第9話 君に祈るキセキ

 公園の隣の高齢者施設の庭で、男性介護師が納得の行くイルミネーションを完成させて、満足して立っていた。

 さっき聞こえたピアノの音が、あんまり素敵だったのでテンションが上がって、予定よりもっと素晴らしい出来になった。

 そこへ、イルミネーションの飾りつけを手伝う予定だったベテランの女性介護師がやってきた。

「あらー! もうできちゃったの? まあすごいわね! お疲れ様」

「遅いっすよ! どうかしたんですか?」

「いやねえそれが、そこの国道で、クリーニング屋の車が事故っちゃって大渋滞よ。事故って言っても、ちょっと電柱にぶつかったくらいでけが人もいないみたいなんだけど、これがねえ、どういう当たり方したんだか、積んであったハンガーからビニール袋から何から道路に散らかっちゃって! 片付けに手間取って大渋滞よう! あの散らかり方は、ある意味キセキね!」

「渋滞だったんすかあ」

「しかし、ほんとに見事なイルミネーションね!」

 褒められた青年は、照れながらもう一度自分の傑作を見上げた。

「さっき公園で泣いてたあの子。これ見て笑ってくれるといいなあ」



 小さなキセキが雪とともに舞い降りた街に夜がやってくると、メル・アイヴィーは満足気に微笑んで立ち上がった。

 そこへスズメが帰ってきて、メルが差し出した手のひらの中に舞い降りた。

「すごいよメル! みーんな笑顔になってた! メルの歌、とっても素敵だったよ!」

「うふふ、私も嬉しい。さあ、もう帰りましょう。あなたをママのところへ送っていくわね」

 そう言ってメルは公園の木に設置された巣箱に向かって歩きだした。


「ねえ、メル。もう行っちゃうの?」

「ええ。また雪が降ったらここへ来るわね」

「本当? 約束だよ! 絶対だよ!」

「ええ、必ず」


 メルが巣箱へ入れてやると、子スズメはママの羽根の下へともぐりこみ、幸せそうに寝息をたてた。


 メル・アイヴィーは、にっこりと微笑んで地面をける。

 それはまるで風に舞う羽根のように、軽やかな跳躍だった。



「あれ?」

 庭から撤収して窓を閉めようとしていた青年が、目をこすりながら奇声を上げたので、ベテラン女性介護師は「どうしたの?」と声をかけた。

「なんか今、白い女の子が空を飛んでったような……俺疲れてんのかな」

 青年の言葉に、ベテラン介護師は目を丸くした。

「ははぁ、アンタそりゃ、いいもの見たよ」

「いいもの?」

「なんでも、あそこの公園で雪の日に、真っ白で綺麗な女の子を見た人には、キセキが起こるらしいよ! 昔っからここらで聞く、都市伝説みたいなもんさ」

「へええ〜」

 青年は、それならあの公園で泣いていた女の子の悲しみが消えるような、素敵なキセキがおこりますように、と、空に祈った。


 今夜の街は、優しくあたたかいキセキに包まれていた。

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君が起こすキセキ 祥之るう子 @sho-no-roo

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