第1話 185と143と15


 厄介ごとのレベルが俺の想像を超えた。

 幻視幻聴の女の子の話相手になることを決意した矢先に、現実が常識を跳び越えてきた。


 二人きりの学校の教室。ちんちくりんの女子生徒が差し出す手のひらの上には白いサマードレス姿の少女が立っていて、その前で身長185センチの男子生徒が腰を抜かしている。幾つかの机とイスを巻き添えにして。


 色々な意味で人には見せられない光景だ。

 普段は少しばかり斜に構えて、冷静さに努める俺だからかろうじて大声を出さなくてすんだが、さすがに頭の中は大パニックだった。


「見原くん!?」


 志戸さんの心配そうな声で我に返った。

 こういうときはアレだ。深呼吸だ。5回吸って、3回吸う……じゃない! 3回吐いて、5回吐く……違うっ!!



※※※


 教室の鍵をかけた後、人に見られない場所ということで、志戸さんは自らが所属する天文部の部室を紹介した。

 校舎の2階、一番端の大きめな教室。窓の外からは体育会系のかけ声が聞こえてくる。

 幾つかの文化部の倉庫を間借りした部屋は、望遠鏡やら地球儀やら巻物やら妙な機械やらが転がっているなんとも言えないカオスな部屋だった。

 引き戸を開けるときもガタガタしてなかなか開かない。


 そんながらくた部屋の中、神妙な顔をした俺は、机の向かいに座っている志戸さんから改めて宇宙人を紹介してもらっていた。


 志戸さんの手が小さくて結構大きいと勘違いしていたが、机には手のひらサイズの宇宙人が立っていた。


 髪はプラチナシルバー。涼しげな白のサマードレスの背中にウェーブしてキラキラと流れ落ちている。

 前髪もウェーブがかかり、澄んだグリーンの目に少しかかっている。顔は小さいながら整っていて、たたずまいも合わせておとぎ話に出てくるお姫様のようだった。

 志戸さんはペンケースを取り出すと、宇宙人に座るように勧めた。


「この子がミーファです。よろしくお願いします」

『よろしくおねがいします』

 志戸さんがペコリとお辞儀をする。合わせてミーファと呼ばれた小さな宇宙人も立ち上がってペコリとお辞儀をした。

 スカートの裾をつまんでスッて感じかと思ったが、妙に日本っぽいお辞儀。なんにせよ礼儀正しい宇宙人だ。


「半年くらい前、わたしが星を眺めていたら何かが庭に落ちてきたんです」

 奇妙な色合いのあのボックスのことか。

「隕石かなと思って手に取ると、この子の意識が入ってきたんです。子犬とかじっと見てるとあそびたいーとか、おなかすいたーとか伝わってきますよね。そんな感じです」

 そうなのか? そんなものなのか? いや、その前に金属っぽいボックスがそんなのだったら気持ち悪いだろうよ?


「最初はほんとびっくりしたんですけど、それから色々とお話したんです。ある日、意識だけで会話するのってやりにくいなって言ったら、しゃべりやすいモノに触れさせてって。人形を触ってもらったらこの子が出てきました」


