21:戦場の金色

 ゴードンの言うとおり、『エアリエル』は既に発着場に引き出され、乗り手を待っていた。おやっさんが腕組みして、いつもより更に険しい顔つきで俺たちを迎える。

「来たな。準備はできている。今すぐ飛べるぞ」

「サンキュ、おやっさん!」

 セレスの手を借りて、副操縦席に乗り込む。ヘルメットをかぶり、同調器を繋げてシートに身を預け、一息で『エアリエル』の内側に潜る。

 目の前に広がる鮮やかな情報の海の中から、『エアリエル』によって選別された情報を読み込んでいく。セレスとの同調率は六十パーセントそこそこを推移。『エアリエル』の離陸に問題なし。

「行けるぞ、セレス」

「了解です。『エアリエル』、飛びます」

 セレスの声と同時に、青く輝く翅翼を展開した『エアリエル』はふわりと霧の海へと浮かび上がる。

 風の歌に導かれてゆっくりと上昇しているところに、通信が入る。付与された識別番号が基地司令部であることを確かめて、回線を開く。

『「エアリエル」、聞こえるな』

『ああ、聞こえてる』

『はい、聞こえています』

 聞こえてきたロイドの声は、普段の女言葉を封印した司令モードだ。そりゃそうだろうな、この状況下じゃ。

『三分前、迷霧の帳付近で、ジェムと観測隊が船籍不明の攻撃艇と戦闘艇の集団と交戦を開始したのを確認した。至急加勢しろ。座標は今送った通りだ』

 声と同時に受け渡される情報をセレスと共有しながら、内心で舌打ちする。

 観測隊の船は戦闘を想定していない。『迷霧の帳』の探査という役割上「自衛」と「撤退」のための兵装しか積んでいないはずだ。

 そして我が基地の数少ない戦力の一つ、第八番『オベロン』は事実上最強と目される翅翼艇エリトラではあるが、何しろ実験段階の上に、操縦者が実戦経験ゼロときた。飛ばすだけでも魂魄を削るあの船を、兵装含めて自在に操るにはまだ遠い。

 とはいえ、ジェムは俺らの中でも抜群の同調適性と術式能力を持つ、翅翼艇エリトラ共々規格外の霧航士ミストノートだ。飛行能力を犠牲にして最大火力で固有兵装を展開すれば、大体の相手は追い払える。『オベロン』とジェムというのは、そういう類のコンビだ。

 ――だからこそ、嫌な予感が拭えないのだ。

「急ぐぞ、セレス」

「はいっ」

 セレスは『エアリエル』を加速させる。魂魄には、緊張などの感情の乱れは見えない。セレスにとっては『エアリエル』で初の実戦だが、これなら後は俺さえしっかりしてれば何とかなりそうだ。

 空気そのものを切り裂く感覚を全身で感じていると、ロイドの張りつめた声が響く。

『もう一つ。大尉、確かに伝言は受け取った。情報に間違いないか』

『町で、トレヴァーらしい奴の目撃情報があった。明確な証拠はねーが、俺様の勘じゃほぼ確実。奴が生きてて、わざわざサードカーテンを目指してきたとすれば、想像できることは一つだろ』

