服という武器と試着室

 落ち着かない。まず最初にあたしが思ったことはそれだった。


「うーん、こっちもいいけど。でも青葉ちゃんならこっちの色も……どっちがいいかなー」


 休みだからかそこそこお客さんもいる。あたしと同年代だけど全く雰囲気の違うその子達が目に入るたびにあたしがここにいていいかわからなくなる。

 ただ、光莉から逃げる自信もなければ外に夏樹がいるから逃げ道そのものがない。あたしは早く終われと願って光莉の選定を待つことしかできないわけだ。


「ひとまずこれかな? いや、でも……あ、これいいじゃん!」


 しかし光莉がさっきから手に取ってる服とかがあたしに似合うとは自分で絶対に考えられないものばかりで決まってしまうのも怖い。

 なんとなく黒系だったりキュートの中でもまだボーイッシュな雰囲気のゾーンで気持ちを落ち着けていると後ろから肩を掴まれた。

 ゆっくりと振り向くととても良い笑顔の光莉がいる。その手にはもちろん先程まで悩んでた中から選ばれた武器ふくが握られている。


「試着室いくよー!」

「断るって言ったら?」

「もう遅い!」

「うん……わかってた」


 あたしはおとなしく試着室に連行された。

 流石に試着室の仲間で入ってくるようなことはなかったけど、入ってしまった以上逃げられるわけもない。ひとまず試着してみるしかないのかな。


 試着室の中で一人になって改めて押し付けられたものを見てみる。とりあえず大量に持ち込むのはマナー違反ということでワンコーデだけみたいだけど、あたしは初めての経験でしかないものだ。

 多分最後にこういうの着たのって小学校かそれよりまえであたし自信も好みとか分かってなかった頃だと思う。


「ま、まあピンクじゃないだけマシか」


 あたしはそう言い聞かせてひとまず着替えてみる。


 まずは青のミニスカートだ。この時点であたしに馴染みがない。さすがに制服で着てるから違和感とかはない。だけど鏡に映る自分がそれを着ていることには違和感がある。

 上は良くも悪くも白系のシャツだと思っていた。しかし、現実逃避を無意識に1つを見逃していたらしい。一緒にサマーカーディガンが用意されていた。もうこの時期に売ってるんだ。


 全部着てみてもやはり違和感だ。いつもはジャケットとかが多いし、それこそボーイッシュと言われるようなのとかパンクファッションみたいなのが多い。

 あとあたしだけかもしれないけど、スカートだと生足晒すのがすごい恥ずかしいというか不安になってくる。普段は平気なのにな。


 最終的には夏だからそんなにゴテゴテとしたり着る枚数は多くないけど、青白でまとまったミニスカコーデのあたしが鏡に映っている。


「いや、ないない……ないって」


 我ながら似合わないと思う。そりゃこういうのに興味がなかったわけじゃないけど、こうやって見てわかった。あたしにはやっぱりスカートは似合わない。


「青葉ちゃーん。大丈夫?」


 あたしが自問自答をしていると外から光莉が声をかけてきた。


「一応着てみたけど。やっぱり、あたしには似合わないって」

「見せて見せてー!」


 あたしはそう言われて恐る恐る控えめに試着室のカーテンを開いた。


「……やばい。予想外」


 あたしを見た瞬間の光莉の反応がこれだ。ハイテンションで「かわいい!」とか言われるの予想してたけど、唖然としている感じ。


「なんか新鮮だなー」


 そして何故か一緒に夏樹もいた。


「ちょっ、夏樹がいるって聞いてない!」

「いや、どうせ感想聞きたかったし見てもらおっかなって思ってたから一緒だよ! いやーでも、私が予想してたより可愛い!」

「いやいやいや!」


 必死に否定するものの光莉はあたしのことジロジロみてくる。さすがに女子通しでもそれは恥ずかしい。


「鷲宮くんはどう思う?」

「なんか気づいたときにはいつもジャケットとか着てたし夏もパンツっていうんだっけ? 詳しくないけどそっち系だったから制服以外のスカートがそもそも新鮮なんだが……なんかカチューシャつけたらすごい良さげ」

「それすごいわかる! このお店にアクセ系も売っててくれたら良かったのに!」


 何故かそう悔しそうな光莉。

 そして何でそんなに真面目に感想を夏樹は言ってるの。やばいぐらいに顔が熱い。絶対にこれ顔真っ赤になってる気がする。


「がっつりピンク系とか最初は着てもらおうと思ってたけど、元々寒色系のほうが雰囲気として似合うのかなー?」

「いや、それは普段のイメージだと思うぞ。ゲームで例えてあれだけどそれまでガッチガチの金属鎧着てたやつでも真逆のアイドル風のアバター着てたらそれはそれで可愛かったし」

「うーん悩むー! でも、ひとまずわかったよ。青葉ちゃんやっぱり素材がいい」

「いちいちあたしに聞こえるところで言うな!」

「なんかツンデレのヒロインみたいになってるぞお前」

「うっさいゲーマー! もう着替えるから!」


 あたしはそう言ってカーテンを閉める。そして鏡に映るあたし自身が目に入った。

 予想通りに耳まで真っ赤に染まっていた。

 あたしはもう元の服装に着替え始めると、まだ近くにいたらしい二人の会話が聞こえてきた。あたしは実のところ地獄耳ほどじゃないけど耳が良い。


「ところで、鷲宮くん妙に早口だったけどどうしたの?」

「いやな。……あいつには言わないで欲しいんだけど、可愛かったから面食らったというかな。感想言おうにもストレートに可愛いというのも恥ずかしいっていうか……そしたら早口になってた」

「ふっふーん。そうなんだー」

「な、なんだよ」

「いやー、青葉ちゃん可愛いよねーって」

「今更あいつに直接は言えないけどまあそうだな。あいつに手紙渡してくれとか頼まれたこともあるし」

「へー……それどうしたの?」

「自分で渡せって突き返した。なんか俺経由でやられるのは嫌だったからな」

「ほほう。ところで、もうこのさい直接聞いちゃうけどこれ青葉ちゃんに似合うと思う?」

「俺そういうの詳しくねえんだけどな。まあ、でも色的にはあいつ自身はこっちのが好きだと思う」


 くそ、自分の耳が良いことをこれほど恨むのは初めてだ。

 着替え終わって2人のもとに戻った時にも、あたしの熱が引くことはなく不思議な顔をされてしまった。あたし今日1日耐えられるかな。

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