 うーん。志戸さん、馴染むのが早いな。物怖じするのか、しないのか分からない。


 それにしても人形か。

 確かに人型をしていると話しやすいもんだ。これほど違うものか。

 質感は人形のような無機物的なものではなく、生物のように馴染んでいる。本物の人間のように見えるだけで宇宙人だということを忘れそうだ。


 この害もなさそうな緊張感のない雰囲気に、俺も心の中でツッコミを入れられるくらいには冷静になっていた。


「それで、ミーファに言葉や地球や日本のことを教えて――」

 志戸さんが身振り手振りで一生懸命に説明する姿と、それをじっと見上げて動きを追うミーファ。興味深げにキョトキョトしている姿になんだかほっこりとさえしてくる。


 志戸さんのアッチ跳びコッチ跳びする話をまとめると、ミーファ達はこことは違う銀河系の知的生命体で、相当高度な技術と文明を持っていた平和的な種族だったそうだ。


 空間をずらして移動できる技術を獲得し、肉体に拠らず精神体になれる技術を得てからは様々な欲望も薄まり、結果、戦争も無くなったらしい。


「奪い合う必要が無くなったことと、意識同士の交流で相手の想いが理解できるようになったからだそうです」

 志戸さんが神妙な顔をして言う。

「それからは穏やかに暮らしながら、いくつか見つけた生命体の居る星をただ観察する文明になったそうです」

「その文明に関わることは?」

『ありません。きょうみはありますが、かかわることでへんかすると、いみがないからです』

 ミーファの表情は変わらない。表情というものがないのだろう。人間のような質感だが、無表情さは人形のようだ。


「なんだか、魔法を使う森の妖精みたいですよね」とは志戸さんの弁。

 ロードオブザなんとかって映画の、森でひっそり暮らすエルフみたいってことか。


『あるとき、ひとつのせいめいたいと、であいました。それから、わたしたちはかわってしまいました』


 新たに発見した生命体を観察しに旅立った集団が、ある時ミーファ達の居る故郷の星を攻撃してきた。精神交流を遮断し、見たことも無いモノが転送されてきたが、それは武装された物体だったという。


「宇宙艦隊みたいな?」

『ごめんなさい。わかりません。つみき、みたいなかたちでした』

 つみき?

「幼稚園とかで遊ぶ積み木だと思います」

「ああ! そんな言葉よく知ってるな。すっかり忘れてた」

「わたし、言葉を教えながら、本とかテレビとかも見せてあげたんです。そこにあったのかもしれないです」

 なるほど、これなら話がしやすい。ナイスだ、志戸さん。そういえば、言葉が丁寧で礼儀正しいのは志戸さんのおかげか。


『いままではかんじていた、あいてのこころが、わからなくなりました。わたしたちは、こんらんしました』

 何度も攻撃を受けた故郷の星は次第に破壊されていく。


『そして、わたしたちのほしは、なくなりました』


 戦うことも武器も知らず、されるがままだったそうだ。



※※※


 ずいぶんと薄暗くなってきた。この時季は思ったより早く日が落ちる。そろそろ帰り始めないとすっかり暗くなってしまうだろう。

 生徒もちらほらとなり、ミーファも見られることはないだろうと、帰りながら話を続けることにした。


 黄昏たそがれの中、校舎群から校門へ続く校内のメインストリートを並んで歩く。大型バスでも余裕ですれ違える程の幅広い道には、生徒の姿はまばらだ。

 既に半分閉められた巨大な校門を抜けると、秋には色づくと言われる並木道が広がっている。

 交通量が少ない割りに片側3車線の学園前通りには半年経っても圧倒される。これも田舎の贅沢な土地の使い方というのだろうか。

 

 俺と志戸さんは少し離れたバス停に向かうことにした。校門前のバス停ではさすがに人がいるから用心のためだ。


 ミーファは俺の胸ポケットの中から顔を出している。

 普段は志戸さんのかばんに潜んでいるそうだが、俺の太もも辺りで話しかけられても声が届かない。俺のポケットが、志戸さんと俺が聞こえる折衷案の場所だった。


 俺も志戸さんもミーファもすっかりこの状況に慣れてしまっていた。ミーファの姿や言葉使いなどに不快感がなかったこと。

 そして、開き直りだけでなく、すっかり遠ざかっていた冒険心や興味が俺の中にも残っていたんだと思う。

 男の子スイッチが入った、と言えばよいだろうか。



※※※


『わたしたちは、にげました』

 沈みかけの夕日に照らされたミーファの表情は相変わらずだ。声は柔らかく涼しげで淡々と語る。感情が無いように見えるが、遠くを見る姿は寂しげに感じた。


 戦い方がわからないミーファ達は、とにかく仲間の居る星へ逃げようとした。

 どこへ逃げればよいのかわからない。そこで、いくつかの観察していた生命体のいる星に向かったのだ。

 生き残った個体数は約500億。故郷の星に残されていた文明遺産に意識を宿らせて、宇宙の大海に散り散りに飛び出したのだ。


 仲間がいるいくつかの対象のうち、ミーファ達が目指したのは、この地球。戦う能力に突出した文明の星だった。

「まあ、この星の住人は戦いばかりしてるからな」


 バスの待合に着いた俺達はベンチに座っていた。

『わたしたちは』

 ミーファの表情は変わらない。

『どうすればよいのか、わかりませんでした。ただ、わたしは、むかしのようにみんなと、くらしたい』

 志戸さんはポケットのミーファを見つめている。

『そのために……たたかいをしなければいけないのなら…………たたかいたい。たたかえるようになりたいです。そして、なかまをたすけに、もどりたいのです』


 ここまできて、嘘だろうという意識はなかった。突然過ぎて現実離れしていたが、ミーファの話は本当のことだろうと感じた。

 

