9-5 Private lesson【個人レッスン】

 ジェシーが僕の英語のマスターとなったことで、冬休みの残りは特に発音を重点的に練習した。


 発音にはそんなに多くの種類があるわけでもないので、発音専門の薄い本一冊でも十分な情報量がありそれだけでも基本的な知識をつけることはできる。


 今まで全くといっていいほど意識していなかったが、意識的に勉強してみると、多くの発音はちょっとコツをつかむだけで、わりと正確に発音できるということがわかった。


 英語を勉強していた当初はカタカナ英語だったものが、音読を中心とした勉強をしてCDの発音を真似することで、以前とは見違えるものになったと自分では思っていた。でも、しっかり見ていくとそれがいかに我流であったのかということにも気づいた。

 

 ただ、そこには一部理解しづらい発音があったり、自分でどの発音が正解かわからないという問題があったりしたので、マスター・ジェシーの力を借りることになる。

 

 僕は、家庭教師みたいな形でのレッスンを想定していたのだが、ジェシーが僕のマスターであるのならば、僕はジェシーの師匠であるため、お互いに教え合うようなものになる。


 初めて出会ったときから、僕はジェシーの師匠として、日本語のあれこれを教えてきたわけだが、師匠とマスターという対等の関係になったことで、ジェシーはより深い悩みを聞いてくるようになった。


「むしと、むしとはどう区別するんですか?」


 ジェシーはどちらかを無視、どちらかを虫として言っているのだが、僕からは全く区別がつかない。ジェシーは確かに日本語がしゃべれるが、微妙に発音がおかしなところは未だにある。


「虫と無視ね……」


 しかし、それがなんで違うのかと言われると僕も具体的に分からない。


「どっちがむしで、どっちがむしですか?」


 それでも、僕はその発音を区別できるわけで、ジェシーにも何か音が違うことはわかるらしい。


「それは、僕が聞きたいよ……。最初のやつが昆虫ね。二つ目がignore」


「もう一度、お願いします」


「虫に無視」


「むしにむし」


 僕の発音に倣って発生されたジェシーの発音がちょっとよくなったような気がする。仮に発音がちょっと違っても文脈があれば、どっちの「むし」であるかは判別可能だしこれくらいでもいいのだろう。

 

「じゃあ、次は譲二の番ですね。またriceをliceなんて言っていたら、ご飯じゃなくてシラミを食べることになっちゃいますよ」


 さんざん、虫と無視の発音練習をした後で、今度は僕が英語を練習する番になる。ジェシーはどっちかをご飯のriceと言って、どっちかをシラミのliceと言っているのだが、僕は音だけでは区別が出来ない。ジェシーが虫と無視を区別できないのと似たようなものなのだろうか? それとも、もっと極端に違うのだろうか?


 日本人の主食がシラミにさせないためにも、ジェシーに指摘されてから僕はLとRの発音の違いを練習した。ジェシーもこの発音の違いをはっきりとは説明できないのだが、間違っているということだけははっきりと指摘できる。


 一応、どちらも発音の違いを本でなんとなく理解はして、それを真似するようにした。LもRも日本語のラ行の延長のような感じで考えていたが、英語のそれは全くの別物であり、何度も練習すると舌が疲れてくるほどの違和感があった。


'Rice and Lice.'


 その練習の成果をジェシーに披露する。果たして今日は上手く区別できたのだろうか?


「うーん、まだちょっと違和感がありますけど、昨日はよくなりましたね」


 マスター・ジェシーは譲二師匠に今までやられた腹いせのせいか、結構な辛口だったのだがなんとか合格点ではあったようだ。


'Let's try others! "pray and play", "grass and glass", "fry and fly", "river and liver"'


 しかし、金髪碧眼の先生が優しかったのは束の間で、すぐに新たな課題が大量に出されてしまう。それはそれで楽しかったので良いのだが、口の中が筋肉痛になるのではないかというほどに疲れるものでもあった。

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