宇宙(ソラ)へ

@hito_koba

第1話

山谷響は遺伝子生物学専攻の大学院生、東京大学で五十嵐教授のもとはやぶさ2号が、小惑星リュウグウから持ち帰ったリュグウの構成物の調査分析を行っている。彼には幼なじみの薫と月数回のテニスを楽しむことが、唯一の時間となっている。

「薫、今日もゲームも俺のスピンサーブの餌食だな。」

「なに、言ってるの。響のスピンサーブは4回に1回くらいしかサービスゾーンに入らないじゃないの。セカンドサーブは、いつも私のリターンとボレーで、ポイントゲットいただきよ。」

「そうだったけ。ま、今日もよろしくな。」

「ところで、響。私、このごろ声の高音が時々かすれちゃって、何か変な感じなの。」

「カラオケのやり過ぎ、じゃないか。薫は今、防衛大学の航空実技訓練中だもんな。訓練中に雄たけび上げてるとか。」

「カホな。まぁいいわ。早くテニスやりましょ。私の勝つところを見せてあげるわ。」

薫は、スポーツセンス抜群で、もともとの正義感の強さから航空自衛隊パイロットを憧れている。


その数日前。五十嵐研究室での出来事。

響がリュウグウ構成物といっても乾燥した砂塵みたいな細かな粒々からなるものであるが、それを走査式高強度電子顕微鏡で分析を行っていた。

「五十嵐教授。何か無機物ではないような形状のものがあります。何というか丸まっている乾燥有機体のようです。これまでの調査では、複雑な有機体の発見は無かったので、ひょっとするとひょっとするかもしれません。」

「山谷君、ちょっと私に映像を送ってくれないか。」

「ちょっと、待ってください。今からサーバーにアップします。」

「ウーム。確かにミクロンサイズの有機体かもしれないな。今調査中のサンプルから類似のものを選別してくれ。このサイズだと数個から数十個集めることができれば、スプリング8の放射光で、構造解析ができるかもしれないな。」

「わかりました。」


日本が誇るはやぶさプロジェクトは、火星の木星の間に存在する小惑星をターゲットに小型探査機で本格的な調査を行うものである。地球の生命の源となる有機物は、この小惑星由来である可能性がり、その謎を解き明かそうとしている。そもそも小惑星自体の存在も、太陽系のなかでは大きな謎なのである。


スプリング8では放射光を使用して、有機物とくにタンパク質などの構造解析が可能である。特に最近では照射精度の向上でミリサイズの分析からミクロンサイズまでの分析が可能になってきている。

スプリング8を管轄する理化学研究所の関プロジェクトリーダーのもと、分析ターゲットであるリュウグウ構成物と一緒に響もスプリング8での調査に加わった。


「響君、これが謎のリュウグウ構成物の格子回折パターンだよ。このままでは複雑な模様の一種としか見えないが、画像処理をすることで分子構造が分かってくるよ。」

「一見、白い無数の点が一定の規則のようなパターンで広がっているとしか見えないですが。」

「まぁ、ちょっと待っていたまえ。今、パターン分析を行っている最中なのさ。数年前の画像解析処理AIの登場で、数分で処理が完了するから。」

「さぁ、でたぞ。おっ、なんだこのパターンは。これは、トレハロースじゃないか。トレハロース以外のパターンもあるようだが、シグナルが微弱でこのサンプル量では無理のようだな。」

「関さん、すごいですよ。大発見ですよ。トレハロースは真空でも行き続けることのできる唯一の地球上生物であるクマムシと関係しています。トレハロースの丈夫な構造がDNAを守っている状態が最近の研究で確認されています。」


その後の解析の結果、驚くべき事実が分かってきた。リュウグウ構造体微小有機物(Ryugu micron organic elements, RMOE(ロモー))は、強固はトレハロースの構造にDNA破片と考えられる有機物が混在していたのだ。


地球上で、このトレハロース構造に近い状態を持っているのは、クマムシという緩歩(かんぽ)動物と総称されるこの小さな生物だ。クマムシは、凍えるような寒さや長期の渇水、大量の放射線に耐えられるだけではない。知られている限り、真空でも生き延びられる唯一の地球上の動物なのだった。



