第18話 赤道直下でgkbr?
前回のあらすじ
・メンドクサイ子の追加一丁。
・ツトムに「たらし」疑惑(本人は強固に否定)。
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翌日の午後。
「いい、良く聞いてね」
担任の山口ミカ先生が注意を促す。
「このクラスではこの春から編入してきた生徒が多いため、午後の授業はまるまる、社会科見学とすることになりました」
ツトムなどは、まさに該当者だ。
「一応、火災など災害時の避難経路の案内も兼ねていますが、もちろん、一学期が始まってまだ一週間なので、生徒同士の親睦も兼ねています」
ちなみに、もう誰も彼女を「副」担任とは呼ばない。逆にカモス・エスターナ先生の方は、完全に空気だった。まぁ、国語の教科担任としてはゴニョゴニョ。
……やった! 島の重要な施設を見てまわれる!
三度の飯より機械いじりが好きなツトムは、その場で万歳三唱したいくらいだった。
そして、誰よりも意気揚々と中央タワーから降りたツトムだったが……。
クラスメートたちと一緒に、ミカ先生に引率されて施設を巡るうちに、ツトムは次第に列から遅れ始めてしまった。海洋温度差発電や海水淡水化など、本土では見ないような機械にどうしても引き寄せられてしまうのだ。
「うーん、凄いな。そこで熱媒体にアンモニアを使うのか……」
メガネにAR表示される解説文を食い入るように隅から隅まで読んでしまう。
「ツトム、先生に叱られちゃうよ」
世話焼きなタリアに手を引かれながら、しぶしぶ歩き出すツトム。
そこへ、曲がり角の向こうに佇んでいた少女が声をかけた。
「みんなはもうこの先よ。二人とも急いで」
枝分かれした通路を指さす。色白で黒髪の中国人少女、シャオミンだ。
今日はお下げにした髪を耳の上で巻いて留めている。
タリアが礼を言った。
「ありがとう、シャオミン」
通路の突き当りには半分開いたドアがあった。その向こうから、担任の教師が説明する声や、クラスメートたちのざわめきが聞こえて来た。
この時、ツトムはスマホで位置を確認しなかった。やけに頑丈そうなドアにも気づかなかった。”くもすけ”に話しかけることもしなかった。
さっき見た発電施設の解説文章に夢中だったからだ。
タリアが入ろうとしてドアを開け、固まる。
「え、ここって……」
そこは部屋ではなく、真っ暗な空間に突きだしたバルコニーのような場所だった。三方には手すりがあり、高い天井のLED照明が届かない外側は黒い壁のように見える。気温も、やけにひんやりとしていた。
「ここで頭でも冷やせ!」
背後から響いた少年の声と共に、二人はバルコニーへ突き飛ばされた。
「わぁ、メガネメガネ……」
床に倒れたまま、ツトムは飛ばされたメガネを手で探す。
そんな彼を尻目に、背後を振り返ったタリアが叫んだ。
「シャオウェン! 何するの!?」
「生意気な
音高くドアが閉められ、施錠の音が響いた。
タリアはその取っ手に飛びつくが、開かない。
さらに、天井の証明も消されてしまった。
「ひっ」
いつも気丈なタリアだが、暗闇は苦手らしい。意外な一面だ。
「タリア、大丈夫?」
それはツトムがこれから何度も口にする台詞だった。
証明が消える直前にメガネを見つけられたのが幸運だった。暗闇で踏んだりしたら目も当てられない。
まずはポケットからスマホを取り出し、カメラ用のライトを灯した。その明かりで、周囲がぼんやりと照らされた。
タリアは、ドアの前で頭を抱えてうずくまっていた。ツトムは立ちあがると、少女のそばにひざまずく。肩に手を置くと、ようやく顔を上げた。
「ツトム……みんなや先生は?」
「ここにはいなかったみたいだ」
ポケットからICレコーダーを取り出す。メガネを探していて拾ったものだ。再生ボタンを押すと、先ほどのミカ先生の声とざわめきが流れる。
「これ、施設に入る前の説明だね。あの時録音したんだ」
孫兄妹は、春にクラスメートになってから、何かとツトムに突っかかってきた。中国では反日が酷いと聞いていたが、子供までとは。いや、子供だからこそ、疑いもせず偏見を受け入れてしまうのだろう。
そんなことより、なんとかしてここから出ないと。
タリアが立ちあがり、ふらふらと歩き出した。
「出口……他に出口は」
「タリア、下手に動くと危ないよ!」
声をかけた矢先だった。
「キャッ」
カランカラン、と音を立てて何かが転がり、薄明りの中で躓いたらしいタリアがよろめいた。とっさに両手を伸ばして何かにつかまろうとする。
