11-3 Native speakers【ネイティブスピーカー】

 東京に着いて、一日目は秋葉原を観光する。


 ヲタク文化が結集された秋葉原は、ジェシーにとってまさに憧れの土地であり、その碧眼を、金髪のポニーテールと同じくらいにキラキラと輝かせながら、ヲタクショップ巡りをしたり、ゲーセンに行ったり、クレープを食べたりとなんとも楽しそうであった。


 愛は特にヲタク趣味があるわけではないが、結構楽しそうに過ごしていた。東京に来る機会なんて滅多にないからどこに行っても楽しいだろう。そういう時に浮かれてしまう気持ちは僕もなんとなくわかる。いつも以上に僕に密着してくる場面が多かった気がするが、GWの最中の東京はどこも人でいっぱいであったから仕方ない。


 最近、ようやく気付いたのだが、愛はジェシーと一緒にいるから機嫌が悪くなるわけではなく、ジェシーと僕が仲良く会話していると不機嫌になるらしい。なんで、そうなるのかはわからないけど……。


 今日のジェシーは、周りにあるいろんなお店に目移りして、そっちのほうに夢中であったのも、愛の上機嫌の理由だろう。

 

 ジェシーの趣味の影響で、僕も少しはヲタク趣味にも詳しくなっていたし、なにより隣にいるジェシーがずっと楽しそうであるから、僕も楽しかった。


 夜は三人そろってホテルに泊まったが、家族であるのだから、同じ屋根の下で過ごすのはいつものことである。いつもより豪華な夕食を食べて、いつもより豪華なベッドで寝て、いつもより豪華な朝食を食べるくらいの違いしかない。


 二日目、三日目も東京周辺の観光地を訪れて、特にジェシーが好みそうな場所を中心に、日本ならではのものをいろいろと楽しんだ。


 そして、四日目の最終日は、この旅のメインの目的である同人誌即売会に訪れる。


 ジェシーが、日本に来て、日本のマンガやアニメを見て、マンガ研究部で実際にそれを趣味とする人と交流して、今回の旅行でもヲタクの町である秋葉原を見学した。

 

 同人誌即売会はそういうヲタク達の中でも最も熱い人達が訪れるイベントで、この日はジェシーが特に好きなジャンルの即売会が開かれるので、ジェシーは旅行中で最も楽しみにしていた。


「噂に聞いていたとおりに、人でいっぱいですね……」


 事前に調べて覚悟はしていたつもりだったが、朝から満員電車に揺られて、開場前の待機列でもこれだけ人が並んでいて、僕の予想以上であった。


 いろいろな面でスケールが大きなジェシーでも、その熱狂ぶりには圧倒されていた。


「そうだね……。まさかここまでとはね」


「でも、これが五月でよかったよ。もし、真夏のイベントに来ていたらどうなっていたことか」


 愛の言うとおり、今日が五月で過ごしやすい気候で本当によかったと思う。真夏や真冬には、さらに大規模なイベントがあるというからぞっとする。


 開場を待っている間、僕達はしばらくこの旅行中の出来事を中心に三人でおしゃべりしていた。しかし、朝一で来たから開場までの時間はたっぷりとあり、さすがに間が持たない。


 暇を持て余したジェシーは、待機列のすぐ側にいた外国人の女の子の二人組と意気投合し、なにやら熱心に英語でおしゃべりしていた。その待機列にいるということは、同じジャンルを好みとする人間というわけで、話も合いやすいのだろう。


 でも、その会話を僕は半分も理解することができない。


 いつもはジェシーとの会話もそこそこできているのに、そのジェシーの言葉すら意味が分からないところがあるのはショックだ。


 その会話をぼんやりと聞いていた僕だが、突然、この光景をいつか見た気がするようなデジャブを感じた。


 一体、なんでそう感じたのか僕は考える……。夢かなにかで見たのだろうか?


 ちょっと考えて、その答えが分かった気がした。


 あぁ……。これは、ジェシーが日本に始めて来た時に、僕が父さんと電話をしていたときに感じていたものと同じなんだ……。


 あの時ジェシーは、僕が父さんとどんな内容で会話しているのかよく知らなかっただろうし、僕は父さんと話すつもりであったからジェシーに対する配慮は一切無かった。だから、ジェシーも会話の内容が分からなかった。


 それに対して、今の僕は、ジェシーが話している会話の内容についてそこまで詳しくないし、同じネイティブ同士で話しているから僕に対する配慮も一切無い。


 今、僕の置かれている状況は、あの時のジェシーと一緒なのだ。あの時のジェシーも、僕がゆっくりしゃべったり優しい語彙を使ったりすればちゃんとコミュニケーションがとれたし、今もジェシーが僕に合わせてくれれば、英語でもコミュニケーションがとれる。


 ジェシーが電話で本当の家族と英語で電話するのを聞いたことがあったが、外国人同士の会話を直に見るのはこれが初めてであり、その光景に僕は圧倒すらされている。それは、あの時ジェシーが、僕の罵詈雑言に感動していたのと同じことなのかもしれない。


