路地裏のメリークリスマス 2


 コンビニの脇から続く細い路地は、畑と点々とある住宅地だけで、街灯の明かり以外真っ暗だ。リホの家は五分とかからないところにあるため、足早に帰るのが常だった。今日も、身体に疲れを感じながら、大股で急ぐ。

 いつもと違うのは、帰り道に白い服を着た人が居たことくらいだ。

 こんな時間に誰だろう。

 通り過ぎてしまおうと、リホがペースを早めて歩いていると、視界に映る白い服の人が、やがてはっきり輪郭が露になってきた。

 その人物は、少し高く作られた駐車場のヘリに腰を下ろしてすすり泣いている。問題は、服装がスレンダーラインの純白のドレスだったことだ。

 なんで花嫁がこんなところに。

 リホも驚きのあまり、思わず立ち止まってしまった。

 

「なに、してるの」


 声をかけるか迷った挙げ句、リホは勇気を出して声をかけた。

 顔を上げた花嫁は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも美しかった。

「戻りなよ」

 幸せになりたくて、それを着ているのではないか。

 リホは着る覚悟が無くて逃げ出したのに。

「貴女に何がわかるの」

 花嫁の言葉に、リホはカチンときた。

 確かに見ず知らずの他人だ。

 でも、人生の岐路に立っているのはリホも彼女も同じだった。

「わかんないよ、あんたの事情なんて。でもさ、結婚したくても素直に出来ないあたしの事情だってあんたは知らないでしょ」

 リホのマシンガントークに花嫁は口をつぐむと、また大きな瞳に涙を浮かべた。

「……だって、わからなくなっちゃったの。わたし、ただ結婚したかっただけなんじゃないかって思ってしまって」

 彼女は嗚咽混じりに、ぽつりぽつりと吐き出す。

「彼のこと好きなはずなのに、急に自信がなくなっちゃったの」

 周囲の人が結婚していくのを見て、焦っていた彼女は彼に結婚をする気があるのか問い詰めてしまったらしい。

 結果彼はプロポーズをしてくれたけど、自分の気持ちを押し付けてしまったのではないか。ドレスを身に纏った瞬間に、彼女は恐れて逃げ出してしまったということだ。

 リホは隣に腰を下ろして話を聴きながら、自分のことを振り返っていた。

 タイミングは違えど、結婚というものにプレッシャーを感じて逃げ出してしまった点で、リホも彼女も似通っている。

 リホの彼氏、レンは今も答えを待っていてくれてはいるが、もう二ヶ月だ。普通の人間なら、嫌気が差す頃だろう。

「ねぇ、あんたお酒飲める人?」

 リホはトートバッグから、缶チューハイを二本出すと、片方を彼女に差し出した。

「今日クリスマスじゃん? 付き合ってよ」

 彼女はおずおずと受け取る。

「はい、メリークリスマス」

 リホは彼女の受け取った缶に、自分の缶をこつりと当てると、プルタブを開けて勢いよく流し込む。

「ふふ。メリークリスマス」

 ――やっと笑った。

 トートバッグから、コンビニの袋とストールを取り出す。先にストールを彼女に手渡して、リホはコンビニの袋からチキンを出した。

「チキンもケーキもあるよ」

「頂いていい? お腹すいてたの」

「どーぞ」

「……いただきます」

 彼女がストールを肩に巻き付けたのを見届けると、チキンをかじって、チューハイを飲んだ。仰ぐと、星が宙いっぱいに瞬いていた。

 東京にいるときは見えなかった、小さな星までよく見える。今、どのくらいの人がこの夜空を見上げているだろう。レンも、見上げているだろうか。

「なんでさ、簡単なことを難しくしちゃうんだろうね。あたしもあんたも、聞けばいいことなのに」

 好きだの、愛してるだのは、きっと何回聞いたところで満足はしないだろう。

 それでも、こうして逃げ出すことはなかったかもしれない。

「そうね」

 彼女はチキンの包み紙をくしゃりと丸めると、リホと同じように夜空を仰ぎ見た。

「……ありがとう。わたし、結婚式、挙げようと思う」

 花嫁の横顔は、先程まで泣きべそかいていた人物とはまるで別物だった。

「サンタさんもいないし、ここにいても奇跡は起こらないものね」

 ストールを外すと、丁寧に折り畳んでリホに返す。

「彼と、ちゃんとお話するわ」

「うん。それがいいと思う」

 花嫁は立ち上がると、耳に付けていたイヤリングを外して、リホに手渡した。

 ブルーのストーンをあしらった、小花のリースを象ったイヤリング。

「これって」

「サムシングブルー、受け取ってほしいの。素直になって、貴女も幸せになってね」

 笑顔で式場へと駆けていく花嫁を見送って、リホはイヤリングを握りしめた。

 残された二つのケーキ。スマホを手に取ると、着信履歴の一番上の番号に電話かける。

「もしもし、あたし。リホです」

 仕事が忙しいと言っていたレンだったが、三コールで出てくれた。

「どうしたの、リホからかけてくるなんて珍しいじゃん」

 声を聴くだけで、初めて出会った頃を思い出す。

 リホは歌手を目指して上京した。けれど、いくらオーディションを受けても、デモテープを送っても良い返事はない。

 それでも諦めたくなくて、すがり付いて、ボロボロになりながらも歌った。

 昼下がりの公園。練習でギターを弾きながら歌うリホに声をかけたのはレンだった。

 ありきたりな、「綺麗な歌声だね」って言葉だったけれど、リホにとっては一筋の光明だった。


 ――あたしも戻ろう。夢を叶えられるのは、レンの傍でしかない。


「あたし、やっぱり歌手になりたい。結婚しても、歌っていたい。夢を追いかけていたい。

 それでもいい?」

「リホから歌を取り上げたりしないよ。俺がリホの初めてのファンだからね。……改めて、俺と結婚してください」

「……ねぇ、まだ、電車あるよね。やっぱり直接聞きたい」

「え? ええ?」

 慌てふためくレンの後ろで、書類が崩れた音がする。

「今から行くから」

 二個入りのケーキと小さなパーティーで出たゴミをトートバッグに突っ込んで、リホも駆け出した。

 ――サンタさんもいないし、ここにいても奇跡は起こらないものね。

 先程の花嫁の言葉が、リホを奮い起たせた。

 路地裏から通りに出ると、きらびやかな式場が見える。彼女は無事に式を始められただろうか。

 タクシーを呼んで、電車に乗り、イルミネーションで輝くクリスマスの街を駆け抜けた。

 頭の中に、メロディが次々と浮かんでくる。

 リホは愛しげに口ずさんだ。

 レンに一番に聴かせよう。


 サムシングブルー。

 路地裏の迷い人。


 そして、素直になれない、大人達へ。

 メリーメリークリスマス。



おわり




 

 








 


 

  

 

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路地裏のメリークリスマス 美澄 そら @sora_msm

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