第12話 家電

「鞄、開けるからね?」


 琴姉ちゃんが唯一持って来ていた大きなキャリーバッグを開け、発掘した下着と服を後ろ手で渡す。

 バッグの中は本が大半で、服や下着は本の隙間に緩衝材かのように押し込まれていたので、正に発掘という言葉がピッタリだったけど、一先ず着替えてくれているみたいだ。

 もしも、「優君、着替えさせて……」なんて事を言われていたら、本気で理性が飛びかねない所だったけれど、流石にそこまでの要求は無くて少し残ね……いや、安堵している。


「優君、着替えた。お腹が空いた……ご飯にしよう」


 普通は異性に下着とかを見られるのって嫌な物では無いのかなと思いつつも、全く気にしている様子の無い琴姉ちゃんと共にリビングへ。

 そこではミウちゃんとがソファに座って幼児向けのテレビ番組を一緒に見ていた。


「ミウちゃーん! おはよーっ!」

「……」


 琴姉ちゃんが寝起きとは比べ物にならないテンションでミウちゃんに声を掛ける。

 だけどミウちゃんは、まるでテレビを初めて見たかのように見惚れていて、微動だにしない。子供の心を鷲掴み……流石は幼児向け番組といった所か。


「優君。私、もっと頑張る……。テレビに負けないように」

「はいはい。琴姉ちゃんは、とりあえず朝ご飯食べちゃってね」


 何故かテレビに対抗意識を燃やし始めた琴姉ちゃんを席に着かせ、優子が作ってくれていた琴姉ちゃんの分の朝食を並べていると、


「おはようございまーす」

「おはよ……」


 どこから持ってきたのか、エプロンを着けたリナさんがやってきた。


「リナさん? それは?」

「えっとねー、昨日からお世話になりっぱなしやから、お掃除でもしよっかなーって思って。というわけで、優ちゃん。箒はどこやったっけ?」

「箒? いや、家にそんなのは無いよ?」

「じゃあ、どうやって掃除をしてるん?」


 リナさんが小首を傾げて、不思議そうな表情を浮かべているけれど、掃除機が無い国から来たのだろうか。

 いや、流石にそんなはずはないだろう。

 日本にだって昭和の時代、五十年近く前から在ったんだから。とはいえ、我が家は掃除機もあまり使わないけれど。


「もう少ししたら、そっちの隅にあるロボット掃除機が動きだすから、普段の掃除はそれに任せっきりかな」

「……? どういう事?」


 母さんが楽をしたいと、出始めた頃にすぐさま購入したロボット掃除機は、毎朝九時半に動くように設定されている。

 だけど、ロボット掃除機の存在を知らないのか、リナさんの表情は未だ晴れない。


「まぁとにかく、床の掃除は勝手にやってくれるから、大丈夫ですよ」


 せっかくエプロンまで着けてくれているけれど、リナさんは特に何もしなくても良いと伝え、その気持ちはありがたく頂戴しておく。

 しかし、優子のエプロン姿と違って、リナさんのエプロン姿に違和感を覚えるのは何故だろう。

 外国人だからだろうか? それとも胸が大き過ぎるから? まじまじとリナさんの格好を見ていると、別の事に気が付く。


「あれ? リナさんのワンピースって、さっきびしょ濡れになってませんでしたっけ?」


 ほんの数分前に濡れて透けてしまっていた白いワンピースが乾ききっていて、リナさんの胸が見えなくなっていた。

 いや、別に胸が見れなくなった事を嘆いている訳ではなくて、単に乾くのが早過ぎないかと思っただけだ。……本当に。本当だからねっ!


「うん。だから、服は水分を除去したよー」

「除去?」

「そうそう。ミウの服も、ちゃんと乾いてるやろ?」


 言われて見てみれば、ミウちゃんのパジャマも完全に乾いている。

 乾燥機を使ったにしても早過ぎるし、ドライヤーで頑張って乾かしたのかな?


――ピローリロー♪


 不意に聞き慣れた電子音が鳴ったかと思うと、部屋の隅にあったロボット掃除機が動きだし、リビングの埃を吸いこんでいく。


「あ、動きだした。という訳で、あんな感じで勝手に掃除をしてくれるので」

「こ、これは……召喚!? 床掃除の為だけに契約を結ぶんや」


 契約って。相手は家電だよ?

 だけど、リナさんがロボット掃除機に穴でも開くのではないかと思える程、じっと見つめている。

 そんなに珍しいのだろうか。


「ごちそうさま……優君。ミウちゃんは着替えなくて良いの? 一緒に遊びたい……」

「あ、そうだね。外へ出るのは良いかも」


 家に居続けたとしても、リナさんやミウちゃんとの話は何も進展しない気がする。

 とはいえ、外に出たからといって、何かが変わる訳でもないけどさ。


「リナさん。ミウちゃんの着替えをお願いしたいんですが」

「……あ、うん。わかったー。けど、優ちゃんがやってみる? 普段からやっていた事をしてみた方が、記憶が戻るかもしれへんし」


 いや、幼女の着替えなんてした事ないから。

 それに着替えさせるという事は、ミウちゃんの細い手足に触れ、パジャマを脱がせて、服に手足を通させて……無理だ。考えただけでも、怪我をさせてしまうのではないかと思ってしまう。


「優君。私がミウちゃんを着替えさせようか? というか、着替えさせたい」

「リナさん。琴姉ちゃんが着替えさせてみたいらしいんですが、良いですか?」

「もちろん。着替えを持ってくるから、少し待ってて」


 そう言って、リナさんがリビングから出て行く。


「優君……ありがとう。うふふふ……」

「こ、琴姉ちゃん!?」

「……な、何でも無い。これは……そう、練習。将来、私が子供を産んだ時のための……」


 琴姉ちゃんが随分と嬉しそうにしているけれど、アメリカで結婚間近な人でも居るのだろうか。

 居るのだとしたら、おめでたい事だけど、結婚式はやっぱりアメリカなのかな?


「お待たせー。ねぇ優ちゃん。二階の窓から見えたけど、昨日の女の子が門の前でウロウロしてるで?」

「明日香の事ですか? ウロウロって、どんな風に?」

「そうそう、その女の子。ウチ勝手な想像やけど、呼び鈴を押したいのに押せなくて、門の周りを行ったり来たりとウジウジしてる感じかな?」


 それは一体、どんな感じだろう。

 というか、本当に明日香が来ているのなら、さっさとインターホンを押すなり、勝手に入ってくれば良いのに。


「ちょっと見てきますね」


 ミウちゃんの着替えを取って来たリナさんを琴姉ちゃんに任せ、僕は玄関へ向かった。

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