数週間後、響は例のごとく薫とのテニスゲームを楽しむべく、品川の芝浦公園テニス場へ急いでいた。頭の中はリュウグウで発見されたロモーのことで一杯だったが、極秘のため家族にも話すことはできない。

季節は、春から初夏に移ろうとしている。前回のテニスでは、運動神経抜群の薫の予告どおり響は薫から1セットしか取れず悔しい思いをしている。今日は、そのリベンジも含めて、いつもより気合が入っている。今年の芝浦公演は、テニスコート入り口のバラ園が特にすばらしく、白いバラの芳醇な香りが大都会のオアシスのような雰囲気を醸し出していた。

「おはよう、響。今日はなんだか気合が入っている雰囲気ね。」

「もちろん。リュウグウプロジェクトも順調で大発見の連続で、おっと、詳しいことはしゃべれないだけどね。今日こそは、この前のリベンジさ。」

「今年のバラ園は特別すごいような気がしない? 何と言っても花の数がいつもの倍くらいで、テニス場にしておくのはもったいないと言ってもいいぐらい。」

「ああ、その通り。それとバラの香りがすごいね。」

「バラの香り? 私にはそれほど強く感じられらいけど。まぁ、これだけたくさんの花が迎えてくれているんだから、もうそれで充分よ。」

「えっ、このバラの香りを感じられないの? もとおと薫はものすごく鼻が良かったじゃない。航空実技のマスクで鼻粘膜がやられちゃったんじゃないの。」

「そうじゃないと思うけど。ただ、最近ちょっと変なのよね。高音もちょっとかすれたままだし、航空実技で疲れでもでたのかしら。」

「カホな。薫はもともと体力に関してはクラストップで、体力メスゴリラなんてひどい呼び方された時期もあったじゃないか。」

「そなのよねぇ。」


今回のテニスは、久しぶりに響の勝利であった。薫の動きは、いつもと比べると俊敏さに違いがあった。



リュウグウ構造体微小有機物(Ryugu micron organic elements, RMOE(ロモー))の調査は急ピッチで進められていた。トレハロース構造体からDNA状物質を分離することが一番の難関であった。これには、響の研究結果が大いに役立つところとなった。響は五十嵐研究室でクマムシのDNA抽出に関する研究を行っていたのだった。

乾燥した環境では自身も水分も乾燥して休眠状態になり、水分を得ると活動を再開するクマムシは、細胞が水分を失うとDNAが断片化する。そして、細胞が水分を取り戻すと、断片化したDNAが修復されるのである。


響はそこにヒントを得て、損傷したゲノムを修復するためにクマムシから抽出したDNAポリメラーゼ(DNA修復酵素)の使用を提案した。


クマムシ由来のDNAポリメラーゼの効果は抜群で、リュウグウ・ロモーから分析可能なDNA状物質の抽出に成功したのだった。


さっそく、DNA状物質の解析が始まった。数日でDNA配列の解析結果が終了し、その解析結果が五十嵐教授に届けられた。


「うぅむ。この配列は地球生物のDNAパターンと一致するものがないだと。だとすると、一体何なのだ。」


このニュースはたちまち全世界を駆け巡った。ハヤブサプロジェクトの第一の目的である地球生命の起源は何かという問いに対しては、リュウグウ構造体微小有機物(Ryugu micron organic elements, RMOE(ロモー))から有機物が発見されその可能性が高まったが、それ以上に全世界を興奮の坩堝に落とし入れたのは、発見された地球生物とは一切無関係と考えられるDNA配列であった。これは地球外生命を意味するものか、と多数のメディアは一斉に騒ぎ立てた。


これに対して、ハヤブサプロジェクトの属する国際宇宙生命協議会は以下の見解をリリースした。「現在の解析が終了している地球上生物のDNA配列との類似性がないことは事実であるが、まだ未解読の地球生物のDNAとの類似性がある可能性も否定できない。国際宇宙生命協議会では慎重に調査方法を各国代表者と協議中である。したがって、現段階ではそれぞれのメディアにおいては行き過ぎた報道を自粛してもらいたい。」


