第三話 6-11


    3




 ざか邸にやって来てから一時間が経過した。


 パーティーはいまだ絶賛継続中であって、周りからはあちこちでワイングラスを打ち鳴らす音が聞こえてきて、楽団の人たちが優雅なクラシック曲を演奏している。


 ただそんな中で……俺は、アフリカツメガエル(外来種)の群れの中に取り残されたアマガエルのごとくぼっちになっていた。


 理由はいくつかある。


 まずは。ついさっきまでいっしょに談笑していたんだけど、来客への挨拶があるからとメイドさんに呼ばれて申し訳なさそうな顔で中座していってしまった。それはまあ、これだけたくさんのお客さんが来ているのだから、ホストとしての役割があってもしょうがないと思う。


 その後に神楽かぐらざか部長も、何やら用事があると言ってウインナーソーセージをむしゃむしゃと食べながら去っていってしまった。


 そしてふゆや三Kは相変わらずメイドさんと料理しか目に入っていないし、他に周りにいるのは高価そうな指輪をはめた手でヒザの上のペルシャ猫とかをでていそうなセレブな人たちばかりだ。当然のことながら顔見知りはいない。


 結果として、セレブ感あふれるけんそうの中に一人取り残されることになったのである。


「……」


 今の内にトイレにでも行っておくか……


 他にすることもなかったのでそっと会場を抜け出して、お手洗いへと向かう。


 トイレは部屋からそれなりに離れたところにあった。ちなみにトイレだけでうちの居間よりもはるかに広かったことについては……うん、深く考えないことにしよう。


「ふう……」


 無事にきじ撃ちを終えてすっきりと草原のようなイメージとともに手洗い場を出る。


 さて、会場に戻ろうかと思いきや、


「……あれ?」


 ここ、どこだっけ。


 足が止まった。


 確かパーティー会場を出てすぐの角を右に曲がって、その先を五十メートルほど直進した後に左に折れて、その後にまた右に曲がったはずだ。……あれ、左だったっけか……?


 一度迷ってしまうとさっぱり分からない。


 ほとんど迷宮レベルの複雑な構造である。


 だれかにいてみようにも、辺りには人の姿は見当たらなかった。


 仕方がないのでとりあえず適当に歩いてみるも、まったくもってパーティー会場に帰り着けない。


 それどころか、どんどん周囲の雰囲気が高価そうな彫刻とか巨大な熊の剥製とかウインチェスター銃とかが置いてあるぎようぎようしいものになってくる。え、これ本当に戻れるの……? しきの中で遭難なんて、まさかワンチャンあり得そうだから怖い……


 不安でちょっとだけ泣きそうな心地になっていると、


「どしたの、おに~さん?」


「!」


 ふいに声がかけられた。


 どこか舌ったらずなのだけれど、よく通る耳当たりのいい声。


 振り返るとそこには……一人の女の子が首を傾けながら立っていた。


「こんなところで何やってるの? こっちはざか家のプライベートゾーンで、関係者以外立ち入り禁止だよ?」


 髪の毛を二つ結びにした小柄な女の子で、見上げるようにしてそう言ってくる。


 す、救いの女神……? 救世主……?


 にしては少しばかりちんまいような。


 ツインテールを合わせても俺の顎くらいまでしかない。


 というかこの子……


に似てる……」


 よく似合ったツインテール、ぱっちりとした目元、向日葵ひまわりが咲いたような明るく元気な雰囲気。


 中学生くらいだろうか。よく見ればひとなつこいモードの方のにそっくりだ。妹、いたんだっけ……? お姉さんがいるのは知っているけど……


「ん? ちゃんのこと、知ってるの?」


 女の子がそう尋ねた。


「えっと、きみは……」


「わたし? わたしは……えっと、ちゃんの……その、親戚、かな」


の……」


 なるほど、それなら似ていてもおかしくないのかもしれない。


「おに~さんはだれなの? ちゃんの知り合い?」


「え、ああ。のクラスメイトで、さわむらって言って……」


さわむら……」


「ん?」


「え? あ、ん~ん、何でもないよ」


 女の子はツインテールを揺らしながら首を振ると、


「そっか、おに~さんはちゃんのお友だちなのか。よろしくね、おに~さん」


 にっこりと笑って手を差し出してくる。その手をぎゅっと握り返した。


「それでおに~さんはこんなところで何をやってたの? スネークごっこ?」


「違うって……その、トイレに行ったら帰り道が分からなくなったというか……」


「あ、迷子か」


「身も蓋もないけど……」


 その通りだったりする。


 女の子が腰に手を当てて笑った。


「もう、いいとししてしょうがないな~。じゃあわたしが会場まで案内してあげるよ♪ ほら、こっち」


「え、ああ」


 女の子に先導されて歩き出す。


 とりあえず、しき内での遭難という不名誉な事態だけは避けられたみたいだった。

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