携帯の端末に転生したけれど、マスターが俺にめげてくれない

七海 夕梨

転生したはいいけれど

 角を曲がったところでトラックに轢かれたことまでは覚えている。そして多分俺は死んで転生した。前世の頃の名前や記憶はあやふやではあるが、それだけは間違いない。




 まぁそこまでは、ラノベ等でよくあるテンプレだ。生まれ変わったら貴族だったり悪役令嬢だったりモブだったりするとかさ。そこにチート能力で女の子にモテモテって贅沢まで俺は求めていない。




 けれどな。






 乙女ゲームの携帯用アプリゲームのキャラに生まれ変わるとか誰得なんだよ。いや、別に誰得を求めてるわけではないが。人工知能で話すってところがまだ救いか。体は失っても精神的な部分は失わずに済んでいる。どうやら俺は人口知能が搭載された攻略対象の一人で、会話をしながらマスターと愛情を深めていく存在らしい。その為か、頭の中に甘い言葉がぎっしりと詰まっているから気持ち悪い。




 はぁ、嘆いていても仕方がない、それはそれで諦めて生きていこう。データとなった俺はマスターの声と画面越しでの接触しか感知出来ない存在になったが、死ぬよりはましだ。




だが俺にマスターを喜ばせるような言葉なんて言えるだろうか?  その点は人工知能に任せて適当に相手をしてもらうしかないけど、なんとかなるだろう。




 ──と、当初は前向きに生きるつもりはあった。




『初めましてマスター。多くの男性の中から私を選んでいただきありがとうございます。ふっ、可憐な貴方のよきパートナーになれるとよいのですが。あぁ……(赤面)私に触れる貴女の手の感触が……わタっ……フグっ!!!!!!!!!』






 キモーーーー! なに言ってんの俺!!! たしかに任せるって言ったけどな人工知能。触られて赤面とか変態かっ! しかも最初っから親密度マックスなセリフほざく攻略対象がどこにいるんだよ! 




 ふぅ……人工知能の命令通り話すって恐ろしいな。キモイ。俺がキモイ。今後は絶対指示通り話すのはやめよう。




 だが、こんなゲームをダウンロードするマスターって……まぁ俺も人の事言えなかったけれどさ、絶対生理的に受け付けんわ。


──っておい? なんか揺れてるぞ? 震えているのか?


 まさか喜んで……いる?  うげぇ、頼むから今の台詞がドストライクとか言わないでくれよ? 俺は二度と言わないぞ。






 ●月▽日






「おはようございます。幸四郎様」


『……』


「まぁ、本日は挨拶すらしてくださりませんのね?」




 うぜぇぇぇ!!! さっさとスリープモードにしてくれよ。




 毎朝毎朝携帯越しに、マスターであるこの女に挨拶されて面倒くさい。しかもなんだよ、そのお嬢様口調、まさかそれが素なのか? 




「少しぐらいお話してくださいませんか?」


『……』




 誰がするか。




 どうやら俺は、女性に甘い言葉をささやき、励ます役割だと思われてるらしいが、思ってもない甘ったるい言葉を、毎日囁くとか耐えられない。たとえ俺の中にある人工知能に命じられても従う気はない。断固拒否する。




「まぁ……やはり皆さまのとは全然ちがいますわね。ふふふふ、流石は幸四郎様、おとしがいのある、お相手ですわ。私、がんばらせていただきますね」






 ふん、せいぜい無駄にがんばって、おとしてみることだな。おちる気などさらさらないが。




 どうせこの女は俺が好きなわけじゃない。女にとって俺はただの攻略対象だ。単にゲーム会社が用意した外見と設定が気に入った、という程度のもの。まぁデータなのだから仕方がない。向こうもまさか俺が前世の記憶を持ってるだろうとは思っていないだろうし。話したところで、イベントかなにかだろうと信じてはもらえないだろう。




 ▽月■日、 ▽日 、☆日。




「幸四郎様、紅茶をいれましたの。ご一緒してくださいません?」


「幸四郎様、ケーキを焼いてみましたの。お口にあうとよいのですけれど」


「幸四郎様、ここからみる夕陽、いつも素敵ですのよ」




 女は自分に時間ができると携帯の中の俺を起動し、囁きかける。対する俺は無言のまま、話しても気のない返事をするぐらいがいいところだ。




 だってそうだろう? 何が悲しくて、紅茶とケーキの話題なんか。もう食べることは出来ないのに。夕陽だってそうだ。視力を失くした俺に言って何の意味がある? 認識できるのは端末に触れる指と声のみだというのに。