日本からは五十嵐教授のほかハヤブサプロジェクトの中核メンバーが国際宇宙生命協議会に参加しており、そのリーダー的存在となっている。響もまた、五十嵐教授に同行していた。


調査方法については、国際宇宙生命協議会での議論の末、植物に関する遺伝子組み換え技術に実力があるアメリカグループでは、まず実験種として多数の結果が報告されているシロイヌナズナにロモー遺伝子を組み込み調査をすること。また、日本では五十嵐研究室が主導して、日本で実績の多い酵母についてロモー遺伝子を組み込み調査をすることが、各国代表の賛成多数で可決された。


欧州のルクセンブルグで開催されていた国際宇宙生命協議会から帰った響は、久しぶりにテニスを計画しようと薫に連絡してみた。

「薫、週末にテニスどう。」

「響、お帰り。ルクセンブルグはどうだった。ニュースで大騒ぎになっていたけど、何かすごいことになってきたようね。」

「まぁね。まだまだ、調べないと分からないことだらけだけど。ただ、ワクワク感は半端ないね。で、週末どう。」

「それがね。体調悪いのよ。体力抜群だった私にしてみれば、鬼の霍乱?みたいで。母も心配して、そう、響も知ってのとおり母は生物学者だから、早めに専門医に見てもらえとか、ちょっとびっくりするコメントを頂いたわ。」

「えっ、そんなに悪いの。」

「それほど急激じゃないのよ。ただ、とことどころに変調が出てきているようで。ちょっと疲れやすいのは、事実ね。航空実技で無理しすぎたかな。」

「将来のエリートパイロットが台無しだな。じゃ、テニスは無理だな。」

「ごめんなさい。来週、轟総合病院で検査予定なの。」

「大丈夫だとは思うけど、検査結果また教えてな。こっちは、ロモーのDNA調査で2、3週間研究室に缶詰だと思うから。」

「響こそ、ちゃんと野菜食べないとだめよ。カップヌードルは1日1回にすること。分かった?」

「うるさいな。俺のことより自分のことを心配しろだ。まぁ、とにかく検査結果教えろよな。」

「えぇっ。今まで、私のことなんか心配してくれてなかったのに。たまには体調悪くなるのも良いものね。」

「なに言ってんだ。電話切るよ。また連絡するから。」


電話を切った響は、いやな予感を感じていた。


翌日から、五十嵐研究室での調査がはじまった。DNA調査に酵母菌を使うことのメリットは遺伝子組み換え技術が確立しており、かつ酵母が生産する酵素を初め酵母自体の詳しい情報が豊富なためであった。

調査遺伝子を組み込む相手として用いられる親DNA、すなわちベクターとして酵母の核外に存在する環状構造のプラスミドを使用する。このプラスミドに、培養したロモー遺伝子を組み込み、酵母菌本体DNAへロモー遺伝子を送り込むのである。

通常の酵母の寿命は約1週間のため、今回の調査はその3世代にわたる調査を行うものであった。

「五十嵐教授、酵母ベクターへのロモーDNA組み込み完了です。」

「そうか。それじゃ、あとはベクターがターゲット酵母へロモーDNAを運んでくれるのを待つのみだな。」

「そうです。一応一時間ピッチで、培養液からサンプル採取をしておきます。何か変化が出ればよいのですが。」

一連の試験は、完全密閉の実験室で行われており、操作はすべて外部遠隔操作となっている。また分析機器自体も密閉実験室内に装備されており一連の実験後は、80℃で全設備の高音除菌を行うシステムとなっている。


1週間後、酵母に関して変化は全く認められなかった。このこと自体が大きな変化である。通常なら、親酵母から代1世代の子酵母への世代交代時期であるが、いまだに世代交代が無かったのである。


2週間後、親酵母は2週間前と同様に存在していた。この時点でも世代交代は発現していない。


3週間後、酵母の長寿命化は確信される時期となった。


酵母の老化因子としては,酵素自体のプラスミドや活性酸素などによって傷害を受けた酵素本体DNAから産出される異常タンパク質や、それにともなうミトコンドリアの機能障害であることが知られているが、ロモー遺伝子はそれを完璧に修復しているのである。


