第14話 飲み会(4)

 爆弾発言である。

 普通ならドギマギして「えっ、あ、うぇへ」とか言っていただろう。が、受け手は俺である。しかも話者が丹波である。お互いがお互いをよく知っている。

 多分、冗談だろう。……多分。そうであってほしい。


「急だな……嫌だよ」

「知ってた」


 けろりとした顔で元の場所におさまる。どうやら勘は当たったらしい。

 ほっと息を吐く。

 いや、まったく安心したと言えば嘘になるけど。告白されれば誰だって嬉しいに決まってる。が、それよりも、俺の考えでは告白してしまえばもう元の関係には戻れないから、やはり安堵の方が大きい。少女漫画にも書いてたし。


「ま、尾崎が朴念仁ってのは事実だし。せいぜい年取ってから後悔しなさいよ」

「なんかやだな、それ」


 性欲の強い老人とか、いいイメージを持てない。


「……うわ、なんか尾崎が孤独な老人になってるの、簡単に想像がつく」

「やめろ」

「一人で寂しい和室のワンルームに住んで、部屋は散らかり放題、酒とたまの競馬が生きがいで……」

「そこまで言うか?」


 ギャンブルはやらないって決めてるし。いや、ツッコむべきところはそこじゃないんだが。


「末路は心臓発作を起こしたことを誰にも気づかれず、そのまま死んじゃう、かな」

「妙にリアルだな」


 最近、孤独死する老人が問題になっていると聞く。ニュースを観て他人事じゃないぞ、とは思っていたが、流石にそんなテンプレみたいな末期にはなりたくない。他人に言われてやっと尻に火がついた気分だ。


「なんとかするさ。いずれは結婚も視野に入れて、な」

「ダウト」

「嘘じゃないって……」

「だって結婚って、恋愛がつきものじゃん。それに一緒に暮らすことになるだろうし」

「最近は別居する夫婦も増えてるって聞くぞ」

「意味ないじゃん、それ。孤独死対策には」

「確かに……」

「それにやっぱり、私は結婚したら一緒に住みたいなー」


 ――お前の願望は聞いていない。

 と言ったら叩かれそうなので、やめた。代わりに第一の問題点を論ずる。


「そもそも恋愛がつきものという前提もおかしい。昔はお見合いしてそのまま結婚、ってケースが普通だっただろうが」

「何年前の話してるのよ……」

「今だってあるはずだろ」

「お見合いするっていったって、誰に紹介してもらうの?」

「……」


 まったくアテがなかった。どうやらこの計画、いろいろと穴があったらしい。


「ほら、ダメじゃん。やっぱり恋愛は大事だって」

「つってもなあ。お前みたいに昔からしてたならいいけど、俺、21年間ずっと恋愛とは無縁だったんだぞ。今更まともな恋ができるとは思えんが」

「あんたの言うまともな恋って、なに?」

「そりゃあ、プラトニックラブだろ。お互いがお互いのことを想いあって大事にするっていうか……」

「キモ……」


 なぜか直球ストレートの罵倒を受ける。


「今からじゃ無理なの? それ」

「大学生なんてセックスするか打算的な恋するか、だけだろ」

「うーわ、偏見入りまくり……」


 偏見ではない、真理である。大学生なんてセックスとバイトのことしか考えていない。


「それにさ、お前、さっき言った元カレのことが別に好きじゃなかったんだろ?」

「うん、まあ」

「それが俺には理解できない。『告白されたからまあいっかな』みたいな。恋愛ってのはそうじゃないだろ。もっとお互いをよく知って、『好き』っていう気持ちを育ててだな……」

「あんた、今日は一段とキモいわね」

「うるせえ」


 どうやら俺も酔っぱらっているらしい。いつになく饒舌になっている。

 ここまで自己開示をするのも久しぶりな気がする。


「やっぱり無理なんだよ、大学生でプラトニックラブなんて。もう俺たちは21歳だし、将来のことも考えないといけない。高校生ならホームレスのイケメンにうつつをぬかせるかもしれんが、今はもう、資産の有無は必須事項だろう。やっぱ無理無理、恋愛なんて時間の無駄だ」

