番外編:天使にはなれない

「まあ、ギョームはいたずらっ子だこと!」

 額面に反して嬉しげな声を放つと、お祖母ちゃんは金髪の巻毛を垂らした従弟いとこをスカートの膝に抱き上げる。

「すっかり重くなったわあ」

 幼い孫のふっくらした薔薇色の頬に皺の刻まれた自らのそれを押し当てる。

「ウフフフフフ」

 三歳のギョームは肉付きの良い手足を揺すって笑う。

 この子はまるで聖画の天使だ。

 蜂蜜じみた艷やかな金の巻毛に明るい空色の瞳、ふくよかな薔薇色の頬。

 お祖母ちゃんが普段近くに住んでよく会う五歳の自分よりたまに遊びに来るこの二つ下の従弟の方を可愛がっていることは当時から肌で察せられた。

「アラン、もうすぐお夕飯なんだから早く片付けなさいな」

 何をぼんやり突っ立っているの、という苛立ちを微かに滲ませた顔と声でこちらを振り向いた祖母は告げる。

 この色鉛筆、ギョームがケースごとひっくり返して散らかしたのに。そう口には出せないまま床のカーペットに散乱した色鉛筆を一本ずつ拾い始める。

 赤、青、黄、白、黒、それから……。

「全くグズで陰気な子だわ」

 灰色の――滅多に使わないのでほぼ手つかずに長いままの――鉛筆を長椅子の下に見つけて手を伸ばしたところでお祖母ちゃんの吐き捨てるような声が耳に突き刺さった。

「誰に似たのかしら」

「ウフフフフ」

 振り返った視野の中で、愉快そうに笑う従弟を胸に抱いた祖母の背中が遠ざかる。

 ドアのすぐ傍の壁に掛けられた大きな額縁入りの鏡の中から、量こそ豊かなものの真っ直ぐな重たい栗色の髪に青灰色の目をした、蒼白い顔の男の子がどんよりした眼差しを向けてきた。

 これが僕なんだ。何て暗くて、みすぼらしくて、醜いんだろう。まるで絵本に出てくる死神じゃないか。だから、お祖母ちゃんからも嫌われるんだ。

 そう思うと、額縁の中の「死神」の姿がジワリと熱く滲んで自分の瞳と同じ灰色の鉛筆を握り締めた手が震えた。


*****

「いや、どこに行っても、君の従弟と知れると大騒ぎさ。皆、僕本人のことより君のことをいてくるんだよ」

 三十過ぎて金髪もすっかり薄くなったギョームは赤ら顔のたるんだ二重顎を揺らしてカラカラ笑った。

「『本当にアランの従弟なのか? 信じられない!』と言ってくる奴のまあ多いこと」

 いたずらっぽく細めた明るい空色の瞳を見れば、ハゲ散らかそうがビヤ樽じみた体つきになろうが、この従弟の心根がお祖母ちゃんのお気に入りの天使だった頃から変わっていないと良く分かる。

「僕に似ているなんて言われない方がいいんじゃないか?」

 こちらも極力冗談めかして続ける。

「マスコミからはあれこれ貶されてばっかりだし」

 大人になった「死神」を「世紀の美男」と人は言う。

 だが、僕は今日に至るまで一度も鏡に映る自分の姿を好きになれたことはない。

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