第7話  シェゼル


私が数ヶ月ぶりにお兄ちゃんと再会できたのは王都の城壁の外に止めてある荷馬車の中だった。

あの貴族の人は悪い人だったけれど、館に仕える使用人の人達は私のことをこっそり気遣ってくれていたからそう悪くない生活だったことをお兄ちゃんに伝えるとなんだか複雑な顔をしていた。無事だったから良いじゃない。そう笑うと、お兄ちゃんはお前はそういう奴だよって苦笑いしてた。

実はあの貴族の人、どうやら使用人の人達にも嫌われていたみたい。

だって突然やって来たはずの国王軍の人達に貴族の人が今まで行ってきた悪事の証拠を大量に渡していたんだもの。用意周到よね。使用人の人達は悪事の捜査に協力的だったから処罰は軽く済むみたい。私が気になって尋ねたら護衛をして城壁の外まで荷物を運んでくれていた兵士さんが内緒だよって教えてくれた。身の回りの世話をしてくれていた女中さんは私がお兄ちゃんと会えると聞いて我が事のように喜んでくれた。みんないい人達で、病気治ると良いねって、元気でいるんだよっていっぱい心配してくれた。

私、昔から人に好かれるのよね。人気者って辛いわーって言ったら、いつものお兄ちゃんの笑顔になった。よしよし、それでいいのよ。

国王様から魔族討伐のご褒美にもらったって言う荷馬車には、沢山の食料とかお金とかが乗せてあった。でもこれはまだ一部で住むところが決まったらもっとたくさんもらえるんだって。あたりまえじゃない。私のお兄ちゃんだよ、やるときはやるんだから見くびらないでちょうだい。妹の私に心配性なのが玉に瑕だけどって付け足したら、荷物の奥でくすくすという女の人の笑い声が聞こえた。

お手伝いの人かな?って思ったから自己紹介したら、袖のないフード付きのロングコートを身につけた女の人も名前を名乗ってくれた。ウォルフラムさんっていうんだって。笑顔が優しいからきっとこの人いい人だね。美人だし。フードの陰から見える白く銀色に輝く髪の毛がとっても綺麗。走り出した荷馬車が揺れる度に流星が夜空を横切るような銀髪がさらさらと揺れた。見たことはないけどきっと女神様ってこんな感じなんだろうなって思っちゃう。

お兄ちゃんに旅の話を聞こうとしたら、それよりも先にと見たことのないお薬を飲むよう渡された。

国王様からもらったお薬かな?まるで金属のような見た目の薬をお水と一緒に飲み込むとお腹の中がじんわりと暖かくなって力が泉のように渾々と湧き出てくる気がする。ここ数ヶ月ぎりぎりと全身を苛んでいた関節の痛みが水に溶けて流されていくようだった。

心配そうに覗き込むお兄ちゃんに大丈夫だよって言おうと思って微笑んだ時だった。

私の中にいろいろな感情があふれ出す。ああウォルフラムさんが助けてくれたんだ。よくわかんないけれど、たぶんそう。絶対に。やっぱりいい人だ。悲しい気持ちも、辛い気持ちも混ざっているみたいだけど、ほとんどはお兄ちゃんにまつわる温かい気持ちで満ち溢れていた。それと、さっき初めて会ったはずの私を心配する気持ちと、絶対に助けるっていう芯の通った強い気持ち。見知らぬ私にここまで強い気持ちを持ってくれていたんだ、という感動とお兄ちゃんを大切に思ってくれていることがなにより嬉しかった。

改めてウォルフラムさんに向き合ってお礼を言う。お兄ちゃんと私を助けてくれて有り難うございますって。しっかりと頭を下げてから顔を上げる。

そしたら私の顔を見たウォルフラムさんがにっこり微笑んでもう大丈夫だって言ってくれた。それは私に向けて、っていうよりもお兄ちゃんに向けた言葉みたいだった。

お兄ちゃんてばその後ずっと私のこと抱き締めて泣いてるんだよ。まったく少しは妹離れしてよね。ちょっとだけもらい泣きしちゃったのは、ウォルフラムさんと私だけの秘密。

泣き止んだお兄ちゃんをなだめながら改めて旅の話を聞くと、大人の人達から教えてもらっていた『魔族は魔物を使役して人間を殺す悪者』って言うのは嘘だったみたい。やっぱりね、って呟いたらお兄ちゃんが何でそう思ったんだって聞いてきたの。お兄ちゃんその辺深く考えてないよね。人間にもあの貴族みたいに悪い人もいればいい人もいる。魔族の人もそうだと思うよっていったら、ウォルフラムさんがお兄ちゃんより賢いって褒めてくれたの。ふふーん、そう、私賢いんだから。

本当のところは私の一番古い記憶が理由。たぶん三歳か四歳くらいかな。狩りの手伝いに行ったお兄ちゃんを追い掛けて森で迷子になったことがあるの。道が分からなくて大声で泣いていたら優しそうなおじさんが頭を撫でてくれて、村の近くまで空を飛んで送ってくれたの。お父さんとお母さんにお空を飛んだんだよっていったら昼寝をしていて夢を見たんでしょって笑われた。その当時は魔族とかよく知らなかったから、のちのち大きくなってから大人の話を聞くと魔族の人だったんだなって思った。もちろん、誰にも話したことがない。ウォルフラムさんになら話してもいいような気がする。もしかしたらそのおじさんのこと、知っているかも知れない。

