呼び方

 午後の授業を眠いながらにどうにか耐えきってやってきた放課後。俺は何故か図書室にいた。本来なら昨日できなかった分も合わせて今日ゲームを帰ってやりたいというのにもだ。その原因は青葉とは別の幼馴染にして腐れ縁にある。


「いやーすまんな」

「すまんじゃねえよ。なんでお前の課題に俺が付き合わなきゃならないんだ」


 現在こいつがやっているのは日本史の課題だ。俺はすでに提出済みだがどうやら再提出を食らったらしい。さっき見せてもらったが正直授業聞いてれば簡単な課題の範囲だったんだけどな。


「日本史の加藤先生の話って眠くならねえ?」

「いや、まあ眠くはなるけど耐えてる。というか最悪日本史はノートとってればどうにかなるからな」


 俺も話を聞いているかと言われれば全く聞いてないけど黒板をしっかりノートにとってる。俺の印象では日本史は語呂合わせとかは後で調べても覚えられるから何が授業で出たかだけでもノートにとっておけばどうにかなる暗記科目だ。

 つまり話を聞いてなくとも寝ないでノートとっておけばどうにかなるわけだ。幸いにも加藤先生は誰かを刺して答えさせるようなことがない先生だからな。まあそれが眠くなる要因でもあるか。


「つかなんで図書室?」


 流れでこいつに連れてこられてはいいものの、教室でも別に教科書あればできるレベルだと思う。


「うちの教室今日は使うだろ。学級委員の集まり的なあれだっけかで」

「あれ、俺たちの教室だっけ?」

「俺らの教室だよ。じゃなかったら俺だって教室でやってるわ」


 全然忘れてた。朝のHRとか帰りのHRの話もわりと聞いてないからな。自分に関係あることだけは聞き逃さない都合の良い耳をしています。


「飛鳥文化だとか大化の改新だとかわからん」

「お前よく中学大丈夫だったな。別にそんな点数低くなかったろ?」

「あれだ。鎌倉とかより後はなんか好きだから結構覚えてた記憶がある」


 興味ないとやる気が出ない典型的なタイプか。


「あー、でも江戸時代は苦手というか長くてすげえややこしかった覚えもあるな」

「わからんでもないが……いいから早く終わらせてくれ。俺は帰ってFCQがしたい。というか帰っていいか?」

「駄目だ」

「俺ここにいても何にもならないだろ」

「監視してくれないとすっぽかして俺が帰る自信がある」


 自覚があるのはいいことだけど巻き込まないでほしい。


「わかったよ。じゃあ早く終わらせてくれ。俺は映画化したりして学校の図書室で読んでいても恥ずかしくない名作を適当に読んでいるから」

「おう。任せろ……30分位で終わらせる」

「なげえ……」


 俺は一番近くの本棚にあったなんとなく知ってるタイトルの本を手にとって読みながら待つことにする。


 読書開始から10分。最初に音を上げたのは金田だった。


「飽きてきた」

「終わらせろ」

「図書室で迷惑にならない程度に盛り上がる会話を続けてくれ。そっちのが集中できるかもしれん」

「難易度高すぎだろそれ」

「じゃあ俺から話ふっていいか?」

「別にいいけど」


 本当に集中できるのかそれ。


「おとといにゲームで大川と青葉と会ったろ」

「そうだな。他の2人は……やばい名前思い出せない」

「ひでえな……いやまあずっとそっちの2人は俺と前にいたからしゃあねえかもしれんけど」

「まあそれがどうした」

「いや、その時に思ったんだが。なんで俺は金田なんだ?」

「哲学かなにかか?」


 思わず俺はそんな返しをした。


「いやいやいや、幼馴染の青葉は青葉だろ。俺もお前もさ。でも、俺のことは名字じゃん。なんで?」

「そりゃお前……仲良くなった小学の時に金田って呼んでたからだろ。今更、名前呼びも気持ち悪い気がするが」

「そういうもんか」

「そういうもんだと思うけど」

「でもお前あれだろ……青葉とは幼稚園の頃から一緒なんだろ?」

「一緒だけど、幼稚園じゃ組が一緒になったことねえからな。親同士はなんか仲良くなってたけど、青葉とは小学校からの縁みたいなもんだったぞ」

「ってことは、俺と同じぐらいの時期ってことか」

「そうなるな」


 俺と金田が出会ったのが小学1年のときだ。青葉とも1年の時に名前とかをしっかり知った記憶がある。


「あー、でもあれだ。青葉の名前とかは知らねえけど町内会の小さい夏祭りとか地域運動会とかでは会ってたからお前より早いといえば早いのかもな」

「名前知らなかったのかよ」


 一応、筆は進んでいるらしいから話は続けて大丈夫か。


「小さい頃なんかよくあるだろ」

「まあ、わからないでもないけどさ」

「金田の名前なんてちゃんと漢字まで覚えたの俺小3だし」

「ひでえ暴露を聞いた」

「博物館の博に難しい方の樹で博樹って難しいんだよ。最初の頃は広いに難しい方の樹だと俺は思ってたからな」

「マジかよ。逆になんで小3の頃に改めて俺の名前の漢字を意識したのか聞きたいわ」

「ほら、あのなんか名前覚えてねえけどお前とよく絡んでた女子いただろ。あいつが『夏樹と博樹』ってテンポよく芸人のコンビ名みたいに言ってたから」

「そういえばいたな」

「あいつとは連絡とってないのか?」

「中学が別になってそれっきりだよ」


 まあそんなもんか。意外と人の縁なんて簡単に途切れる。俺と青葉と金田の長さのほうが珍しいのかもしれない。


「でも青葉は青葉なんだよな」

「それはお前もだろ」

「いやいや、夏樹に関してはあれだろ。女子と話すのも得意ってわけじゃないのに、それこそ青葉にだけは下の名前で呼ぶレベルじゃん。もしかして実は2人で付き合ってたり?」

「しないわ。俺と青葉とお前でしょっちゅう遊んでただろうが。付き合ってたらお前のことなんて呼ばん」

「ひどいけど実際そのとおりだわな……っと、終わり!」

「おら、早く出してこい」

「おう、行ってくるから荷物見ててくれ!」


 金田はそう言って席を立ち小走り気味に図書室を出ていった。

 だけどたしかに青葉のことは青葉って呼んでるんだよな。大川さんのことを光莉とは恐れ多くて呼べないし何が違うんだろうか。

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