10-◾️ 【お蔵入り】【◾️◾️◾️◾️◾️、◾️◾️◾️】
「待たせたな! 浅葱!
一号と同じ声の主は、顔全体をくしゃっと歪めて笑った。
あぁ、その笑い方は……、一号だ。
とても懐かしい。
ずっと求めていたものだけど、だけど……。
「えっ? えっと……あの……」
躊躇いなくズカズカと、二本の足で白い部屋に上がり込んだその人物は僕たちの元までまっすぐ進む。
「いつまで座ってんだ〜? あと少しなんだから、しっかりしろ!」
伸ばした手が僕の肩に触れる。
一号が落ち込んだ僕を元気づけてくれる時の、いつもの触り方だ。
「い、一号……?」
呼びかける僕の声が、面白いほど裏返った。
だって……。
声は一号なのに、見た目は僕らが知るラフィそのものだったから……。
「おぅ! 今だけな!!」
「今だけ、って……」
「いや〜ラフィの身体が幽霊にとって入りやすいって、本当だったんだな! スゲーしっくりくるもん。クセになりそう」
「な、なんで……」
「悪りぃけど、時間がないんだ。ラフィにも負担がかかるし、またお前たちには伝言送るからさ」
ラフィの姿をした一号が右手をパチンと鳴らすと、那由多くんのリュックに入っていた手紙が全て光に包まれて、一枚のお札になった。
「
目を白黒させている那由多くんが握っていた数枚の手紙をスルリと抜き取って、一号は首のない自分の姿に突きつける。
「死んだ人間は、二度と戻ってこないんだ! 俺はそこを見誤っていた! 『あの世』が身近すぎたから! 死人を求めて死人を生み出す
見せつけるように、まとめて破いた手紙を
「バカみたいな連鎖はもう、俺で終わりにしようぜ!!」
「ホラ、次はお前たちだ! 放っておくとまた再生するぞ!」
「う、うん……」
「兄ちゃん!!」
一号が指さしたお札に手を伸ばそうとしたら、那由多くんが一喝した。
「浅葱さん、兄ちゃんに流されないで下さい!」
「えぇ〜? 時間ないって言ってんのに」
「兄ちゃん! 自分勝手もいい加減にしてよねっ!!」
生前は見たことはなかったけど、これってもしかして兄弟喧嘩なんだろうか……。
「なんだよもう、怒るなよ。俺に会えたら泣いて喜ぶと思ったのに」
「怒ってなんかないっ!!」
「いや、怒ってるし」
「お、怒ってなんか、ない……っ!!」
姿形の違う兄に戸惑っていた那由多くんだったけど、事態が飲み込めると段々涙声になった。
「ず、ずっと……、ずっと会いたかった!! 会いたかったんだからぁっ!!」
「そうだな、知ってるよ」
「兄ちゃん、にいちゃん……なゆ、頑張ったよ……!!」
「でも、一人じゃなかっただろ? 俺のこと信じてくれて、ありがとう」
「うん……ッ」
さっきとは違う種類の透明な涙が、ボロボロと頬を伝って流れていく。
その滴を見て、少し遅れて僕も気持ちが追いついた。
「……ぼ、僕もだよ!! 僕はどうしてもキミに謝りたくて、申し訳なくって……!」
「浅葱の謝罪なら何回も聞いたし、俺だって那由多にずっと会いたかったんだぞっ!」
一号に会いたかった。
一番辛いときに、助けてくれた人だから。
この世界で一人だけの、僕の味方だったから。
一号の目的のためなら、自分の命なんていらないと思っていた。
一号を取り戻すためなら、自分なんてどうなってもいいと思っていた。
でも、三号くんに出会って。
僕は、はじめて自分の力で誰かを守りたいと思った。
この身を犠牲にすること以外の、誰かを『守る』方法を真剣に考えた。
その結果、たくさん空回りをしたし見当違いのこともたくさんしたけれど……でも。
やっと、ほんの少しだけ……。
自分で自分のこと、好きになれたんだ。
一号、キミのおかげだよ。
キミに伝えたいことがいっぱいある。
なのに、こみ上げる感情の渦が喉元で渋滞を起こして全く言葉にならない。
「僕は、ぼく、は……」
「……無理すんな、分かってるから」
那由多くんを宥めるように頭を撫でていた一号の大きな手が、僕にも降ってきた。
「えっ?」
「お前も、本当によくやったよ。ありがとうな」
