第7話 遥か彼方の戦場と、密かに動いた感情と。


 立て付けの悪い引き戸をゴトゴトさせて部室に入った俺達は、無言のままいつもの机に向かい合って座った。

 

「え、えっと……わ、わたし……」

 143センチの身長をさらに小さく身を縮めた志戸が、意を決したように口を開いた。


「トイレって言えなかったんだろ?」

「ご、ごごめんなさぃ……」

 俺はニヤッと笑った。

「そりゃ、女子だもんな。気にすんなよ」

「で、ででも」

「しゃーないさ。それに、言おうとして頑張って手を上げたんだろ?」

「……」 志戸は顔を赤くして下を向いた。


「にしても、俺と同じようにトイレなんて言わずに、他の言い方もあっただろうよ」

「と、とっさに思いつかなくって……」

「志戸は授業中に抜け出るなんて、ムリはしなくていいよ。お互いできることをしよう。授業中に抜け出すイイ方法を考えないとなぁ……」




 それからは全員がしばらく無言で座っていた。

 窓の外では晴れた空の下、サッカー部のかけ声が聞こえ、剣道部が大声と共に竹刀をガシャガシャやっている音も聞こえてくる。




「悪い。全滅させてしまった」


 このことは俺から口を開くべきだろう。


「わ、わたしが早く戦えばよかったんです……恥ずかしいなんて思って……」

 うつむいた志戸が、剣道部の声に紛れて消えそうな声でつぶやいた。


「仕方ない。俺がフォローするのが遅かったんだよ」


 ふと、綿をあちこちから見せて宇宙空間を流れていった、こぐまのぬいぐるみが脳裏に浮かんだ。

 あれは俺でも息が止まる光景だった。ぬいぐるみなのに。

 志戸のお気に入りだったのだろうし、ボロクズのようになったことを伝えることは憚られた。

 人が死んだわけでもないのに、モヤモヤとしている。




 だいぶと陽が傾いてきた。

 ファーファを見ると、夕陽の方を無表情にじっと見ていた。

 並んで座っているミミの髪を、志戸がゆっくり梳いている。


「……何人、死んじゃったんでしょうか?」

 死ぬ? ああ。そうか。


「200位かな……」

 ミミのプラチナシルバーの髪に何度も指を通している。

「そうですか……」

 夕陽が髪に当たり、キラキラとした流れを見せる。


「200人かー。ずっと勝てると思っていたんですけどね……」



「こぐまのぬいぐるみも助けられなかった」

「あの子は……仕方ないです。送った時にお別れを言いましたから。アヤトくんが助けてくれたおかげでずいぶん頑張ってくれたんですよ?」


 志戸は次にファーファの頭を優しくなでると、髪を梳き始めた。

「ありがとう」

 うつむいたままポツリと言った。「それにあの子はぬいぐるみだから……」




「おかしいな。前までは何度もこんなことになったのに。もう大丈夫って思ったのにな……」

 うつむいた顔を見るのはなんだかよくない気がして、俺は目線を外した。

「ごめんね、ミミ、ファーファ」

 ミミとファーファが、ちょこんと座って志戸を見上げている。

「友達とか家族とかいたかもしれないのにね……」




 俺は深呼吸をした。


 志戸は分かっている。俺がまだ分かっていなかっただけだ。


「ミミ。ファーファ」

『『はい』』

「ごめんな」





 再び、無言の時間が過ぎた。

 志戸のショックを受けた姿にいたたまれなくなっていた。

 ファーファ達は相変わらず表情はない。が、表情がないからといってなにも思っていないはずはない。元は意識体だ。意識体同士の交流には表に見えるような表情を作る必要はないだろうからな。


 地球から遠い宇宙のどこかでの異星人との戦い。

 モニタやスマホの画面越しの戦闘、結果の報告。

 正直、画面の向こうの戦闘に現実感はない。


 ただ、これ以上、志戸を悲しませたくはないな、とは思う。ミミやファーファもそうだ。護ってやると言った。


 もし俺が誰かに助けを求めて、そいつが適当な態度のあげく全滅させたらどうだ。

 確かに現実感はない。だが、それとこれとは別だ。

 次は上手くやろう。強力な兵器を準備しておかなければ。


 その時、ふと目をやった棚に気になるものを見つけた。

 そして大事なことに気が付いた。



 俺はごちゃ付いたカオスな棚の上から戦闘機のプラモデルを取り出した。どこかの部員が遊びで作ったものだろう。埃を被っていたので息を吹きかけて払う。


 F-4Jファントム2。

 元はベトナム戦争でも活躍した旧型機だが、日本でも改装されて使われている戦闘機だ。細かい知識は分からないが、おおよそのことを知っている程度。


 こぐまの宇宙戦士が居なくなった今、一刻も早く相転移で戦えるモノを送っておかなければ、次の襲来に間に合わないはず。

 なんせ届くのは12時間後だ。朝6時の襲来なら、もう送っておかねば間に合わない計算になる。

 もしも夜中の襲来になったら……全く間に合わないレベルだ。


 両手サイズのプラモデルをファーファに見せる。

 「ファーファ、こいつはジェット戦闘機だ。ココとココにミサイルが付いていて、動いている敵でもレーダーで追いかけて自動で当たる。あ、載せているミサイルというのは爆弾で――」

 ファーファがいつものように無表情にじっと見上げている。


「……ファーファ、ジェット戦闘機ってわかるか?」

『このかたちはひこうき、ですか?』

「武器の飛行機、兵器だな。とんでもないスピードであっという間に敵に近づいて、攻撃して、すぐに敵が届かない距離に遠ざかることができる」

『ひこうきと、ジェットせんとうき。しょうちしました』


 急いで一通り説明した俺はすぐにいつもの男子トイレに向かった。思えば近くのトイレでもよかったのだが、なんとなくいつもの慣れ親しんだトイレの方が安心するのだ。

 いつも使用禁止になっていた最奥の個室の修理が終わっているようなので、そこを拝借する。いつもよりも出口から一つ奥というだけだが安心感が違うな。


 ファーファのトイレ改造が終わった。

 秘密基地化した個室でタンクのフタをゴトゴトと動かし、F-4Jのプラモデルを中に沈める。持ち主の人、ごめん、ちょっと借りるぞ。


『かいせきをはじめます。そうてんいかんりょうは、よくあさ5じ32ふんのよていです』

 夜中の襲来はやめてくれよ……間に合ってくれ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る