大海原ステアーズ

齋藤はやお

眺海 - 1:彼と走り出す

 そろそろ冬か、と感じる頃。何時間にも渡って、大きな会場から全国放送される音楽の特番、そのトリ。

 かれこれ10年以上、ファンである俺は、がさつくワンセグ画面を食い入るように見ていた。


 なんとも和やかな人気5人組は、ヒットソングを2曲披露し、会場は今日一番の盛り上がりを見せた。

 小さなスマホ画面越しに、俺は800km先の彼らへ声援を送った。


 その翌日、俺は階段をのぼることになる。


 *


「…っとぉ、こんなもんか」

 最後のフレーズを打ち込み、エンターキーを思い切り叩きたいところではあるが、あいにく2段ベッドの下で相方が寝ている。静かに上書き保存をし、ワープロソフトを閉じた。


【 21:24 11月28日(火) 】

 スマホのロック画面で時刻を確認すると、書き始めてから5時間は経っていた。

 あっ、夜飯食いのがした.. と気づく頃には、自分の腹の鳴き声が聞こえた。

「仕方ねぇ、今日もカップ麺か」

 2段ベッドから飛び降り、電気ケトル片手に部屋を飛び出し、水を入れた。この寮のめんどくさいところは自室に蛇口がないところだ。高専こうとうせんもんがっこうの寮で自室に蛇口があるほうが珍しいのかもしれないが。


「今日もカップ麺か、からだに悪いぞ」

 物音で起きたのか、相方がベッドの下からこちらをのぞかせている。俺はといえば、机の下の箱からいつもの醤油ラーメンを取り出し、かやくをかけているところだ。

「言うて、弘也ひろやだって寝過ごしてるだろ。もう9時半だぞ」

「仕方ねぇ、眠かったんだ」

 彼こそ、学校から帰って来てからずっと寝ていた。徹夜で勉強していたから当然といえば当然だが。


 お湯ができるまで手持ち無沙汰な俺は、5時間ぶりに自分のスマホでSNSを開いた。自分が登録している人が書き込んだ内容が、時系列ごとに流れるタイプのやつである。

 いつもより多めの未読投稿をスラスラと、一つのニュース投稿に目が止まった。

「あれっ、今日だったのかよやべぇやべぇ」


 目に止まったのは、大手ネットニュースの一つの投稿。【過去最多の出演者で彩る今年の“ベスト・ミュージック”は今日夜7時から】とリンクが貼られた投稿には、すでに1万以上の高評価が押されている。


 投稿は今から3時間前、完全に忘れていた。


「今日の朝までは覚えてたんだけど..」

 言い訳をしながら、机の引き出しから昔使っていたスマホを取り出し、充電ケーブルをつなぐ。この部屋にはテレビがない。今使っているスマホにはワンセグ機能はないため、前使っていた古いスマホで見るしかない。


 沸騰しているお湯もそっちのけで、チャンネルをあわせる。やっと電波をつかんで画面に映し出されたときには、歌手紹介が始まっていた。

「トリで良かったぁ」

 一人、安堵の表情を浮かべながらイヤホンをつなぎ、かやくのかかったカップ麺にお湯を注いだ。




 無人の部屋に、朝を感じさせる柔らかな曲が鳴り響く…

 否、2段ベッドの上、毛布にくるまる少年が一人。


 俺は、スマホの画面に指をスライドさせ、アラームを止めた。3回めである。1年の頃はこんなことしなくても、もっと早い時間に一発で起きることができたけれど、寮生活2年目にもなると、このルーズな朝に慣れてしまった。