現在の地球生物にも遺伝子修復酵素はあるが、部分的なもので、どちらかというと切断された遺伝子をつなぎ合わせる要素が大きい。ところがロモー遺伝子はロモー遺伝子が組み込まれた時点のDNA構造をすべて記憶し、その時点のDNA構造を維持させることが分かってきた。

「五十嵐教授、これは大変なことが起こっているようです。」

「そうだな。老化防止というより細胞活性維持だな。」



一連の五十嵐研究室での初期調査が終了し、調査結果のまとめと検証作業を行っている最中に、薫からの連絡が舞い込んできた。検査結果を教えるから、一度自宅に来て欲しいというのだ。薫の自宅へは、小学校時代から何度も行っている。横浜の山手公園近くの窓から桜が良く見える身持ちの良い家だ。しかし、大学入学以降は、お互いの時間のすれ違いもあり自宅で合うことは無かった。

来週の8月13日の午後、研究室も夏休みとなるので、そこでと言うことになった。



午後3時丁度に、薫の自宅のベルを押した。薫は水色のワンピースで少し化粧をしているようだった。

「こんにちは、お邪魔します。」

「響、来てくれてありがとう。今日は母は祖母の家のお墓参りにいったからいないのよ。」

「そう、せっかくお土産買ってきたのに。まぁ、いいか。冷たいプリンだから二人で食べようぜ。」

「ところで、検査結果をわざわざ家にまで呼んで報告とは、びっくりしたよ。」

「実は、・・・・・。」

「実は、ウェルナー症候群みたい。」

「ウェルナー症候群って?」

「一種の早老症。20歳代から白髪、脱毛、両目の白内障がおき、手足の筋肉や皮膚もやせて固くなり、40歳代で悪性腫瘍や心筋梗塞などで亡くなる可能性の高い遺伝疾患。」

「えぇっ。」

「びっくりしたでしょ。」

「驚くも何も、何から聞いていいのか分からないけど、治療とかはどうなるの。」

「抜本的な治療方法は現在のところ無い様だわ。母が言うには、抜本的な治療は無いけど対処療法が最近では改善されて、普通の人よりちょっと老化が早いくらいですみそうな話。」

「ちょっとは安心したけど、これからどうするんだい。」

「これからって。」

「航空自衛隊パイロットだよ。」

「ちょっと、難しいかも。」

「それより、今日来てもらったのは、私の気持ちを伝えるためよ。はっきり

言うわよ。私は響が好きなの。」

「ずぅっと片思いだと思っていたけど、一応はっきり伝えなくっちゃと思って。」

「・・・・・・。」

「何をいまさら。俺の方が片思いと思っていた。しかし、・・・。」

「キスしてくれる。」

薫は、抱かれる胸のなかで小鳥のようだった。しかし、体から感じる生命力は躍動しており、その息遣いからも病気の一切を感じることは出来なかった。



第1回目の国際宇宙生命協議会ロモー遺伝子調査結果報告会が開催された。植物のシロイヌナズナを宿主に調査したアメリカグループの成果は全く無かった。これに引き換え、世代交代の早い酵母を宿主にした日本の五十嵐研究室の成果は、すばらしいもので、ロモー遺伝子が組み込まれた時点の宿主DNA構造をすべて記憶し、その時点のDNA構造を維持させること、すなわち老化防止あるいは細胞活性維持の特性について前代未聞の発表会となった。五十嵐研究室で今回のハヤブサプロジェクトのプロジェクトマネージャーに抜擢された響はアメリカグループのリサ・ゴンチェ教授と夕食会で懇談していた。

「ヒビキ、オメデトウ。すばらしい成果だわ。」

「ゴンチェ教授、ありがとう。でも肝心なところはこれからだと思います。」

「確かにそうね。協議会で決定されたようにこれからは動物細胞をターゲットにしてお互い調査開始ね。」

「おてやわらかにお願いします。とこで、動物細胞に適用となると、将来的な生体調査も視野にいれて免疫をどう克服するかということが重要な課題になると考えています。」

「研究で一歩リードしているヒビキのコメント重要だわ。確かに。けど、地球上の遺伝子とは全く違うタイプのロモー遺伝子だから、それを自分自身の由来因子と勘違いできるようなお馬鹿な免疫細胞は、たぶんいないわね。」