 ロイドは露骨に舌打ちして、低く唸るような声で言う。

『了解だ。セレスティア、念のため第六番翅翼艇エリトラの襲撃に警戒しろ』

『第六番……、「ロビン・グッドフェロー」ですか?』

 流石はセレス、現行の翅翼艇エリトラの名前は全部把握してたか。

『そうそう、あのゴキブリ艇だ』

『あのねえ、あれはタマムシがモデルよ……?』

 知ってるよ、わざと言ってんだよ。

 一瞬素に戻ったロイドは、咳払い一つでモードを切り替えて続ける。

『警戒したところで無駄かもしれんが、「いる」と想定して、被害を抑えることに専念しろ。現場の判断はウインドワード大尉に任せる』

『おいおい、責任重大だな』

『だが、お前にしかできないことだ。健闘を祈る』

 ――これは、やっぱり、わかって言ってんだろうな。

 思うことはあるが、状況は熟考を許しちゃくれない。ロイドからの通信が切れると同時に、セレスが言った。

「指定海域に突入します」

「了解。視覚切り替えるぞ」

 一気に『エアリエル』の情報精度を引き上げる。三百六十度を捕捉する複眼が、俺の魂魄に霧を見通した三次元の世界を映し出す。

 慣れないうちはこの、人の視覚とは根本的に異なる空間認識に酷い酔いを覚えるもんだが、セレスは俺から流し込まれる情報にも動揺一つ見せず、淡々と処理していく。

「『オベロン』と観測船団を確認。ゲイル、いかがいたしますか」

「そのまま突っ込め」

 我ながら雑な指示を飛ばしながら、基地所属船向けの帯域に調整した通信を投げ込む。

『聞こえるか、こちら「エアリエル」! 現着した、状況を説明しろ!』

『来たか、ゲイル! 遅すぎるぞ!』

 観測隊隊長のブルースが、いやに軽い調子で声をかけてくる。

 遅すぎるってどういう意味だ、とは、問うまでもなかった。一目見ただけで状況は理解できたから。

 観測船団の前には、金色の翅翼がそれこそ視界を覆うかのように広がっていた。

 ――『オベロン』。

 普段よりも数倍に膨らんで見えるそれは、固有兵装を展開している姿であり、実際に翅翼が巨大化してるわけではない。そう見えるのは、『オベロン』の翅翼から、金色の鱗粉を思わせる粒子が無数に散布されているからだ。

 俺は模擬訓練データでしか見たことはなかったが、こうして『エアリエル』の目で改めて見ると、粒子一つ一つに込められている圧縮されたエネルギーが見て取れる。

 放たれた金色の粒子は、『オベロン』自身が生み出した空気の渦を伝い、突出していた戦闘艇の一団にまとわりつく。

 次の瞬間、粒子に篭められたエネルギーは、『オベロン』から放たれる命令記術により熱へと変換され、戦闘艇を次々と霧の海を照らす火の玉に変えてゆく。それは、さながら霧の海に咲く、色鮮やかな花火を思わせた。

「あの、あれが、固有兵装なのです? 記術スクリプト型の広域爆撃、ですか」

 戸惑いを含むセレスの囁きが魂魄を揺さぶる。そういえば、セレスは他の翅翼艇エリトラの操縦訓練はしていても、固有兵装を目の当たりにしたことはなかったか。特に『オベロン』は試験段階であり公開されている情報も多くない。当然の疑問だろう。

「正確に言えば『オベロン』は汎用攻撃翅翼艇エリトラでな。超大型の翅翼を部分的に分解して、望んだ形に再構築する、言葉通り『何でもあり』な船だ」

 翅翼そのもの。それが『オベロン』の持つ固有兵装だ。

 通常、翅翼艇エリトラの翅翼は機体内で魄霧を圧縮し、「飛ぶ」という命令を与えて構築する。『オベロン』は、その「飛ぶ」という命令に他の命令を差し挟み、翅翼を他の形状に変えることができる。詳細はわからんが、魄霧圧縮機関と、命令を処理する解析機関が相当できるやつなんだと思っている。

 が、当然ながら、制御はめちゃくちゃ難しい。いくら機関が有能でも、それを制御し、使いこなすのは船体を支配する霧航士ミストノートだ。ジェムはそんなピーキーな船を操れるという点で、あまりにも希有な霧航士ミストノートなのだ。

 通信越しに、ブルースが口笛を吹く。

『いやあ、噂は聞いてたがすごい火力だな。お坊ちゃまの晴れ舞台って感じだ』

『……だろうな』

 わかっている。乗り手の統制もろくに取れてないおんぼろ戦闘艇が相手なら、『オベロン』の敵ではない。

 だが、俺が危惧しているのは、そんなことじゃあないのだ。

『おい、ジェム! 聞こえてるか!』

『はいっ! 申し訳ありません、記術スクリプト制御に魂魄領域を割り当てており、お返事が遅れました。ウインドワード大尉、セレスティアさん、加勢感謝いたします』

 ――しかし、と。

 付け加えたジェムの声は、明らかに高揚している。

『ここは自分に任せていただいて問題ありません。女王国が誇る翅翼艇エリトラ、その第八番「オベロン」の力を見せつけてやります』

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