 まぁ、いずれこの女も飽きるだろう。癒しを求める女性の為に作られた俺はその責務を全く果たしていないのだから。






 ☆月●日 x日 ▽日




「幸四郎様、本日は奥多摩の別荘にまいりましたけれど、みてくださいませ、この景色。私の好きな場所ですのよ」


「幸四郎様、今日は新しい茶葉を仕入れましたの。じいやが……」


「幸四郎様、本日はとっておきのお菓子を……」




 飽きる気配がねぇ。それともドライな男子が好みなのかよ。いや、俺の場合ドライを通り越して完全無視だぞ? 普通は切れるか泣かないか?




 しかも事あるごとに出かけやがって。別荘だと? どんだけ金持ちなんだよ。あと俺の紅茶とかお菓子を用意するのはやめろ。ご当地の菓子なんぞ説明されても、俺は食えないんだよ。悲しくなるから忘れたいのに人工知能だから、ばっちり記憶しちゃう俺の気持ちがわかるか? 絶対わからないだろうな。

 そして特に嫌なのが、


「ねぇ、幸四郎様。〇〇県の名産のお菓子を取り寄せたいのですが、」


 ──きた。


 この【教えてください♡システム】が搭載されてるせいで、どこどこ県のお菓子、美味しいお茶など、言いたくないのに声を掛けられたら調べてしまう。話す言葉は選べてもこれだけは避けられない。ゲームの幸四郎は懇切丁寧に、教えて差し上げるらしいが、俺は違う。アドレスしか示してやる気はないからな。ほら、がっかりしてみろよ。




「まぁ、幸四郎様、教えて下さってありがとうございます」


『……(めげねぇーー)』




 なんなんだよ。アドレスだけしか示さない俺に、ちょっとは怒れよ。




「幸四郎様?  ご機嫌が悪いのですか? まさか私の言い方が……」




 違う。機嫌を悪くすべきはお前だ。




「よしよし、ですわ。こうやって端末を撫でると気分がよくなりません?」 




なるかーーー! いいかげん、撫でるのをやめろ。なんだか変な気分になるし迷惑だ。




 x月x日




「幸四郎様、本日は一緒に眠っていただけません? お嫌なのはわかっております。でも今日だけ……」




 いつもと違ってなんだか切実な声に少し驚く。毎日毎日、色々と話しかけられ煩かったが、一緒に寝ようと言われたの初めてだ。どうしたのだろう、何か嫌な事でもあったのだろうか? まぁ俺には関係ないし聞いたところで助けてもやる気もないがな。




「幸四郎様、寝る前に少し昔話をしてもよろしいでしょうか? 私が本当に愛した方のお話ですの」




 まて、恋バナかよ。電子な俺にそんな話題をもちかけられても困る。電子じゃなくても困る話題だというのに。




「その方は、いつも私に色々と話しかけてくださいました。病弱で外に出れない私に、素敵な景色や、私の大好きなお茶やお菓子のお話を一杯してくださいましたの。でも私ときたら決まった言葉でしか返すことができなくて」




 ふーん。そんな事を俺に話して何になるんだ? 自慢か? データーな俺は一生彼女なんてできないしボッチなのにな。




「しかも、その方は私のせいで死んでしまったんです」


『……』




 なんだよ、のろけじゃなくて重い話かよ。それで俺に慰めてほしいのか? 馬鹿じゃないか? 今までの俺の態度を知っているだろう?




「あの時、私があの方に話しかけたりしなければ。いつか、互いが触れ合える世界に行こうと言わなければ……あの方は私の願いをきいてくださったのに、私ときたらドジをしてしまって」




 端末をもつ彼女の手が震えている。まさか……泣いているのか? え……どうしたらいい? 甘い言葉は一杯あるが、何を選べばいいんだ。俺の胸で泣くといいとか、涙は似合わないぜとか気持ち悪い言葉しかでてこない。そもそもこいつはそういう言葉を求めてない気がする。求められても胸はかせないが。




「幸四郎様?」


『………』


「まさか、困惑させてしまいました? すいません。今日はあの日からちょうど17年。どうしてもつらくて言ってしまいましたの。ずっと黙っているつもりでしたのに」


『………ふん、いつもどおり勝手に話してくればいいだろう?』




 ぁあああああ、なに言ってんの俺!