ガラガラガッシャン。
大きな音を立てて、鉄パイプの束のようなものが倒れた。
「タリア!」
立ちすくむタリアの腕を取る。
「怪我はない?」
タリアは頷いた。が、その時床がガクンと揺れた。
「な、なに?」
怯えるタリア。ツトムは気づいた。
「……床が、下がってる」
バルコニーはエレベータだったらしい。おそらくは資材運搬用の。
スマホのライトで前方を照らす。崩れた鉄パイプが、
下へ降りるにつれ、みるみる気温が下がってきた。そして、さらに悪いことに。
「ここ、スマホは圏外だ」
アンテナのマークが出ていない。つまり、”くもすけ”とも誰とも、連絡は取れないわけだ。
そして、がくんと振動が起き、二人を載せたエレベーターは、最深部に降りて停止した。
……何とか上に上がれないかな。
ツトムはエレベータの手すりを乗り越えて、竪穴のような空間の底を調べて回った。しかし、幾つかある扉以外はどこも継ぎ目のないマグネシウム合金の一体成型で、梯子どころか突起も何もなかった。
その扉の方も、横に書かれてある注意書きを読むと、海中へのエアロックとなっているらしい。シェルスーツでもあればまだしも、生身では到底無理だ。
ちなみに、軽くて丈夫なマグネシウム合金だが、電波の遮蔽能力にも優れている。おかげで、この竪穴空間の中はスマホも圏外だった。すぐには助けを呼べそうにない。さらに熱伝導も優れているため、深海の冷たさがしみ込んできている。
……そうか、ここは海洋深層水汲み上げ施設の先端なんだ。
フローティアの底面から下向きに三百メートル伸びる、円錐状の突起の部分だ。
先ほど見た施設は、海洋温度差発電の物だった。海面の二十五℃前後の暖かい海水でアンモニアを蒸発させ、深度千メートルからくみ上げた四℃の海水で冷やす。するとアンモニア蒸気の流れが発生し、これタービンを回して発電するわけだ。
床からかすかな振動が感じられるのは、汲み上げ用のポンプに違いない。さらにその下へ七百メートルも取水パイプが伸びているはずだ。
ツトムも伊達に機械好きなわけではない。フローティアの構造図などは見た瞬間に脳裏に焼き付いている。
だから分かるが、脱出の手掛かりにはなりそうにない。深層水の汲み上げパイプはメンテフリーだし、ポンプの方は一旦シェルスーツで外に出て整備や修理をする。だから、生身の人が入る必要などないわけだ。
そして、小一時間が経つ。寒さが骨身にしみて、震えだすには充分な時間だった。
……歯の根が合わないって、こういうことなんだ。
ツトムの歯はカチカチなり続け、つぶやこうにも言葉にならない。
「タリア、大丈夫?」
気遣うツトムだが、彼女は激しくかぶりを振った。
相当冷えているらしい。普段はくるくる良く動く表情豊かな瞳は、固く閉じられており、健康的な小麦色の肌も青ざめて見える。
……タリアは南国生れだし、もしかしてこんな寒さ、生まれて初めてなのかも。
不憫でならないが、ツトムにできることは抱きかかえてやるくらいだ。それでも、お互い身体が冷え切ってるので、大して温まらない。
……エレベータの制御卓さえ使えればなぁ。
さっきも調べたが、崩れた鉄パイプに完全に潰されてしまっていた。
……それでも、何かできるとしたら、あそこしかないな。
腕にしがみついているタリアに告げる。
「さっき見た制御卓をもう一度調べてみるよ」
震えながらも、タリアは無言でうなずいた。
彼女を引きずるようにして、潰れた制御卓のところに行き、ひざまずいて調べる。
うずくまったツトムに、背後からタリアがしがみつく。薄着を通して柔らかな感触が伝わるが……。
……寒くて怖いんだな、可哀想に。
そう思うことで余計な考えは横に置く。
自分が何とかしなきゃ。改めてそう思うツトムだった。
この制御卓自体はネットワークの端末のようで、床への取り付け部分からは電源とは別のケーブルが伸びていた。
合金製の床についた膝が、冷えてジンジンしてきた。それでもかまわず、考える。
……ん? このケーブル、ちょっと見た目は違うけど……
潰れてひしゃげた制御卓から引き抜いてみる。普通のケーブルとは違う弾力。
……やっぱり。プラグの規格が違うけど、これはガラス繊維の光ケーブルだ。
と、いうことは。
……僕ならできる。いや、やらなきゃ!
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