魔王ロスが広がったので『カンスト99999ダメージの攻撃しかできないスキル』のせいで勇者のパーティを追放された過去を持つ俺が魔王になってやった

桜草 野和

短編小説

 勇者のパーティが魔王を倒してから2ヶ月後――





 洗濯物が風に吹かれて揺れている。魔王がいた頃は、洗濯物を干すだけでも命がけだった。勇者アーキスが魔王を倒してから、「安心して洗濯物を干せる」と村人たちは、そんなささいなことでも喜んでいた。すべては、勇者アーキスとその仲間たちのおかげだと感謝していた。





 しかし、今では勇者アーキスに感謝している者は、ゼロに等しい。





 魔王が倒されてから、建物が破壊されなくなり大工やレンガ職人、ガラス職人の仕事は減り、世界中の兵士たちのほとんどが解雇され、食料も簡単に手に入るようになって物価が下がり、経済はたちまち落ち込み不景気になっていた。





「このままでは世界恐慌になってしまう」





「魔王がいた頃のほうが良かった」





「魔王に復活してもらいたい」





と魔王ロスが世界各国で広がっていた。














 『ミオック村』外れの小屋――





「干し芋と交換してもらえた。ほら、食べろよ」





「……」





 俺は鍛冶職人として生計を立てていたが、魔王が倒されてから仕事が激減して、今は懐中時計を作ってなんとか食べている。





「アーキス、お前は正しいことをしたんだ。責任を感じることはない。それくらいしか用意できなくてすまないが、食べてくれよ」





「……ありがとう。モグッ。おいしいよ……」





 俺は居場所がなくなっていた勇者アーキスをかくまっていた。





「ルドファー、本当にありがとう。俺はお前をパーティから追放したというのに……」





「昔の話さ」





 そう昔の話だ。俺が勇者アーキスのパーティだったことを知る者はもういない。


 俺は、『カンスト99999ダメージの攻撃しかできないスキル』のせいで、勇者アーキスのパーティから追放された。











「ルドファーは、お前は確かに強く、大切な戦力だ。しかし、お前が攻撃をすると、街や森の自然が不必要に破壊されてしまう。悪いが、勇者としてこれ以上黙認はできない。ルドファー、お前をパーティから追放する」





 そんなことが5年ほど前にあったのだ。例え、スライム1匹倒すだけでも、俺が攻撃をすると、99999ダメージを与えて、スライムだけではなく周囲を破壊してしまっていた。














 干し芋を食べ終えたアーキスが神妙な面持ちになる。





「実はルドファー、ここに来たのはお前に頼みがあったんだ」





「俺に魔王になってほしいんだろ?」





 アーキスは、





「どうしてわかったんだ?」





と驚いた顔をしていた。





 経済が落ち込み、世界各国の人たちが困っている。経済を手っ取り早く回復させるカンフル剤は、やはり新たな魔王が誕生することだ。





 魔王ロスが広がる中、『カンスト99999ダメージの攻撃しかできないスキル』を持つ俺は、魔王になるにはうってつけの人物だと自分でも思っていた。





 でも、どうやって魔王になればいいのだ? 適当に暴れれば、自称魔王でもいいのだろうか? そのへんがわからなかった。








「女神の神殿に乗り込み、女神を怒らせることをすれば、魔王として認められる」





とアーキスが教えてくれる。





「わかった。俺、魔王になってくるよ」





「ルドファー、次会う時は……」





「手加減なんかしたら許さないからな。またな、アーキス」





 俺は魔王になるために女神の神殿に向かい、アーキスはパーティを集めに行った。

















 女神の神殿――





 俺は衛兵を片っ端から倒すと同時に、神殿の大部分を心の中で謝りながら破壊した。





 そして、女神シフォンヌと出会った。噂には聞いていたが、息をのむ美しさだった。艶やかで長い髪と、吸い込まれそうになる大きな瞳が、青・緑・赤・金・銀・白・黒・紫とランダムに色を変えている。





 魔王になるには、女神が嫌がることをすればいいのだろう。神殿を破壊するだけでは不十分だろうか。でも、女神を殴ることなんてできないし、困ったな……。





「ルドファー、あなたは本当に魔王になるつもりなのですか?」





 なるほど。女神は俺の心を読めるようだ。





「はい。俺を危険な魔王として認めてください」





「私を殴ることもできない心優しいあなたが魔王になれるのですか? 人間たちを襲うことができるのですか?」





「……。怪我させないように、気をつけて慎重に襲います」





「それでも、誰かを殺してしまったら? それが魔王ロスが広がっているこの世界を救うためだったとしても、ルドファー、あなたは自分を許すことができるのですか?」





「はい。許せます」





「ダメです。そんなことでは魔王にはなれません。魔王は、人間を殺してもいちいち、自分を許すかどうかなんて考えません。それに、今、嘘をつきましたね。誰かを殺してしまったら、自分を許せず永遠に苦しむことになるのに……。はっきり言って、ルドファーは魔王に向いていません。むしろ、アーキスのほうが」