「そうなると、行き詰まりです。」

「・・・・。考えどころだわね。」


日本に帰って来た響は、さっそく実験に取り掛かった。しかし、実験結果はリサ・ゴンチェ教授が指摘したとおりロモー遺伝子が組み込まれた細胞は、免疫細胞にことごとく捕食分解されていたのだった。



薫とのテニスは薫がウェルナー症候群であることが分かった後も、続いている。むしろ体力維持のために筋力は衰えさせてはだめなのである。薫の態度も、以前と少しも変わらない。変わったのは、響がプレーで勝てることが多くなったことと、航空パイロットの話が無くなったことぐらいである。

「響、私このごろウェルナー症候群って何なのか、疑問に思うことが多くなってきちゃって。

「???。」

「ウェルナー症候群の人って、普通の人より遺伝子異常が多く発現すると言われてるけど、その遺伝子異常の原因は何なのかしら。紫外線?活性酸素?何か特殊な化学物質?、自身で遺伝子変化を誘導する物質を作らないかぎり原因は普通の人と同じだと思うの。遺伝子異常というから異常という概念に縛られるけど、現実的には遺伝子変化じゃないかと思う。自身で遺伝子変化を誘導する物質を作っていたとしても、むしろ積極的な遺伝子変化よね。つまり、進化の源である遺伝子変化の時間的なタガを外された人がウェルナー症候群の人なのよ。」

「薫、それは。・・・。」

「けど、そうでしょ。その遺伝子変化が与えられる環境のもとでマイナスに発現すれが広い概念の老化、いわば細胞不良となるわけだし。ということは、プラスに発現することは無いんだろうかってね。」



薫のコメントが頭にぶらさがり引っ掛かかったまままま研究室に帰った響きはロモー遺伝子のシャーレを実験ブースの密閉窓ごしに眺めていた。

「ロモー遺伝子が発現した生命体は、全く遺伝子変化が起こらないことになるな。しかし、これでは全く進化が発生しないことになる。そうすれば、その時点でその生命体は、きっと生命進化のサバイバルで落ちこぼれる。」

「ということは、ロモー遺伝子と対になる遺伝子変化を発現させる遺伝子が必要だな。合わせてその調整役も必要だな。」

「小惑星帯か、あるいは地球上のどこかに、まだキーとなる遺伝子が眠っているか。」

「ロモー遺伝子と対になる遺伝子変化を発現させる遺伝子が単独でその効果を発現したら。」

「・・・・・、薫の言っていたウェルナー症候群?!。えっ、まさか。」

「こ、これは。有り得ないことじゃないな。」

「ウェルナー症候群遺伝子とロモー遺伝子は本来ペアとして機能していたなら、ウェルナー症候群細胞とは免疫反応は無いことになる。」

「大胆すぎる発想だが、実験の価値は多いにあるな。」




第2回目の国際宇宙生命協議会ロモー遺伝子調査結果報告会がルクセンブルグで開催された。そして、響の調査結果が発表された。会場は興奮の坩堝と化した。

「以上のように、ウェルナー症候群遺伝子とロモー遺伝子は本来ペアとして機能しており、その結果ウェルナー症候群細胞とは免疫反応は無いことが確認されました。」

「このことは、ウェルナー症候群遺伝子も何らかの方法で、小惑星帯から地球に飛来してきた可能性があることになります。現段階では、推測の域を出ませんがかつて小惑星帯では、ロモー遺伝子を持つ生命体が存在していた可能性があることになります。」

引き続き、協議会で今後の方針が議論された。ロモー遺伝子の初期調査という本来目的は達成され、今後はロモー遺伝子の有効利用方法を継続調査することとなった。


その夜、プレスリリースのあと響はようやく薫へ連絡出来たのだった。

「薫、やっと話せるよ。薫のヒントからロモー遺伝子とウェルナー症候群遺伝子との関係が分かって、今そのプレスリリースが終わったところで、こっちでは大変な騒ぎになっているよ。」