お兄ちゃんが神妙な顔をしてしばらく黙っているからどうしたのかなって思ったら、実はウォルフラムさん魔族なんだって。

わあー!すごーい。こんなに近くで魔族の人を見るの初めて!ってわざとらしく喜んだらウォルフラムさんに大笑いされちゃった。お兄ちゃんはびっくりした顔してた。だって迷子になって以降は村の近くに魔物や魔族の人が出た時は危ないからって村の地下壕に閉じ込められてたんだもん。しょうがないよね。

最初はお兄ちゃんとウォルフラムさんは敵同士で戦ってたんだって。ウォルフラムさんはお兄ちゃんに勝てる気がしなかったって言うけど、コロッセオで軍隊の人とかを無傷でバッサバッサ倒してたお兄ちゃんの姿を見てたから分かる。お兄ちゃんに切り傷でも付けたウォルフラムさんも相当強い。

それでも元々の力と比べるとだいぶ弱いって謙遜してたけど、逆だよ。元々の力はそれ以上あるってことだよ。お兄ちゃんは正直ウォルフラムさんが殺すつもりで戦ってたら負けていたかも知れないって思ってたんだって。魔族の人達はお兄ちゃんのこと本気で殺そうとしていなかったって。それでも結果として切り傷程度しか付けられなかったって、その強さは本物だってウォルフラムさんに怒られてた。お兄ちゃん、ウォルフラムさんにはうだつが上がらないね。

強くて美人で笑顔が素敵で優しい人。私、ウォルフラムさんのこと大好きになっちゃった。

お兄ちゃんがウォルフラムさんを倒そうとした時にお互いに妹がいることが分かったんだって。妹馬鹿のおにいちゃんはついつい絆されちゃったみたい。ウォルフラムさんの妹さんに会ってみたい!是非お友達に!っていったら悲しそうな顔で友達になってあげて欲しかったって言われたの。魔族の人は私たち人間を守るために魔物と一緒に違う世界へ行ってしまったんだって。じゃあ、人間の世界に残ったウォルフラムさんは妹さんともう会えないんだ。悲しい気持ちの理由はこれだったんだ。お兄ちゃんと私のせいで妹さんとウォルフラムさんが再会できる機会を奪ってしまってごめんなさい、って謝ったら気にしなくて良いって言ってくれた。

きっと魔王様が妹を大事に守ってくれるはずだからって。妹も自分のことをちゃんと理解してくれているって。ああ、本当にウォルフラムさんっていい人。なんでお兄ちゃんはこんないい人を殺そうとしたかな。正気を疑うよ、まったくもう。

そしてウォルフラムさんの角の力で私の命を救ってもらって、国王様に納得してもらうために腕を切り落としたと聞いた瞬間、私の顔から血の気が引いて叫んでしまった。何でそんなことしたの?!

最初に飲んだあのお薬がウォルフラムさんの命そのものだったなんて思いもよらなかった。国王様にスムーズに話をするためとはいえ、腕を切ってしまうなんて。私はウォルフラムさんに抱きついて泣いてしまった。その身体には確かに肘の先が存在していなかった。ごめんなさい、でもありがとう。

お薬を飲んだ時のあったかさはウォルフラムさんの温かい気持ちだったんだね。

泣き止まない私にこんな時に涙を拭いてあげれないなら腕は残しておくべきだったかなって冗談を言うものだから、余計に泣いてしまった。

なんとか気持ちが落ち着いて来て、お兄ちゃんにこのあとどうするのか、どこへ向かっているのか尋ねてみた。

お兄ちゃんは私さえよかったらウォルフラムさんと三人で暮らしたいそうだ。馬車の向かっている先はウォルフラムさんの住んでいた町に近い村が目的地なんだって。できるだけ村から離れてて、森に近いところの方がいいよなってお兄ちゃんが一人で納得している。

それを聞いたウォルフラムさんはすっごく驚いた顔をしていた。その様子だとお兄ちゃんウォルフラムさんに了承も取らずに決めちゃったんでしょ。

ウォルフラムさんは自分の長くない命に私たちを巻き込みたくないと主張したけれど、お兄ちゃんは頑固として譲らない。だめだよウォルフラムさん。こうなったらお兄ちゃんはテコでも動かない。

お兄ちゃん言わなきゃわかんないことだって世の中にはたくさんあるんだよ。ちゃんと説明して情報共有しなきゃ。お兄ちゃんの突拍子のなさに呆れながらも私の返事はもちろんオッケーだ。お姉ちゃんが出来たみたい、と笑うとウォルフラムさんは弟と妹が二人いるなんて私は幸せ者だなって一緒に笑ってくれた。やっぱりウォルフラムさんはお兄ちゃんより格上なんだね。

ほらもう、お兄ちゃん、ふてくされないの。本当はウォルフラムさんがお姉さんで嬉しいんでしょ。分かってるんだから。素直じゃないなぁ。

これからたくさんの時間はないけれど、それでも妹さんの分も最期の時まで目一杯三人で笑っていようね、お兄ちゃん、お姉ちゃん。

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