 バシッ。俺は無意識に女神シフォンヌをビンタしていた。つまり、99999ダメージを与えてしまった。幸い女神シフォンヌは無事だった。気をつけねばならない。





「アーキスは魔王を倒して世界を救った……はずだった勇者です。女神様でも、侮辱することは許せません。今すぐ、俺を魔王にしてください。世界中の人たちが魔王の復活を待っているのです。俺はどうなったってかまいません」





「……。わかりました。そこまで覚悟があるのなら、ルドファーを魔王として認めましょう。ただし、一つだけ条件があります」





「何でも言ってください」





「私をさらっていくのです」





「えっ?」





「我が名は女神シフォンヌ。今ここに恐ろしき魔王ルドファーが誕生したことを宣言します! 勇者アーキスよ、魔王ルドファーを倒すのです!」





 女神シフォンヌの声が、空から降ってきた。


 遠くにあるはずの街からも喜びの歓声が聞こえてきた。


 花火を打ち上げている街もあった。どうやら、世界中に俺が魔王になったことが伝わったようだ。





 よかった。

















 半年後・魔王城――





 勇者アーキスのパーティと前魔王の激しいバトルによって、壊滅状態だった魔王城も、仕事を失っていた大工たちによって、見事に建て直された。





 賃金は女神シフォンヌが貴重な宝石を売ったお金で支払ってくれた。








「上手いこと建物と田畑を適度に破壊できたよ。最近は俺の顔を見ただけで、みんなが逃げてくれるから助かる。怪我人は出ても、命を奪うようなことはしないですむ。あとシフォンヌがくれた“ドラゴンの翼マント”最高だよ。ひとっ飛びでどこにでも行ける」





「人に嫌われてこんなに喜べるのは、ルドファーくらいね」





「絶好調だよ。景気も上向いているし、よかった。よかった。でも、一つわからないことがあるんだ。どうして、俺がシフォンヌをさらう必要があったのさ。城まで直してくれて」





「今にわかるわ。残念ながら」





「どうやら、良い話ではなさそうだから、今は聞かないことにするよ。疲れたから先寝るよ。おやすみ、シフォンヌ」





「おやすみなさい、ルドファー」











 俺はベッドに倒れこむと同時に眠る。ここのところ毎日こうだ。世界は広い。休日はなく、少し眠ったら、また違う街を襲いにいかないと行けない。思っていたよりも、魔王の仕事は重労働だった。














 とある村ーー





 俺がやって来た時には、村中の家が燃やされ、村の男どもが息絶えていた。





 犯人は仮面をしていたが、気配でわかった。





「アーキス、どうしてこんな酷いことを?」





 アーキスは仮面を外し、





「ルドファー、お前が悪いんだ。お前が生ぬるいことをしているから、いまいち魔王が怖がられていない。前魔王くらいやってもらわないと、世界中の奴らが勇者を必要としてくれないから困るんだ。だから、仕方なく俺がこうやって“魔王の手下”として、活動しているのだ。さすがに、女子供は逃がしてやっているがな」





「た、助けて……」





 燃えている家から出て来た男を、容赦なくアーキスが斬り殺す。





「俺も腕が鈍っていたから、ちょうどいいリハビリだよ」





「活動しているって? アーキス、お前が襲ったのはこの村だけではないのか?」





「そうだな、“魔王の手下”として、ざっと30くらいの街や村は襲ったかな」





 俺の顔を見ただけで、みんなが逃げるようになったのは、そういう理由があったのか。





「それじゃ、ルドファー、もっと魔王らしくちゃんと暴れてくれよ。俺だって“魔王の手下”をやっている場合ではないのだよ。前魔王より強いお前を倒すためにパーティを探さないといけないのだから」





