第8話 宇宙人、新たな攻撃方法を学ぶ。


 昨晩の襲来はなかった。

 ――となると早朝に来るパターンか。

 さすがに気になっていたのだろう、朝5時30分ちょうどに目を覚ました。

『おはようございます』

 ファーファが枕元で正座している。

 そういえば、平らな場所に座るときはいつも正座しているな。妖精のようなお姫様然としているのにちょこちょこと和風が混じるヤツだ。


『そうてんいが、かんりょうしました。』

 間に合ったみたいだ。ひとまずは安心する。

 いつもなら6時頃に襲来するはず。準備をしなくては。


 トイレに誰も入っていないことを確認したついでに、そのままトイレ前でウロウロする。

 事情を知らない家族から見ると、一体何をしているのかと思うだろうが、この際仕方が無い。ずっとトイレに籠もっている方が怪しまれるだろうし。



 6時。

『きんきゅうじょうきょうです』

 胸ポケットに入っているファーファが見上げて言った。

『きゅうなんしんごうが、はいってきました。がいとうのしゅうだんのざひょうが、わかりました』


 さあ、上手くいくか……。少しばかり緊張している。

 トイレを秘密基地に変形させると、志戸から連絡が入った。

『あ、あの……おてつだいできればと思って……』

 今日は当番の日じゃないのにな。まったく。


『まもなく、げんばでの、さいこうせいが、かんりょうします』

 襲撃された集団近くへ、相転移されたF-4Jプラモデルが現れた。

 側面のディスプレイに表示された情報によると、敵は1体。こちらは500体。なめられたものだ。


『やっぱり、緑の点滅が早いかも……』 志戸がおずおずと伝えてきた。

 側面ディスプレイを切り替えていく。ズーム。ズーム。更にズーム。


 多数の虹色の集団の遥か先に、ドクンドクンと鼓動の如く緑色に点滅している不定形の敵が見える。生理的に受け付けられない気持ち悪さ以外、今までのものと正直違いがわからない。


『ひかるしゅうきは、いままでより、0.18びょうはやいです』

 気のせいじゃなかったってことか。志戸って0.2秒の違いがわかるのか? しかし、その違いの意味は判らない。個体差か?


 考えても仕方ない。先手必勝!

「ファーファ! F-4Jの動きは事前に伝えたとおりだ。目標は1体。飛ばせ!」

『しょうちしました』


 ファーファにはプラモデルを使って戦闘機の動きを解説しておいた。

 F-4Jプラモデルがスッと動き始めたかと思うと、瞬時に弾かれたように加速する。

 ご丁寧に両翼の先から白い筋雲を引きはじめた。ヴェイパーまで再現するのか? かっこいいけど宇宙空間だぞ、そこは。


 虹色の集団をフライパスして、敵の方へ更に加速。前面のトイレドアモニタには、F-4Jプラモデルのコックピットからの映像が送られてきている。比較対象がない宇宙空間では猛加速で敵が近づくように映し出されている。

 

「作戦通り、敵の注意をみんなからこちらへ向かせるように」

『しょうちしました』

 F-4Jプラモデルが敵の至近距離をかすめて、あっという間に後方へ飛び去る。埋め込んだファーファのイメージを基にした自律制御である程度勝手に動いているのだが、そこそこ俺のイメージ通りの動きをしてくれている。

 横のモニタの一つは敵の姿が映っている。そこに居る仲間たちが、様々な角度からの画像を送ってきてくれているらしい。


 敵の形がぶよぶよした不定形の動きから、五角形のような形になった。

 よし、こちらの動きに反応してきたな。

 大きく旋回してみる。敵の動きで護衛集団から注意を引き剥がしたことを確認。


『アヤトくん、緑色が少し変わったかも! ちょっとオレンジっぽくなったよ!』

 志戸の声が割り込む。と、同時に五角形に変化が起きた。角状のうちの2つが、触手のようにウニョウニョと伸びたのだ。まるで腕を伸ばすように。

 え? 色変わったか? ……って、まあいいか。


「ファーファ、もう一度フライパスだ。触手に気をつけろよ」

 旋回を終えたF-4Jプラモデルが再び猛加速を開始する。あっという間に通り過ぎる飛行物体に反応が追いつけないのだろう、触手が全く見当違いの場所を貫く。こぐまのぬいぐるみとは違うのだよ、ぬいぐるみとは!


 数回触手を翻弄した結果、困惑しているのか、敵が動かなくなった。

「よし! 最大加速して攻撃だ、ファーファ!」

『しょうちしました』


 再び大きく旋回、反転したF-4Jプラモデルが、敵に正対した。その瞬間、豪速へと加速する。

 一瞬、F-4Jプラモデルの周囲に白い雲が発生した。ドンという音が聞こえるかのように機体がその壁をぶち抜き、円錐形に引き伸ばされた雲のスカートを見せる。

 ヴェイパーコーンかよ……何度も言うけど、そこは宇宙空間だぞ。お前、どこでそんなイメージを学んだんだよ……俺、教えたか?

 あ。深夜に観ていたバラエティ番組「ビックリ瞬間映像100」なのか?


 翼下のミサイルが全弾切り離された。

 機体から展開された白いミサイルが一瞬の間を置いてジェット推進を開始する。

 宇宙空間に鮮やかな白いジェット雲の筋を引き、更に加速したミサイルと共に一群となって突撃するF-4Jプラモデル


 次の瞬間、敵のど真ん中にF-4Jプラモデルが猛烈なスピードで突き刺さった。

 その横をフライパスするミサイル。


 敵の点滅が鈍くなり、まもなく消えた。触手も動かない。

 突き刺さった機体は爆発もせず、杭のように刺さっている。

 当たり前か、プラモデルは爆発するイメージじゃないもんな……。



『すごいっ! すごいよ!! 倒しちゃったよっ!!』

 志戸の声が上ずっている。

『わたしには思いつかないよっ! さすがアヤトくんだよっ!!』

 俺も思いつかなかったよ。


「ファーファ……」

『うまくいきました』

「確かに戦闘機は武器だとは伝えたが……戦闘機の方をぶつけるなよ」

『ひこうきと、せんとうきは、おなじかたちですが、ちがうのですか?』

「違う」

『ひこうきは、きゃくをのせて、アメリカへいったり、ハワイへいくのりものではないのですか?』

「……」

 乗り物と言ってみたり、武器と言ってみたりした俺が悪かったのか?

『ミサイルはのっているものなので、あんぜんのため、きりはなしました』

 心なしか得意げに聞こえる。自分なりに解釈した結果に満足しているのかもしれない。

 俺は、志戸とミミ、ファーファの賛辞を聞きながら、ファーファへの武器や攻撃についてどう教育していくか、その前途多難さをかみ締めていた。



 ドンドンドン!

 更に追い討ちをかけるように、秘密基地のドアが猛烈な勢いで叩かれ始めた。


「あにきっ! ほんっっと冗談じゃないぞーーっっ!!」

「父さん今日も早めに出ないといけないから、先に使わせてくれないかな」

「あーくん? 今日もお腹の調子が悪いの?」


 俺は、洋式トイレに座りながら頭を抱えた。もう深呼吸する気も起きんわ。


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