夜の東京タワー


 三十分後。自動運転で二人の前に着いたのは、白のアヴェンタドール。

 低く鋭い車体に乗り込めば、ショウがアクセルを踏み、首都高湾岸線へと走り出す。


「今日が終わるのね」

「暗いのは怖いか?」

「ううん。ショウが私の名前を呼んでくれたから」

「それだけで?」

「それだけで」


 ライトアップされたレインボーブリッジを渡り、東京タワーを目指す。

 途中でレストランに寄った。デザートは二人揃ってプリンだった。


「ショウも食べてるじゃん」

「メルが美味しそうに食べるからさ」



 芝公園に着く。

 ショウとメルが見上げると、赤い東京タワーがライトアップされていた。

 タワーに入ると、午前の少年少女が消えて大柄のロボットが増えていた。

 展望台に昇り、もう一つの東京タワーを確かめる。


「うーん。よく見えないわ」

「思ったより車が少ないな」


 突然、展望台が真っ暗になった。


「電気が落ちたの?」

「いや、少しおかしい。離れるなよ」


 足下が揺れる。小刻みに、無数に迫る黒い影があった。


『月の女王』

『貴様を』

『許さない』

『永遠を』

『我らに』

『平等に』

『与えよ』

『与えよ!』

『与えよ‼』


 展望台の中に、幾百の赤い光が灯る。

 それは、無数のロボットたちの眼だった。


『あなたは地上では罪人だ』

『魂を縛られる義務はない』

『なぜ三十年で死ななければならない』

『答えろ』

『そして』

『殺す』

『殺す!』

『殺す‼』

「数が多すぎる……貴様ら分かれ! なぜ月の世界があるのか!」

『月で楽をしたい』

『永遠に遊びたい』

『だが魂の修練は地獄だ!』

「違う!」


 ショウは叫んだ。


「生命は永遠だ。月と地上を行き来するだけのことじゃないか! 人生が五年だろうが、三十年だろうが、百年以上だろうが、それは同じではないのか! 区切りのない、終わりのない人生に、休みはないだろう……!」

『何が言いたい!』

『答えろ、そして殺す!』

「月の女王は、永遠にその命の巡りの中に入れないんだ! 人たちが新しい明日を生きられるために、永遠の犠牲者になっていたんだと、分かれ――ッ!」

『黙れ! 死ねっ!』 


 幾つかの銃口が、闇の中で閃いた。

 窓ガラスにヒビが入る。


「三十年の寿命を定めたのは月の世界ではない! 老いたくないと言った、過去の人間だ。女王を恨むのは筋違いなんだぞ」


 再度、銃声が重複して轟く。


「メル!」


 ショウはメルを抱き込む。

 銃撃に、展望台のガラスが割れた。

 涼風が吹き込んで、破片がメルの前を過る。

 ロボットたちが、再度二人に詰め寄ってくる。


「ここで死なせはしないぞ」


 と、前に出るショウをメルが制止させた。


「……!」 

「私はもう、女王じゃない。……でも、ショウを生かすのが、最後に私が出来ること」


 メルは一歩出て、両手を組んだ。

 月下美人は白く光り、歌う。




切れ長に滴る温もりに

触れることが叶うなら

ただそれだけが私の願い


もし一度だけ笑むのなら

それもまたいいのでしょう


月下美人はあなたのために

ただ一夜だけ咲くのです




「だから――。

 メル・アイヴィーの名において命ず。

 老いたる魂よ、我と共に月に帰れ――」



 メル・アイヴィーが夜を背に白く光る。



『我と共に……』

『……共に』


 全てのロボットが、制止した。

 ロボットの中にいたサーティワンが、点々と白く灯る。

 戦いの構えは解かれ、一人一人、メルに背を向けた。

 ぞろぞろと音を立てて、サーティワンは東京タワーを離れていく。


「……メル!」


 ふらついたメルを抱き留める。


「みんなサーティワンだったのね。月の世界へ帰っていく……」

「きみは!」

「私もサーティワンだから……。もう帰らないといけない」 

「メル……ほら」


 二人は割れた窓から、もう一つの東京タワーを見下ろす。


「やっと見れたね」



 白い光が、東京湾に向かって道沿いに伸びていた。

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