 アーキスが仮面をかぶって、去って行こうとする。





「その必要はない」





 俺がそう言うと、





「えっ?」





とアーキスが立ち止まる。





「魔王が勇者を逃すと思うか?」





「ちょ、ちょっと待てよ。俺はまだパーティが揃っていないのだぞ!」





「それがどうした?」





「それがどうしたって、卑怯じゃないか!」





「ちゃんとした魔王になってほしいのだろ? 勇者がパーティを揃えるまで待つつもりなどないわ! 今、ここでお前を始末してやる!」





「ルドファー、お、落ち着けよ」





 アーキスの声が恐怖で震えている。





「これが魔王の怒りの拳だ!」





 俺はアーキスを思い切り殴る。まぁ、全力で攻撃しても、力を抜いて攻撃しても、与えるダメージは、カンストの99999になるのだが。





「……ルドファー、冷静になるのだ。これが皆のためなのだ!」





 この惨事が皆のためだと? やはりアーキス、お前を逃すわけにはいかない。





「アーキス、不思議だ。俺は今から初めて、人を殺すことになるが怖くない。たぶんそれは、魔王になったからではなくて、相手がお前だからだ。ドリャーー‼︎」





 俺はアーキスに、“五連魔王拳”を喰らわせた。技の名前は今考えた。再考する必要があるかもしれない。





「た、助けてくれ……」





 さすがは勇者。まだ生きているのか。瀕死のアーキスが命乞いする。





 するとそこに、クワやカマを持った村の女たちが集まって来る。





「待て、俺は勇者だ……。こいつらを殺したのは魔王なんだ」





 アーキスは仮面を外そうとするが、俺にボコボコにされて、体を動かすことができない。





「貴様! この魔王様の手下の分際で獲物を横取りするとは何様のつもりなのだ! 貴様などもういらぬわ」





「まっ、待ってくれ、ルドファー」





 俺はアーキスを残して、“ドラゴンの翼マント”を羽ばたかせて、飛び去った。














 魔王城ーー





 女神シフォンヌが待っていた。





「全部、知っていたのですか?」





「はい」





 バシッ! 俺は女神シフォンヌをビンタした。もう一回、ビンタしたかったが、『カンスト99999ダメージの攻撃しかできないスキル』のせいで、殴るのを我慢するしかなかった。





「なぜ、アーキスの行動を黙認していたのですか?」





「勇者の行動には、女神とて口出しできないのです。アーキスの行動によって魔王が怖がれるようになったのも事実です。そして、世界各国で兵士が増え、食べ物の価格が上がり、経済が回復の兆しを見せているのも事実です」





「ここから出て行ってください。そうでないと、俺はシフォンヌを殺してしまいそうだ」





「だから、私はここから離れるわけにはいきません。ルドファー、あなたから離れることはできません。あなたは今、本当の魔王になりつつあります。私はそれを止めねばなりません」





 シフォンヌが俺を抱きしめる。





「これからは、勝手に“魔王の悪事”が加速します。ルドファーが無理して、世界中を破壊しに行く必要はありません。働き詰めだったのですから、しばし休養してください。ルドファー、お願いだから、1人で背負わないで、ゆっくり眠って。ねぇ、お願いだから」





 魔王の悪事が加速するとはどういうことだ? 勇者アーキスはもう退治したぞ……。俺はそう疑問に思いながら、シフォンヌに抱きしめられた温もりの中でいつの間にか眠っていた。














 それからは、アーキスのように魔王の仕業にして、非道な行いをする奴らが激増した。





 どんどん魔王ルドファーは恐れられる存在となっていった。





 シフォンヌが言っていた通り、俺が何もしなくても、“魔王の悪事”が加速していた。











 もし、シフォンヌが側にいてくれなかったら、俺は自分では何もしていないとはいえ、その事態に耐えられず、心が闇に支配され完全に魔王になっていたことだろう。











 山賊の砦ーー





「シフォンヌ、あいつらで間違いないかい? ふもとの村を襲った連中は?」





「はい。あのクソヤローどもです。それに、今日も隣の村を襲う気でいます」





 最近、シフォンヌの言葉遣いが荒っぽくなってきた。人間の世界と深く関わり続けることは女神にとって大変なストレスなのだろう。





「すぐ倒して戻ってくるから」





 こうやって俺は、酷い行いをした者をシフォンヌから教えてもらい、退治していた。











 4年後・魔王城ーー





 俺とシフォンヌの間に、子供ができた。





 シフォンヌのお腹の中で活発に動いている。





 さぞかし、元気な赤ん坊が生まれて来ることだろう。











 世界経済はすっかり回復していたが、相変わらず魔王という存在を利用して、悪事を働く奴らが横行していた。





 俺はシフォンヌに、そいつらのアジトを教えてもらい、誰にも見られないように日々退治していた。

















 そして世界中の人々は、勇者ロスに陥っていた。











「勇者様! 早く現れて魔王を倒してください!」

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