第28話 秘密会議は六畳間で。


「ただいまー」

 グッタリして家の玄関を開ける。すっかり夜も更けていた。


 自転車が置いてあったので妹のそらは家に帰っているようだが、反応は無い。

 昼間の俺の姿にかなりヒいていたようだが……。


「大丈夫だ。入れよ」

「や、夜分遅く失礼します」

 志戸が見るからに緊張して入ってきた。さっきの姿からするとだいぶ落ち着いている。


 志戸には2階に上がる階段の所で待ってもらい、俺は一度キッチンへ入った。

「おーい、そらー?」

 テーブルの上には、ラップをかけられたオニギリとカップ麺が置かれていた。


「……」


 ま、まあ、晩御飯を用意してくれているだけマシか……。伝言メモが無いところをみると、少々ご機嫌がよろしくないようだが。

 そらは風呂に入っているようなので、サッサと退散する。


「志戸、悪い、これ持っててくれ」

 2階に上がると、志戸にオニギリとカップ麺の盆を渡し、部屋の前で待たせること数分。大急ぎで部屋の中をバタバタと片付け、クローゼットにイロイロと投げ込んで隠した。


 そして、キョロキョロ見回すこともせず静かに立っていた志戸を招き入れた。


「わ、わたし、オトコの人の部屋に入るのは初めてで……」

 漫画のようなセリフを言って、恐縮しつつイスに座る志戸。

 俺も女の子を部屋に入れるのは初めてだ。こんな事でもなければ、まあ、経験しないだろう。


 早速、ベッドの上でシーツを被るファーファ。これがこの部屋でのコイツの定位置だ。


 「部屋には鍵が付いていなくてな、急にうちの妹が入ってくるかもしれないけど、驚かないでくれ」

『いざというときは、ベッドにかくれるのがよいのです』

 お前は、な。

 女の子をベッドに隠すって……ちょっとは考えろ。

 まあ、一応学習して考えてはいるのか。


「腹減ってるだろ? カップ麺だけど食べるか?」

 俺は妹が握ってくれたオニギリを咥えたまま、イスにちょこんと座って微動だにしない志戸に盆を差し出した。



※※※


 女の子を初めて部屋に招待して二人きり。俺は黙々とオニギリを口に放り込み、志戸はカップ麺をすすっている。

 なんだろう、腹の減った近所の小学生にカップ麺を食わせてやってる感覚だ。

 ファーファはいつもの如くシーツを被ったまま、無表情にテレビを見つめている。


 女の子と部屋で二人きりか。


 はぁ。彼女でもできれば、こういう状況もロマンティックでドキドキするんだろうなあ。

 今は先輩が拉致され、しばらくすれば悦田も合流してきて作戦会議の予定だ。違う意味の緊張感が流れている。


 無言の圧力空間に居心地が悪くなった俺は口を開いた。


「「あ」」


「なんだ志戸?」

「なんでしょうアヤトくん?」


「「えっと……」」


 その時、部屋のドアがズバンッと開いた。


「あにきッ! もう! 帰ってるんなら一言……って、え?」

 風呂上りの湯気をホカホカさせた、パジャマ姿の我が妹が仁王立ちで立っていた。

 そのままの姿で固まる。

 カップ麺片手の志戸も固まる。


「あ、お、オジャマシテマス」

 弾かれたように立ち上がる志戸。


「へ?」

 奇声を発するそら。


『なんでやねん!』

 テレビの中の漫才師がボケにツッコミを入れた。



「あ、あにき」

 そらが上ずった声で手招きをする。

「あー、悪い。一声かけようと思ったんだけど、お前、風呂入ってたからな」

 廊下に出た俺の背後で、ズバンとドアを閉めるそら。

「晩飯、サンキュー」 と、一応お礼を言っておく。


「な、なに? あにき? ひょっとして……」

「あー、ごめん。ちょっと相談しないといけない事があって、お客さんを部屋に上げ――」

「なんで、あにきの部屋に小学生の女の子がいるのよッ!!!!」

 俺の話を遮って、小声で怒鳴るそら。

「ちょっと待て、あいつ小学生じゃな――」

「なんで!? わたし、スッピンパジャマとかサイテーだしッ!!」

 いや、俺の話を……。

「あー。あいつは同級生で――」

「あにきっ! 夜だよ? 9時だよ? 小学生の女の子だよッッ!?」

「いや、あー見えて――」

「ひょっとして……迷子!?」

「ちがうわ!」

「ま、ま、まさか…………彼女?」

「ちがうわっ!!」



 興奮しているそらをとにかく追っ払って、俺は部屋に戻った。

 はらはらしながらカップ麺片手に立ったままの志戸を、ひとまず座らせる。


「あれが、妹のそら」

「ちゃ、ちゃんとご挨拶できてないです」

「大丈夫、大丈夫。そういうのいいから」

「だ、ダメですよ。ご挨拶はちゃんとしないと」

 志戸がいつもの生真面目な顔で立ち上がる。



 しばし問答をしているうちに、部屋のドアがノックされた。


 軽くメイクし、着替えたそらがジュースとお菓子片手に戻ってきた。


「こ、こんな夜分遅くに失礼しています」 と、すぐさま正座した志戸が挨拶すると、

「あ、さっきはごめんね。びっくりさせちゃって」と、つられるようにそらも、ぺたんと正座する。


 なんだ、この状況は。



 いい加減、興味津々のそらを追い出した俺は、廊下で釘を刺した。

「もういいからな? いきなり部屋開けるのやめろよ?」

 これから秘密の会議だからな。

「わかってるって! あにき、グッジョブ!!」

 そらがにやにやしている。

「すっごくかわいい子じゃない! わたしより年下の子かと思ったよ!」

「かわいいかどうかは知らんが、年下じゃないからな。気をつけろよ」

「いやー、かわいい妹ができた気分だよ! がんばれ、あにき!!」

 何を頑張れと。


 俺は、ニヤニヤしているそらの目の前でドアを閉めると、相変わらず正座したままの志戸をイスに座らせた。そして、シーツを被って隠れていたファーファの横にドカっと座る。


「うちのバカ妹が悪いな」

「い、いえ、元気でカワイイ妹さんですね!」

 ちょこんと座った志戸が、ほわっと笑う。

 そらのおかげで、重い雰囲気が和らいだようだ。


「……先輩、どこへ連れて行かれたんでしょうね」

 雰囲気が変わったせいか、志戸の口調もはっきりとしていた。

「あの黒SSの連中が怪しいな」

 保健室から出て行く救急隊員のそばにいた黒地に小さなSSマークの警備員が気になる。



 志戸に保健室から出てきた警備員たちの様子を尋ねていると、こちらに向かってくるバイクの音が聞こえてきた。我が家から少し離れた所で、そのエンジン音は止まった。

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