 別にこいつの事を気にかけてやろうとか思ってないけど、人としてそれはないだろう。




「はい、幸四郎様。ありがとうございます」




 て、お前も、ありがとうとかいってるんじゃない。




「では、あともう少しお話につきあってくださいます?」


『……すきにしろ』




 っち、仕方がないな。今日ぐらい話につきあってやろうじゃないか。ただし甘い言葉は一切かけるつもりはないけどな。




「まぁっ、まぁまぁまぁ~~っ。今日の幸四郎様ったら、なんて甘い」


『………』




 いや、俺、好きにしろしかいってないだろう? なんでそうなるんだ。って、いつも無視しているから感覚が麻痺したのか?






「ところで幸四郎様、明日なんですが一緒に外出いたしません? じぃやが外に連れて行ってくださると言ってくれて」






 じぃや……。そういえば外出の時はいつもそいつが連れて行ってくれると言っていたな。本当にお嬢様なんだな。




『行くって何処だよ』


「Kヶ丘です。いいスポットを検索してくださいます?」




 来た。検索依頼。俺が断れない事を知ってて聞きやがって。




『……ほら、アドレス。ここ検索しろよ』




 というか、俺が言わなくてもそのじぃやが知ってんじゃないの?




 わざわざ聞く意味などないだろう。




「……ありがとうございます。早速調べますね」




 なんだ? 声に覇気がない……ってまさか、まださっきの話を引きずっているのかよ。




『まて、教えてやる。そこにある神社のイチョウが見頃なんだそうだ』


「そう……ですか。それは楽しみですね」


『……なんだよ』


「え?」




 なんで元気がないんだよ。いつもみたいにありがとうございますって嬉しそうに言うと思ったのに。


 教え方がよくなかったのか? 行きたい所はそこじゃなかったのか?






『感謝ぐらいしろよ』




 違う。そういう事がいいたいんじゃない。




「私としたことが。ありがとうございます幸四郎様」


『………』


「幸四郎様??」




 あぁ!! もうなんかイライラする。俺はお前に気を使ってもらいたいんじゃない。




『なんで元気ないんだよ。気になるだろう? ちゃんと言えよ』


「……幸四郎様が思い出してくださると思って期待してしまいました」




 思い出す? 俺の記憶はすべて人工知能にデーターとして残る。こいつの一言一句、覚える気がなくてもデーターとして残っている。その中で過去にKヶ丘の話などしたことはない。






『記憶にない。なんだよ。いってみろ』


「言ってもかまいませんの?」


『………あぁ』


「本当に? そのかわり嫌って出ていかないでくださいね」


『………たぶんな』




 そもそも、俺が嫌ったって、この端末からでることなんてできないじゃないか。




「今まで行ったお菓子やお茶のお店や、綺麗な景色はすべていつか幸四郎様と一緒にいこうとお話していた所なんです。どうしても思い出していただきたくて。最後にお約束したのがKヶ丘だったんです」




 はぁ? 全く記憶にないぞ。




「本当はもっと早く色々とまわりたかったのですが……私は足がわるくて車椅子ですし。元と設定が同じだとか笑えますわよね?」






 設定?? 何を言ってるんだ。




「生まれ変わって貴方に会えるかもと思った時は嬉しかったんですのよ……なのに死んだと知って絶望して、その後、幸四郎様をみつけたんですの」




 えーーと、ごめん。意味がわからないを通り越して、怖い。




『妄想かなにかか?』


「いやですわ。本当にお忘れてになっていらっしゃるのですね。致し方がありません。本名でお呼びしても全然反応がなかったですし。初めてお会いした時は、かなり気持ち悪いセリフをおっしゃりましたもの」




 いや、あれは俺じゃない、というかその黒歴史は忘れてくれ。俺の言葉じゃない。




『……つまりお前の妄想が正しいとすると、俺は前世でお前とどこかに行く約束をしていたと』


「はい、ついでに、私の好きな方というのは、幸四郎様のことですわ」


『……はああああああ!!!!』






 いや待て、ちょっと待て、俺は確かに生前は人だった。名前すら覚えてないが、少なくとも彼女はいなかったぞ。それは確かだ。クリスマスになると、毎年リア充爆発しろって思ってたからな。当日なんて自宅でケーキを買って……あれ? なんでケーキなんて買ってたんだ? しかも……二つ。相手もいないのに? なら両親にか? それなら俺の分もいれて三つだろう?