「それで、志戸さんがなんとか戦いを教えようとしていたんだな」

「戦い方を教えて欲しいとお願いされたんですけど、武器とか戦い方とか、わたしにはよくわからなくて……」

 志戸さんが申し訳なさそうにつぶやく。

「追いかけられて宇宙で戦っているミーファの仲間達に、武器とか戦いの指示を始めたんです。最初は護れたんですけど、だんだんとそれもできなくなってきて……」

 いつもの小声の志戸さんに逆戻りしている。

「だから、わたしにできることから始めたんです。言葉や地球の歴史を教えたりとか」

「なるほど。基本の基本をまずは教えたんだ」

「ミーファはすごい勢いで色々と覚えていきました」


『たたかうということは、わかりました。しかし、ぶきがありません。わたしにはそうぞうが、つかないのです』

「その辺りから志戸さんがギブアップし始めたってことか」

 見るからにシュンとしている志戸さん。まあ、武器に詳しい女子っていうのも珍しいだろう。


『ですので、おねがいがあります。わたしにぶきを、おしえてください。つかいかたや、たたかいかたを、おしえてほしいのです』

「わたしからもお願いします」

 志戸さんは立ち上がり、ミーファは胸ポケットの中から深く頭を下げた。


「もっと適任者がいると思うけど……」

 高校生ごときの知識よりもプロに任せた方が……いや……。

『わたしをうけいれてくれて、いっしょにたたかってくれるのはむずかしいと、おもいます』


 そうだろう。大人たちに見つかったら最後、大騒ぎになって研究材料にされて、彼女の星を助けるどころではないだろう。


 やっかいごとのレベルは俺の想像を超えている。

 俺は一つ深呼吸をした。


「わかった。けど、俺はただの高校生だ。正直言って、君の星を助けるなんてことは荷が重過ぎる。想像もつかない」

 志戸さんはミーファを見つめている。俺は続けた。

「必ず救うとは言えない。努力するとしか言えない。そんな程度だぞ?」

 ミーファはしばらく、沈む寸前の夕日を見つめていた。

『わたしはむずかしいことを、おねがいしています。おれいもできません』

 そして胸ポケットから俺を見上げる。プラチナシルバーの前髪越しのグリーンの瞳が、じっと俺を見つめる。人形のような端整な顔のその瞳には強い意志が見えた。


『じぶんかってで、ごめんなさい。けれど、わたしがすこしでもできることがあれば、なんでもします。だから、どうかたすけてください』


 ここまできてゴメンナサイはないだろう。


 ため息をつこうとして、やめた。代わりに大きく深呼吸を2回に変えた。そして、腹から声を出すように、

「よし、宇宙戦争か! 俺たちでしかできないんなら、いいぞっ、やったろうじゃないかっ!!」

 自分なりにかっこよく言い放った。キャラに合わないので間抜けに見えたかもしれないが。

 志戸さんがふにゃっとした顔になり、ミーファはジッと俺の顔を見上げていた。

 不安をカッコつけてごまかす。が、本気だった。


 自分には全く関係のない事態だ。何をすればよいのか分からないが、少しでも希望を持って頼ってきたんだ。何もしないうちに他を当たれとは言えない。


 やっかいごとのレベルは俺の想像を超えている。

 だが、現実が想像を超えるなんてことはよくあることだ。実際、こんなポケットに入るお姫さま人形のような宇宙人に会ってしまった。


 とりわけ何かしたいことがあるわけでもなし、目標があるわけでもない高校生活だ。

 そんな中、助けを求められた。そしてそれは俺たちにしかできない事らしい。

 突然のことだったが、ここまで来たらやるしかないだろう。それが異星人同士の戦争の助っ人、なんてことだったとしても。


 そろそろバスが来る時間だ。俺達は立ち上がった。

「しかしなんでまた、俺に相談したんだ?」

「見原くん、満員のバスの中で、よろけそうになったおじいさんをずっと支えてあげてたでしょ? しらんぷりしながら」

 志戸さんがほわっと笑った。

「だから、です」

 ちっ。見てたのかよ。


 ヘッドライトを点けたバスが、3人の前に到着した。


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