 でも、こんな感覚を持てるのも間違いなく進歩だと不思議と自信を持てた。同時に、ジェシーが本当に楽しそうに話している様子を見て、僕もジェシーになんの配慮もさせず、もっと自由に英語を使えるようになりたいとも思った。


 そうこうしている内に、開場の時間が近づき、待機列が動き始める。これだけの人数だと混乱するんじゃないかと思っていたが、その群衆はまるで統率のとれた軍隊のように綺麗に進んでいく。


「移動中はスマホとか見ないでー! 転んじゃうと見たかった推しキャラのおっぱいも見れなくなっちゃいますよ」


 ここまで統率が取れるのは、この群衆の目的が軍隊のように一致していることとスタッフの努力のおかげなのだろう。待機列を統率するスタッフはユニークな言葉も使って、軍隊をしっかりと誘導している。


「おっぱい is 魂!」


 スタッフの言葉に反応して、ジェシーと女の子二人がはりきって声をあげる。こんなイベントに来るだけあって、ジェシーほどではないが、その女の子達も日本語ができ、その魂は世界共通であるらしい。


「おっぱい is 魂!」


 僕も三人にならって、はりきって声を上げてみる。うん、いよいよイベントの始まりだという気分になって気持ちがいい!


「愛、ちゃんと前をみないと危ないよ」 


「お兄達が、ふざけたこと言うからでしょう!」


 居心地が悪そうに顔を伏せてしまった愛に、注意を促すと逆に怒られてしまった。まあ、常識のある愛がそう思うのは当たり前だよね。


 無事、会場に入ると、僕らは知り合った女の子二人と分かれて、まず女子更衣室に向かった。


「お兄ちゃんは入って来ちゃダメだからね!」


「いや、当たり前でしょ……」


 一体、僕は愛からの信頼がどれだけないのかと悲しくなるが、女子更衣室に入らないくらいの分別は持っている。


「では、ちょっと待っていてくださいね」


 ここに来たのはジェシーがコスプレをするためである。マンガ研究部の部長の舞弥によるコスプレ指導はより熱を帯びるようになり、GWに同人誌即売会に行くことを話すと、ジェシーと供に入念な準備をしていた。舞弥は用事で来れないことを心底残念そうにしていたが、その努力の結晶は今日世間に披露されることになる。


「お待たせしました……」


 十分ほど待って、見慣れた私服から着替えたジェシーと、連れ添って愛が更衣室から出てきた。


 ジェシーの着替えた衣装は、そのジャンルで人気の女騎士のコスプレだ。


 その神々しい姿に、僕はジェシーと初めて出会った時と同じように、目を奪われる。


 金髪のポニーテールはほとんどいじっておらず、碧眼とおっぱいも自前なわけだが、アニメからそのまんま出てきたんじゃないかというくらいに可愛い……。


 待っている間に、更衣室から出てきた人たちもすごかったが、その中でもダントツに可愛い……。


 原作では騎士ということで、女でありながらも結構かっこいいキャラクターでもあるのだが、ロリっぽいジェシーがその甲冑を身に纏うと、そのかっこよさにかわいさが絶妙な具合にマッチする。ポニーテールは原作のキャラとは違ってアレンジとなるわけだが、そこがジェシーらしさを表現してなんともいい。おっぱいがしっかり露出しているのも、言うまでもなく見逃せない。

 

「どうですか?」


 ジェシーが首を傾げると、そのかわいさがさらに強調される。


「いや、もうほんと、すごくいいよ!」


「ありがとうございます! 準備した甲斐がありました!」


 ジェシーもまるで夢が叶ったかのように、ハイテンションだ。


「ほら、時間も限られているみたいだから急いでまわるよ」


「そうですね。では、早速行きましょう」


 愛の言葉で現実に引き戻された僕達は、ジェシーが目星をつけていたサークルをいくつか回って同人誌を買ってまわった。出店で簡単な昼食をとった後は、コスプレ広場に行って、ジェシーはいろんな人と交流したり、写真を撮られたりした。


 初めてのイベント参加ではあったが、ジェシーは会場ないだけでも注目を集めたようで、だんだんと集まってくる人が多くなる。

 

 僕と愛は付き添いでしかなかったわけだが、僕はジェシーが楽しんでくれればそれだけで楽しかったし、愛もジェシーに群がるカメラマン達を、率先して誘導してくれた。愛はこのイベントにそこまで興味はなかったはずだが、熱心にジェシーのアピールポイントを周りの人に宣伝して、それがより人を集める呼び水となったようだ。集まる人が男ばかりであるのは、僕としては心配であったが、二人が本当に楽しそうにしていたので、来てよかったなあと思いながら、微笑ましく二人の様子を見守った。


 余談であるが、後日開設された、純粋な金髪碧眼高校生美少女コスプレイヤーの「Master.J.K.」という名のSNSアカウントは、瞬く間に万単位のフォロワーを獲得し、ジェシーファンクラブは全国規模の組織へと拡張された。そのファンクラブの会長は、今までと同様に翔が担うことになる。

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