第27話 カンペ

――どうして、リナさんがこの店に!?


 その姿を見た途端、頭の中に浮かんだのがこれだった。

 僕はリナさんに行き先を伝えていない。まさか後をつけて来たりはしないだろうし……いや、この際どうやって来たのか、どうしてここに居るのかはどうでも良い。

 それよりも何よりも、大切なのはリナさんが近くに居る事を、明日香に気付かれないようにする事だ。


「そ、そう言えば、明日香は今日何をしていたの?」

「え? 今日?」

「うん。夕方からなら時間があるって言っていたから、お昼は何かしていたのかなって」


 何でも良いから後ろを向かせない様にしなければと、咄嗟に話を振ったのは良いけれど、僕の言葉で明日香の表情が曇る。

 困惑と羞恥が混じっているのか、明日香が頬を薄らと赤く染めながら、バツが悪そうに上目遣いで僕を見つめてきた。

 よくよく考えてみたら、彼氏でも無いのに会っていない時間に何をしていたのかを尋ねるなんて、何様だよっ! と、自分で選択した話題に少し後悔していると、


「えっと、その……幼い頃からずっと一緒に居て、お互いに何でも知っていると思っていた優斗が、いつの間にか結婚してて、私の知らない所へ行っちゃったんだって、いろいろと物想いに耽っていたというか。だから、ちょっと一人で拗ねてた……って、やっぱ今の無し! 何でも無いっ!」


 明日香が一人で慌てて、すぐさま取り繕う。

 これってつまり、明日香が僕の事を意識していたって事なのかな?

 明日香がヤキモチを妬いてくれていたというか、僕とリナさんの関係を誤解して、落ち込んで居たって事?


「ちょ、ちょっと優斗。か、勘違いしないでよっ! 別に私は……って、どうしてそこで、ちょっとニヤついているのっ!?」

「えっ!? ぼ、僕、ニヤニヤしてた!?」

「してたよー! もーっ! 優斗が想像しているような事とは、違うんだからねっ!」


 顔に出さないつもりだったのに、思わず顔に出てしまっていたらしい。

 ツンデレ風に慌てる明日香を見つめながら、可愛いと改めて感じる。

 誤解されたまま距離が離れてしまわなくて、本当に良かったと安堵した所で、


『そこで、決め台詞! ちょっとキザに!』


 どこから取り出したのか、リナさんがスケッチブックにマジックで大きく指示を書き、頭上に掲げていた。


――っ!


 危ない。今、飲み物を口に含んでいたら、思わず噴き出していた所だ。

 一体、リナさんは何をやっているんだよっ! 今は良い感じなのだから、別に変な事をする必要なんて無いからっ!

 それに、幸い明日香は気付いていないけれど、周りのお客さん達が何事かと注目してるよっ! リナさんは金髪の上に可愛いから、ただでさえ目立つというのにっ!

 あぁぁぁっ! 声こそ出していないものの、リナさんが椅子の上に立ち、これでもかと上下左右にスケッチブックを動かして、アピールしだした。

 一部のお客さんは、リナさんの視線の先が僕だと気付いて、好奇の目や白い目を向けてきてるっ!


「ん? 優斗、どうかしたの?」

「え!? ううん。何でもないよ? それよりゴールデンウィークも後半だし、どこかへ行かない?」

「どこかって? 例えば?」

「そ、そうだね。静かな湖畔に……じゃなくて、水族館とか」


 僕と明日香の会話に合わせて、リナさんがアドバイスを出してくれているのだけれど、静かな湖畔って何だよっ! 京都で湖畔だなんて、相当山奥に行かないと無いよっ!

 一方で僕の視界の奥、リナさんが『静かな湖畔』と書かれたスケッチブックを持ったまま、「水族館って何?」とでも言いたげに小首を傾げている。

 明日香を見ているのに、リナさんとスケッチブックがどうしても視界に映り、ついつい釣られてしまったけど、気を付けないと。


「水族館かぁ。うん、いいね。行ってみようか」

「いいのっ!?」

「いいの……って、優斗から誘ってきたんでしょ? 行こうよ。丁度、私イルカを見たい気分だったんだよね」


 やった! これはいわゆる、デートと呼ばれるイベントだよね!

 神社や映画館くらいは二人で行った事があるけれど、学校行事ではなくプライベートで、しかも明日香と二人っきりで水族館へ行くのは初めてだ。明日香のイルカが見たい気分に感謝しなければ。

 思わぬプレゼントが貰えたからだろうか。手元のカップに口を付け、つい気を緩めた瞬間、


『そこで手を握る! そして、熱いキス!』


――ぶっ!


 視界へ飛び込んで来た、突拍子も無いリナさんの指示を見て、つい噴き出してしまった。


「ちょっ、優斗!?」

「ご、ごめん」

「どうしたの? 飲み物が変な所に入っちゃったの?」


 明日香がハンカチで僕の顔を拭き、それを仕舞おうとして、


「え? リナ……さん?」


 ポツリと呟き、固まる。

 僕が最初に危惧した事が、遂に実現してしまった。

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