第40話「あたし達は灰色探偵事務所なのよ!」

 僕はゆっくりと扉を開け、外の様子を伺う。

 すぐに何体いるのか数えるのもバカらしくなるほどのおびただしいゾンビの群れが目に入る。


 ゾンビ自体はそこまで強いモンスターではないが、数が数だけに、どこまで持つかが問題だ。


 万全な装備ならいざ知らず、今はコートも置いて来ているし、アイテムも殲滅させるような範囲ダメージを与えられるものは持ち込んでいない。


 僕らにとって最小限のリスクになる行動はどれか考えていると、横からニョニョが扉を蹴り開けた。


「ティザン。あたしに作戦があるわ!」


「一応どんな作戦か聞いていいかな?」


「もちろん、正面突破よ!!」


 ニョニョはゾンビに向かって行くと、一番近くにいた個体を殴り飛ばした。


 ゾンビはニョニョのレベルと装備でも一撃でほふられる。


「ああっ! もう! どうなっても知らないからね!!」


「あたしとティザンなら大丈夫よ!!」


 ニョニョはゾンビからの反撃に合いながらも着実に敵を倒していく。


 でも――


「すでにそんなに喰らってたら、身が持たないよ!!」


 僕は、ニョニョとゾンビの間に割って入ると、短剣で一閃する。

 炎属性が付与されている今の短剣は効果抜群で、かすった程度でも敵を倒していけた。


 四方から囲まれるよりは、まだマシだと判断し、僕らは壁を左手にし、突き進む。


 100、200、300体、一騎当千級に倒したはずなのに一向に減らないゾンビ達、ティザンやニョニョのHPはまだまだ余裕があるけど、僕はじんわりと浮かぶ汗に焦燥しょうそう感を駆り立てられる。


 グロテスクなデザインのゾンビ。振るっても振るっても遅々としか進めない焦り。プレイヤーとしての、エルク彼女メメの体力がガリガリと削れて行く。


らちが明かないなっ!! ニョニョは平気?」


「大丈夫。問題ない!」


 すでに肩で息をしており、疲労の色が見える。


「その台詞は大丈夫じゃないときのだよっ!!」


 僕はニョニョが少しでも休めるように、全方位の敵を倒していく。


「ティザン! 大丈夫って言ってるでしょ! あたしの方まであんたが倒してたら前に進めないじゃないっ!」


「でもっ!!」


「でもじゃないっ!! あたし達は灰色探偵事務所なのよ! 依頼を最優先にしなさいよっ!! 背中はあたしに任せたんでしょ!!」


「ッ!!」


 どうやら、僕は覚悟が足りなかったようだ。

 そうだよね。今、僕が、僕らがやらなくちゃならないことは――。


 僕はニョニョに背を向けると、前のゾンビだけを倒す。


 先ほどより、ハイペースに進む中、ニョニョも懸命について僕がゾンビに囲まれないよう倒す。けれども確実にニョニョも女々もHP体力が減っている。


 けれども、そこで、とうとう目的地の扉、座谷ざたにさんの部屋が見えたのだけど。


「おいおい。なんだよ番匠谷ばんしょうやさん。さっきから用意周到すぎるでしょ!」


 僕の目の前に現れたのは、オーガゾンビ。

 簡単に説明するならば、ゾンビ系モンスターの上位種で、レイドボスのドラゴンゾンビに次ぐ強さを誇る。


 外見は、本来は猛々しく隆起する2本の角の片方は折れ、もう片方は黒くくすんでいる。

 体もゾンビとは比べ物にならないほど大きく、筋肉もこれでもかと隆起しているが、ところどころ腐り落ちている。


ダメだ。倒すだけならなんとかなるかもしれないけど、その間に確実にニョニョがキルされる。もしそうなったら、座谷さんを守りながら戻るのは絶望的だ。


どうする? どうする? どうする? どうする? どうする?


 僕の頭の中がぐるぐるぐるぐると同じ事が堂々巡りしていると、不意にニョニョの口角が吊り上った。


「あたしの作戦が間に合ったようね」


「え? 作戦?」


 その瞬間、ゾンビが数十体空へと舞い上がり、消えて行った。


「おいおい。雑魚ざこらしって聞いてたんだが、ちょいと数が多いんじゃあないか?」


 ゾンビを一度に蹴散らしながら現れた最強の男は、ニョニョに文句を言いながら、大剣を肩へとたずさえた。


「スティングッ!?」


 ここにいるはずのない人物に僕は驚きの声を上げた。

 けれど、ニョニョはまるで来るのが分かっていたかの様にいたって冷静に声をかける。


「なかなか、劇的なタイミングでの登場じゃない!」



 スティングがまるでわらの家を壊すかの様に簡単に進んでくる間、ニョニョから説明を受ける。


「ティザンが外の様子を伺っている間にね。アリーに訪ねたのよ。参加者が外部から何かを持ち込むのは禁止だけど、立会人にはそんなルールないわよねってね」


「え。それで、返事は?」


「普通はダメなんでしょうけど、『イーノ』はそういう裏をつく方法が大好きだから、もちろんOKよ。だって」


 ニョニョはアリーを真似て、女王の様な口調で伝える。


「なるほど、それでスティングを呼んだって訳ね」


「ええ、あたしが知る中で一番強いプレイヤーだしね」


 それには賛同するしかない。僕が知る中でもスティングは最強のプレイヤーだ。


「よぉ。待たせたな!」


 そんな会話をしていると、あっという間にスティングは僕らと合流を果たした。


「あとはあのデカブツを倒すだけだね!!」


 僕はニョニョのおかげで降って沸いた希望に思わず頬を緩めながら、ゾンビオーガを見据えた。

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