 現在時刻は8時32分。ちなみに学校のHRは8時50分。


「んぁ、そろそろ起きないと」

 ようやく決意して、寝ぼけながら準備し、リュックを背負って学校へ向かう。

 日常だ。



「はーい、モノ仕舞ってー。カバンは椅子の下に置けよー」

 先程の言葉を訂正する。今日は日常ではなかった。

「昨日もっと勉強しとけばよかった..」

 そう思うのも虚しく、問題用紙が前から回ってきた。

 黒板にはでかでかと「後期中間4日目」と、担任の癖のある字で書いてある。


「はじめ」

 チャイムと同時に、試験監督の先生が告げた。




「総合英語、再試確定だわ」

 寮へ帰る道すがら、呟いた俺は消耗していた。

「おつーかれさん、再試頑張れよぉ」

「ナンチャンは余裕だからいいよねぇ、再試がんばるわ」

 俺より10cmほど高い彼は、クラス席次トップ常連さんである。おまけにイケメンで人がいいから、神様は不平等だ。

「まっ、再試で必ず取れるからいいじゃん、疾風はやては」

「そりゃ、再試で落としたらヤバいっしょ。落単はしたくないよ、俺」

 言いつつ心の中は余裕である。再試なんかでへこたれちゃ高専生じゃない。


「その意気だ、ガンバ」

 笑みがかった声に、俺はいつもどおりを取り戻した。




 今日のテストは2科目だけだったため、昼前に寮へ戻った。テスト期間の数少ない利点だ。

 食堂で昼飯を食べ、部屋へもどった俺は机上のパソコンを立ち上げた。明日の科目に備えてテスト勉強するのが妥当なのかもしれないが、明日は1科目のみである。せめて夕方までは遊んでいたい。


 スリープモードに入れていたのか、いつもより早めにデスクトップへたどり着いた。フォルダアイコンのうしろでは、昨夜テレビで歌って踊っていた5人組アイドルが微笑んでいる。


 ブラウザを立ち上げ、ブックマークの一番上からいつものページへ飛ぶ。

 表示されたのはブログの管理画面。


「おっ、コメントついてる」

 管理画面のトップには、新規コメントを知らせるお知らせが出ていた。

 すぐさまアクセス解析のページをロードする。


 ☆

 ☆


「はぁ?」

 数秒ほど、理解するのに時間を要し、いつの間にか大声で叫んでいた。自分の声に驚く。相方がいなくてよかった。


 基本的に自分の趣味や日記を連連と書き、たまに気が向いたときには曲の歌詞を書いていた。歌詞はいつも、日記の一番下に貼り付ける。

 歌詞を貼り付けた記事は総じて評価が高く、最近アクセス数も伸びていた。


「…に、しても。1日で1000000アクセスはおかしいだろ」

 アクセス解析ページのトップに表示されている、日間アクセス数は “1000000” だった。わかりやすいように書き直すと、1 x 10^6 。つまり100万アクセス。


 これまでは、月間アクセスが30万を超えたらいい方だった。これが今日は、1日で100万。月間に直すと3000万アクセス。1日で急にこうなるんだから、もう訳がわからない。


「にして、なんだよこの大量のコメント」

 その下には、信じられないほど大量のコメントが並んでいた。ブログ全体の高評価も1万を超えている。


 そのコメント群を10分ほど眺めた後、冷静になってアクセス分析を見直してみた。どうやら、この発端は昨日投稿した記事にあるようだ。全記事の中で圧倒的にアクセス数とコメント数が多い。


「こりゃ、広告つけとくんだった..」

 この後悔もあとの祭りである。そもそも高校生の年齢だと、広告の審査が通らない。




 学校から帰ってきたのが昼過ぎ、今は夕方の5時だから、たっぷり4時間ほど、高評価のコメントに浸っていた。“別にアクセス数が伸びなくても、自分が満足できればそれでいい”と続けてきたけれど、やはり評価されるのは嬉しい。


「このアクセスデータ、記念にとっとこ」

 アクセス解析に表示されるデータは、ファイルにしてメールで受信することができる。自分のメールアドレスを入力し、手続きを踏んだ。


 うかれながら、メーラーを開く。ブログの運営元からデータが届いてるのを確認して閉じようとしたが、その下にあった新規メールに目が止まった。

「なんだ、これ」

 銀行の明細や広告メールが犇めく未読メール一覧の中に、1件、見慣れないタイトルのメールが入っていた。



 それまでの、アクセス急上昇なんかとは比にならないほど驚き、そして、泣いた。


 内容は、簡潔ながら密度が濃い。


 *

 葵  メンバー 梅木 涼

 ハリーズ事務所 (Harry&Family,inc.)

 umeki-ryo@harry.family-co.jp

 *


 メール本文の最後に書かれた差出人に何度憧れたか。

 名前を見た瞬間、俺の脳内に電撃が走った。

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大海原ステアーズ 齋藤はやお @hayao-3110

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