いないわ」

 机のイスに座る悦田が即答する。

「そ、それだと、先輩を……その……連れて行く理由って何かな……」と、クッションの上に正座している志戸。

「たぶん……先輩、何かの秘密を聞いちゃったからだと思う」

 悦田が、指を膝の上でトントンと叩きながら答えた。

「トイレから助けた時に先輩が必死に何かを伝えようとしてたの」

 悦田は思い出そうとするように視線を天井に向けた。


「先輩って、声が出しづらい人じゃない。はっきり分からなくて……」

「なんて、言ってたの?」

 たぶん、と前置きを入れて、悦田が答える。

 

「逃げて。ココは危ない」


「火事ですもんね」

「いや、トイレから出てきた後だ。無事に出てきてからそんな事言うか?」

「そっか……」


「それと、先輩が保健室で教えてくれたんだけど、火が出る前に何人かの男がトイレに入ってきたらしいのよ。で、その内容を聞いちゃったらしいの」

 悦田は眉根をひそめて、グッと顔を寄せてきた。


「暴走が一部だけで済んだから助かった。やっぱりココは胡散臭くて嫌だったんだって」


「それじゃあ、やっぱりトイレのことじゃないのかも……」

 志戸が不安そうな表情で、顔を寄せてくる。

「ええ。その後、焦げ臭いニオイがしたんでドアを開けてみたら、外に向かって火が吹き出ていたんだって」

「そうか。だから中の先輩はケガや火傷をしなかったのか」



「そういえば……私、保健室を出ていく時にチラッと大人の声が聞こえたんだけど……」

 しかつめらしい顔をして悦田が続ける。

「まさか、人が居るなんてな……って」


「そ、それって、居ないはずなのにってことだよね」

「その時は、単に人が居て驚いたんだろうなって思ったんだけど……」


「居ないはずだから、火をつけたって風にも聞こえるな」

 だとしたら、先輩の気配消し技能があだになったか。


「なんだか、燃え広がらない位のボヤを、すぐ目立つようにした感じだな……」

 いかにも見せ掛けの火事。注意を引くためにボヤを出したかのような。

 なるほど、悦田が部室で吠えたのはこういう理由か。



 不安そうな表情の志戸に、悦田がパッと手のひらを広げて

「ひょっとしたら、明日には戻ってきてるかもしれないわよ?」 と、明るめの声を掛ける。


「だとしても、どこに居るかわからないぞ」

 クールに声を挟んだ俺をムスっと睨む悦田。

 睨まれても困る。いつものトイレは来賓者用になっているし、良いトイレだった所はボヤで立ち入り禁止だ。

 あの全校挙げてお祭り騒ぎの中、先輩が一人で潜んでいられそうな場所はほぼ無いだろう。

 

「仮にどこか別の所に移っていても」

「携帯、落としちゃってるから……先輩もきっと困ってると思いますよ」

 志戸の不安そうな陰は晴れない。

 俺は先輩の携帯電話を取り出した。

 バッテリーが切れてしまっているのだろう。画面は真っ暗のままだ。


「明日、学校で先輩が居なくなったままかどうか、どうやって調べるか、だな」

「顔や名前は知らなくてもヒントになりそうなこと、知らないの?」

 悦田が受け取った携帯電話の充電ソケットを覗いている。そんな旧式を充電できるACアダプターは持っていない。


「先輩のこと、あまり知らないんだ」

「何組の先輩なのかも?」

「知られたくなさそうだったからな。名前も言いたくないってことは色々な事をまだ教えたくないってことだろ?」

 志戸もコクコクと頷いている。

「気にはなるけど、嫌がっていることを陰でコソコソ調べるってのも気分が悪いからな。先輩が教えてくれるまでは待つさ」

 悦田がキョトンとした。そして、フッと微笑む。


「……火事の時は悪かったわね。先輩が、見られたくないって。まだあんた達に自分の姿を見せる覚悟ができていないって……私は、問答無用でドアに体当たりして飛び込んじゃったけど」


 悦田が寂しそうに笑った。

「みんなに嫌われたくなかったんだって。勇気が出せなかったって」

「せ、先輩……そんなことないのに……」

 志戸がうつむいた。



「――私もわかるから」

 窓の向こうを見ながら悦田が呟いた。

「先輩の気持ち、わかる気がするから」

 誰にとも無く続ける――

「見た目で勝手に決め付ける人っているから…………」




 部屋のドアがノックされた。


 そらが追加のお菓子とジュースをお盆に載せて立っていた。そわそわと落ち着かない様子だったが、悦田が手招きすると神妙な顔をして入ってきた。

 そら……お前、キャラが変わってるぞ。

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