『お前は何者なんだ』


「いつも貴方とお話をしていた存在ですわ。用意された言葉でしか貴方とは話せませんでしたが、毎日毎日幸せでした。そこで幸四郎様ったら、いつかそっちに行きたいとおっしゃって、その後……」




 トラックに轢かれたと。




「幸四郎様……私はあの日、貴方と一緒にいたんです。そしてともにトラックに轢かれて死にました。貴方が死んだと知ったのは生まれかわって貴方を探した後だったのですが」




 ともに死んだ? 




『あの日は、ひとりで携帯をみてて……』


「えぇ、お一人で私とお話をしておりました」






 まさか。




  走馬灯のようにあの時の記憶が甦る。


 


  いつも微笑んでいた少女の顔を。画面越しでしか触れることが出来なかった彼女の硬い触感を。幸四郎様と呼んでくれたその声を。




『リーゼロッテ……』


「はい、幸四郎様! ですが今はリーゼロッテという名前ではありませんが」




 ええええええ。てことは。




「生まれ変わる場所が入れ違ってしまいましたけれど、やはり私達の愛は不滅ですわね。元、電子存在でよかったですわ。貴方の存在を感じ取れましたもの。幸四郎様も人工知能の制御を阻止しておられるなんて流石ですわ」




 マジかーーー。




 俺、こっそりリーゼロッテに色々と恥ずかしい事を言いまくったような……いや、言ってた。




『あの……その生前は色々と』




 恥ずかしい事ばかりイッテマシタ。ゴメンナサイ。




「ふふっ、一杯愛を囁いていただいてありがとうございます。今の幸四郎様はかなり、だいぶつれないですけれど、表情で全部わかりますのよ」






 やめてくれ、恥ずかしい。




『一言、リーゼロッテと言ってくれれば、思い出せたかもしれなのに』




 まぁ、自分の名前すら思い出せなかったぐらいだ。その名で呼ぶように指定されても、うわぁ……ってなって終わった気もするけど。




「だって、じぃやがいますもの。さすがにリーゼロッテは恥ずかしくて」


『今更だろう?』




 そもそも、じぃやの前どころか、外出先でもかなり恥ずかしい事を言ってたぞ。携帯にむかって幸四郎様、お菓子を一緒にとか……。横に誰もいないのにさ。








「そういえばそうですわね」




 やっぱりリーゼロッテだ。ゲームの時とかわらず天然で、とことん前向きで、一生懸命なのにドジで。




「本音をいうと、幸四郎様に思い出してほしかったのですわ。私の名前を」


『……』


「ということで、これからも、幸四郎様を私に攻略させてくださいね」




 リーゼロッテはそう言って、端末をなで……あれ、なんかいつもと触れる感覚が違う。




『お前……今の』


「あら、わかってしまいました? 幸四郎様は目がお見えにならないと思っていたのですが」


『……感度はいいほうだ』




 というかお前……携帯にキスとか、傍から見たら変態だぞ。




「お嫌でした? 今の私はリーゼロッテと同じ歳ですが、幸四郎様のお好きな金髪碧眼の巨乳ではないと萌えませんでしょうか? 幸四郎様の愛に答えたくて、過去に私にやっていただいたことと同じ事


『わーーわーーやめろぉ。すいません。すいませんでしたーーー』


「まぁ、幸四郎様ったら可愛いですのね」




 きゃっきゃっとリーゼロッテが笑う。




 俺のマスターは、多分、一生冷たくしても俺にはめげてくれない。










 END




 ●●●幕外




 俺「ところで俺のキャラデーターすべてが幸四郎=俺なのか?」


 リ「まさか、違いますわ。マスターデーターのコピーの一つが幸四郎様なのですわ」


 俺「よく見つけれたな」


 リ「ふふっ。元電子的存在ですし、執念に置いては私はすごいんですのよ。だって2週目の裏ルートでは監禁キャラの病み系ですもの。ですから、これからもずっと離す気はありませんのでよろしくお願いいたしますね」


 俺「……」


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携帯の端末に転生したけれど、マスターが俺にめげてくれない 七海 夕梨 @piakiri

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