11-2 Mount Fuji【富士山】

 新幹線の席に座って一息つくと、さっそくみんなで駅弁を食べ始めた。


 朝から駅弁は重そうだとも思ったが、そこは食べ盛りの中学生、高校生の三人がそろっているし、今から東京に行くということでテンションもあがっているから箸が進む。特にジェシーは工夫を凝らした日本の駅弁に興味津々で、僕ら三人で弁当の中身を交換しながら、最後のお米の一粒まできっちりと完食した。


 駅弁を食べた後は、三人でたわいのない会話をしたり、車窓から見える日本の町並みや自然の風景について会話をしたりと楽しく過ごした。


 車窓からずっと外を眺めているジェシーは、今日はメガネをずっと掛けており、日本の景色のカラフルさを楽しんでいることがわかる。


「そろそろ富士山が見えてくるよ」


 熱心に外を眺めるジェシーがそれを見落とすことなどありえないが、事前にどこが見所かというのも調べていたし、その時を一番楽しんでもらおうと予めジェシーに言っておく。


「おお、ついに日本人の魂、富士山が見れるんですね!」


「ジェシーは日本人じゃないけどね」


 ワクワクとするジェシーに、愛から冷静な指摘が飛ぶ。


「それはそうですけど、日本人の魂はオレも持っているつもりですよ!」


「愛だって、新幹線から富士山を見るのは初めてでしょう? 興味ないの?」


 僕もそういう機会は初めてだったので、同じ家族である愛も当然初めてのはずだ。


「私だって、興味はあるけどさ……」


 ジェシーほどではないが、愛もこの旅行のことは楽しみにしていたはずだが、いつものように、愛の機嫌は読みづらい。


 そうこうおしゃべりしている内に、新幹線は富士山が良く見えるポイントを通過していく。


「うわあ、やっぱり壮大で幽玄ですごいですねえ!」


 ジェシーは、日本人顔負けの語彙で富士山の雄大さをたたえる。


「そうだね」


 僕もジェシーのその表現に完全に同意する。


 駅で最高速で走る新幹線を見た時と同様に、ジェシーの興奮は最高潮に膨れ上がる。心配していたのは天候だけだったが、今日は絶好の行楽日和で富士山もばっちり見えた。


 新幹線の車窓からと、ずいぶん遠くからではあったが、その存在感は圧倒的で、僕はその光景を見て、この旅ついてや、これまでの英語の勉強について回想する。


 姫路と東京とは距離的には相当離れている。でも、その気になれば新幹線に乗るなり、飛行機に乗るなりして数時間で行くこともできる。英語を習得することは、全くの無知の段階から見れば、とてつもない距離感があるものに見えたが、やり方さえしっかりしていれば、そこまで困難なものではなかった。


 あの富士山だって、それなりに準備していれば、一般人でも登るのはそこまで難しいものじゃない。そういう一般の人にも登られて、愛されているから富士山は日本の魂なのだ。


「ジェシーは富士山に登ってみたい?」


「もちろん! この旅の間にというのは無理でしょうが、いつかは登ってみたいですね」


 ジェシーと同様に、いつかは僕もあの山に登ってみたい。でも、この『いつか』が『いつか』のままでは、いつまで経っても富士山に登れることはないのだ。それは英語も同じである。『いつか』をはっきりと決めてしまえば、富士山も英語も踏破することはできるのだ。


 さすがに、ジェシーがホームステイしている間というのは無理だが、今度そんな機会があったらその日も決め打ちしてやろう。


 車窓に顔を押し付けて熱心に写真を撮るジェシーと、そのジェシーの金髪ポニーテールと窓越しに見る富士山を見て、僕はそのことをはっきりと決断した。


 絶景の車窓は、数分で過ぎて、新幹線は建物だらけの都会へと入っていく。

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