「い、一号……!」
「なんだぁ〜? お前まで泣くなよ〜?」
無遠慮に頭をゴシゴシと撫でられる。
この年齢になってそんなことをされるのは正直恥ずかしいけれど、不思議と一号の手は安心した。
ずっとこの手に頼っていたい。
いや、頼っていたかった。
でも……行かないと。
大丈夫。
僕はもう一人じゃないから。
僕はゆっくりと目を閉じて、深呼吸してから目を開けた。
一号のやさしい手をソッと外す。
「……ありがとう、一号」
「おぅ、気にするなよ。俺がここにいるのも、お前たちのおかげだし」
「どういうことなんですか?」
赤い目を擦りながら、那由多くんが尋ねる。
「イエローハウスにも、色々スイッチは仕掛けてただろ? 今回は那由多の台詞と、浅葱の行動がスイッチになったから出現できたんだ! でも揃う確率はかなり低かったな〜。俺はもう『あの世』のものだから、『この世』に出てくるには厳しい条件をクリアしないといけないし、その条件が達成しにくいものであればあるほど、俺は俺らしく『この世』に出てこれるってワケ。ホラ、ソシャゲのガチャだって確率が低いほどレア度高いじゃん?」
「が、ガチャのたとえはよく分かんないけど……」
「兄ちゃんのたとえが分かりにくいのは、いつものことです」
「つまり、俺は本物ってことだ! ……あのな、本当に時間がないんだって! こんなややこしいことになったのは……浅葱! お前のせいなんだからなっ!!」
「えっ……僕っ!?」
全く身に覚えがない。
「
「ぼ、僕なにか言ったっけ?」
「『僕がキミを助けるから!』って言ったじゃん。いや〜お前の口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったぜ。聞き間違いかと思った! ……助けてくれるんなら、少ない可能性に賭けてみようと思ったんだ」
「覚えてますか? 浅葱さん」
「あんまり……夢中だったし……」
「なんでだよっ! そこは覚えておけよっ!!」
「………」
「………」
「……ふふっ」
三人のうち、誰かの笑い声がした。
「もしも……三人で『ゴーストイーター』やったら、こんな感じなんだろうね」
「そうですね」
「そうだな。そんな未来が……あればよかったな」
床に転がっていた一号のカメラがまたジジジ……と不気味な音を鳴らし出した。
「……でも、そろそろお別れだ」
マイゴッドがソファの影から、様子を伺うように僕たちの姿を見ている。
「いい加減、マイゴッドにご主人様を返してやらないとな」
「にゃあ、にゃあ」
「お前たちを殺してしまう前に、間に合って良かった」
一号が手招きすると、マイゴッドはするりとソファから抜け出した。
「……一号ッ!」
「んー?」
一号が行ってしまう。
まだまだ、たくさん、同じ時を過ごしたいけど……今、彼に伝えたいことは一つだけだ。
「僕たちは、キミを助けに来たんだ!!」
「兄ちゃんを
一号は最後に何か言いたそうな顔をしていたけれど、僕たち二人の顔を見比べて満足そうにクシャッと笑うだけで何も言わなかった。
「ニャ!」
マイゴッドが一号に飛びかかる。
一号は冷たい床に倒れ込んで、そのまま動かなくなってしまった。
ラフィに戻ったのだろう。
「………」
暗闇の中では、再び
一号が残したお札の両端を持つ那由多くんの指先が少しだけ震えていたから、彼女の細い指に手を添えた。
「那由多くん。大丈夫? 僕がやろうか?」
「できます。……私、浅葱さんと二人なら」
息を大きく吸い込んだ那由多くんは、一号のカタチをした
その瞳には、もう怯えの色はない。
僕がよく知る、ウスバカゲロウ三号くん。
そして同時に、那由多くんでもある。
僕の、大事な女の子。
「兄ちゃん……」
グッと力を込めて、二人でお札を引き裂いた。
僕にだけ聞こえる大きさで、那由多くんが告げる。
「あいしてる。だから、バイバイ」
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