「テレビのニュースで見たわ。私はそのニュースを聞きながら膝が震えて、涙が止まらなかったわ。私にとっては天地が逆転するようなものよ。」

「守秘義務の関係で今まで話すことが出来なかったことは申し訳ない。それともうひとつ、これは薫への特別ニュースがある。実は、実験に使ったウェルナー症候群遺伝子は薫のものなんだ。薫の主治医の轟教授は五十嵐教授の東京大学の同期生で、今回のハヤブサプロジェクトへも色々協力してくれていたんだよ。たしか、実験の詳細は伏せる必要があったが君から実験参加の許可承諾をもらえたと轟教授は言っていた。」

「えぇーっ。確か遺伝子研究用のサンプル血液の提供は承諾したけど。」

「さぁ、これから本格的に薫の治療プロジェクトが始動するよ。」

「・・・・ウゥッ、ウゥッ。涙と鼻水で。ありがとう響。」


轟教授と響のチームで薫の治療プロジェクトが開始された。


すでに薫のDNAでロモー遺伝子との協調性は確認ずみなので、問題は治療用の薫の遺伝子をどう作成するかという点であった。つまり、ロモー遺伝子が対象遺伝子に組み込まれた時、その時点の遺伝子配列を正として遺伝子修復を行うので、組み込まれた時点の遺伝子に遺伝子異常があればそのままコピーされ続けることになるのだ。

「響君、治療用の遺伝子作成についてだが。」

「えぇ、轟教授。薫の遺伝子異常がない生まれたばかりのころを再生するということになりますね。」

「その通り。しかし、すでに薫君は充分成長して、その間に紫外線や活性酸素、それにウェルナー症候群遺伝子効果ですでに遺伝子は傷ついている。どうやって薫君のオリジナル、つまり生まれたばかりの遺伝子を再現するかだ。」

「轟教授、あの手しかないと思います。」

「そうか、君も同じ考えのようだな。薫君の細胞からiPS細胞を作り、それから精子を作成する。そして、薫君の卵細胞に受精し、その受精卵から細胞を抽出しロモー遺伝子を組み込む。」

「そうです。これは画期的な治療法になります。薫の体はこれでロモー遺伝子が組み込まれた時点で、その効果により老化が停止するはずです。また、遺伝子情報が誕生時点のものに徐々に置き換わるので、肉体の老化が進んだ部分は若返ります。」

「そうだ、その通りだ。まずは、やってみるか。」



半年後、品川芝浦公園テニス場では、

「響とのテニスは、本当半年振りね。」

「そうだな。体調はどうだい。」

「ばっちしよ。たぶん以前より若返っている感じ。防衛大学の航空実技訓練へも復帰できたし、申し分無しよ。」

「それは、良かった。」

「ただ、ロモー遺伝子治療が今のところ私だけと言うのが残念ね。響、ロモー遺伝子とウェルナー症候群遺伝子の協調性の問題は解決できそうなの。」

「なかなか手強くてね。薫の場合は全く運が良かったんだ。薫以外のウェルナー症候群遺伝子を持つ患者のとの協調性は今のところ数百検体やったところでいまだ協調性ゼロだ。」

「ウェルナー症候群の治療は患者さんの夢よ。とにかく頑張って。」

「分かっているよ。ところで、航空実技訓練ですごい反射能力テストの結果が出たそうじゃないか。」

「そうなのよ。自分でもびっくりだわ。緊張して意識がぴりぴり状態になると、1秒間くらい時間感覚が変わってくるのよね。私以外が全部スローモーションになっちゃう感じ。」

「・・・すごいな。」


数年後、ロモー遺伝子には別の古代DNA情報すなわち、シナプス伝達を一部光伝達に返るDNA情報も含まれていたことが判明する。薫はこの効果で、反射が驚異的に速くなる驚異的なパイロットとなったのだ。

小惑星探査は、加速度的に古代DNA探査目的で改善され、宇宙エレベーターとそこから発信する小型宇宙船は、小惑星探査の大海賊時代の幕開けとなるのであった。


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