「ほんっとあんた、夢がないっていうか……」


 丹波が眉間に手を当てた。酩酊ゆえの頭痛を感じたのだと思いたい。


「なあなあで生きるのが一番、ってことだな」


 丹波はそれ以上、なにも言わなかった。俺もこんな不毛な会話は2分で充分なので、ビールをあおる。


「そういえば、そっちって新歓はいつなの?」

「確か30日くらいだったはず」

「遅いわね」

「そうか? 妥当だろ。お前んとこは?」


 確か丹波は旅行研究会とかいう訳のわからないサークルに入っていたはずだ。定期的にいろんな場所へ旅行に行くのだろうが、金がすぐになくなりそうだ、としか思わない。


「今週」

「早いな。今日飲み会なんて行ってる暇あったのか?」

「お金なら大丈夫よ。それに、付き合いなら飲まなきゃいけないじゃない? 長らくアルコールとはご無沙汰だったから、慣らしておかなきゃ」

「もうちょっと余裕のある日時をだなあ」

「忙しいんだからしょうがないじゃない。なかなか時間を作れないの」

「そうなのか?」

「学業、バイト、サークル、その他人間関係……」


 と、指を折りつつ数えた。


「ま、あんたとは無縁のものばっかね」

「一言余計だろ」


 なぜか小ばかにされる。俺、何か悪いことしたっけ?


「てかさ、そんなに忙しいなら今日はよかったのか? 俺と飲んで」

「尾崎だって人間関係の範疇はんちゅうだし。それに……」

「それに?」

「……ううん、なんでもない」


 と言って、誤魔化すように発泡酒を飲む。が、すでに空になっていたようで、「はあ~」と大きくため息を一つ、それから空になったアルミ缶をそこらに投げ捨てた。


「おい、ごみはちゃんとまとめろよ」

「うっさ~い……」


 そのままごろんと横になった。

 仕方がないので、俺が空き缶やごみの諸々をまとめておく。

 戻ると、


「すう……」


 と丹波は寝息を立てていた。


「寝たのか」


 何度か声をかけ、身体をゆする。が、反応はない。

 完全におねんねしている。

 家主が眠った以上、俺も帰らねばなるまい。鍵を開けたままにするのが少し心もとないが、こればかりは仕方がない。ここら辺の治安は悪くないはずだし、暴漢が入るなんてことはまさかないだろう。

 ストーブ、テレビ、部屋の電気を消す。途中、暗闇の廊下でペットボトルや空き缶のゴミを蹴散らした気がするが、気づかなかったことにする。


「お邪魔しました~」


 俺の声は、暗くなった部屋に静かに消えた。




「……おかえり」

「起きてたのか」


 帰ってくると、部屋の電気がついていた。もう深夜1時を回った頃である。佳乃子は普段早く寝ているから、消し忘れたのかと思って部屋をのぞくと、ベッドの上に座っている佳乃子の姿が目に入ったのだった。


「起きてたのか、じゃないでしょ! 遅すぎ!」

「おい、声がデカいぞ。あと近所迷惑だ」

「……ゴメンナサイ」


 佳乃子はシュンとしたが、すぐに、


「私が怒られるいわれはない! 何度も言うけど遅い!」

「いや、飲み会なんてこんなもんだぞ。流石に一次会だけならもっと早く帰れたけど」

「何時くらいに帰るか、くらい送ってよ」

「それはすまん。けど切り上げ時が分からないから、それは無理な相談だって」

「寂しかったんだよ?」

「お前は俺の奥さんか……」


 佳乃子はかわいいキャラクターのプリントされたクッションを抱いて、潤んだ瞳で俺を恨めしそうに見つめた。そんな小動物みたいな顔をされると、「やっぱり俺が悪いのかな?」とか思ってしまう。

 照れ隠しに鼻の頭を掻く。


「お前だってこの先飲みに行くことがあるだろうから、すぐにわかるさ」

「……そうだけど、そうじゃなくてさ」


 なぞかけのような言葉をつぶやいて、佳乃子は居住まいをただした。さっきとは打って変わって真面目な調子である。俺もつられて真剣な顔になる。


「ずっと心配してました」

「は? 心配?」

「そうだよ。当たり前じゃん。ずっと連絡が来なければさ、『どうしたんだろう?』って不安になるよね?」

「別に――」

「もし私が何時間も連絡よこさないまま、家に帰ってこなかったらどう?」

「……心配する」

「よろしい」


 満足げな顔をする。


「私も一緒。真治君が連絡をよこさずこんな時間まで帰ってこなければ、心配します」

「ごめんなさい……」

「以後気を付けること」

「はい」


 俺との約束をとりつけると、「分かればよろしい」と佳乃子は破顔した。


「じゃ、夜も遅いし、シャワー浴びちゃいなよ」

「ああ」


 それで解放される。もっと小言を言われるかと思っていた。

 俺は申し訳なさはもちろん感じたが、それとは独立して、少し嬉しくもなっていた。

 なんだかんだ、同居人がいる。

 俺はこれまで一人暮らしに慣れていたが、いきなり二人で同棲することになった。戸惑いも覚えたが、こうしてよく考えてみれば、俺は心地よさも覚えていたのだった。

 一人じゃない。

 そんな実感を覚える。

 それが何を意味するのか、それを知るのはまだ少々先になるのだろう。


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