第三話 5-11


 クラスも中学も違うし特に接点はないのだけど、悪い意味で有名人なので知っていた。何でも家が新興ゲーム関係の会社の社長らしく、〝アキバ系〟の知識に相当の自信があるのだという。ただそのことを鼻にかけることも多く、さらに女癖の悪さが中学の頃から知られていて、一部男子からは牛乳を拭いたまま一週間放置された雑巾のごとく嫌われているとのことだった。


 え、、こんなやつも呼んでたの……?


「こうしてじかにお会いするのは初めてですね。一度ご挨拶をしておきたいと思って、父の辿たどって今回は独断で参加させてもらいました」


 違った。勝手に来てただけだった。


「やはり〝アキバ系〟のマスターたるさんには、僕のように同じレベルの知識を持った相手がふさわしい……『AMW研究会』なんて、しょせんにわかの集まりにしかすぎないですからね。どうしてざかさんのような方があのようなはんな集まりに属しているのか理解に苦しみます」


「は、はあ……」


 いや現状、おそらくが一番『AMW研究会』の中でライト層なんですけどね……


「ところでざかさんは今期のアニメでは何が推しですか? やはり今期の覇権は『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』で決まりでしょう。まあ僕は一年以上前からそのことは予測していたので、別に驚くようなことではないんですけどね。ハハハ」


 幸いなことに、話の内容は『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』の方に向いてくれたみたいだった。さすがは今期の覇権アニメにしてアキバ系の八割が見ていると言われるだけはある。これならもボロを出すことはないだろう。


「どうですか、ざかさんには『マホちゃん』でお気に入りのキャラクターはいますか?」


「あ、ええと、ピアニッシモちゃんが好きで……」


「僕のお気に入りはマホちゃん一択です。やはり『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』といえばヒロインであるマホちゃん以外あり得ませんよね。他のキャラなんておまけみたいなものです。ああ、そうそう、実は僕、アニメのプロデューサーと知り合いなんですよ。だからその気になればアフレコを見学することだってできる。よかったらざかさんも招待してあげてもいいですよ。どうです?」


「え、ええ……」


 見事に会話のキャッチボールができていない。


 あれ、の代わりに壁とかを置いておいてもたぶんあんまり変わらないよね?


「──ふむ、おかか」


「あ、部長」


 と、いつの間に戻ってきていたのか、片手にフランクフルトをもぐもぐしながらたちの方へと視線を送る神楽かぐらざか部長の姿があった。


「あの男も来ていたのか。ざかさんも面倒くさい相手に捕まったものだな」


「部長、知ってるんですか?」


「ああ。入学してすぐの頃に、『AMW研究会』に入ってやる、と我が物顔でやって来た。だがどうにも性格に問題があってな。私の権限で丁重にお帰り願ったんだ」


 小さくため息をく。


 うーん、だれにでも人当たりがよくてどんなカップリングにも寛容なこの先輩がそんな表情をするなんて珍しい。


「……基本的に『AMW研究会』は来る者は拒まない。だけどそれはきちんとコミュニケーションができるという最低限の礼儀をわきまえているという前提の話だ。調和を乱す者、相手の話している内容を受け入れられない者には遠慮願うことにしている。それはらい部長もおつしやっていたことだよ」


「……」


 ……まあ、見るからに自分のことしか話さずに相手の主張は小馬鹿にするタイプですよね、あの人。


「それにしても、きみと話している時とは大違いだな」


「え?」


ざかさんのことさ。きみと二人でいる時は、他では見ないくらいに楽しそうな顔をしている。きっときみには心を許しているんだろう」


「や、それは……」


 それは……きっと俺がの〝秘密〟を知っているからそう見えるだけで、それ以上の意味はないんだと思う。


 その後十五分ほど、さんざん自分の自慢話だけを一方的にしやべった挙げ句に、おかは電話がかかってきたらしくスマホ片手に「すみません、ちょっと失礼します。いやぁ、つらいなぁ、昨日実質一時間しか寝てなくて。実質一時間しか」と言って去っていった。


「大丈夫だったかい、ざかさん」


 戻ってきたに部長が声をかける。


「え? あ、神楽かぐらざか部長……。はい、ちょっとだけ、疲れちゃいましたけど」


「割って入ろうかとも思ったのだが、あれでもおかグループの息子だろう。あまり刺激しない方がいいかと思ってね」


「そう……ですね。気を遣っていただいて、ありがとうございます」


 がぺこりと頭を下げる。


 神楽かぐらざか部長……そんなことまで考えてたんだ。


 さすがというか何というか、普段は三Kたちに混じって「うむ、やはりダンプカーと電柱のカップリングはよいものだ……」とか幸せそうな顔で言っている印象が強いから、余計にそのギャップに驚いてしまう。


さわむらさんもすみませんでした、お話が途中になってしまって……」


「え、いや、俺はいいんだけど……」


 そう答えるとはそっと俺の隣に立ち、素早く耳元に顔を寄せた。


(また……後でお話ししますね♪)


 ささやくような吐息。


 なんか全身がゾクリときて力が抜けていくような気がした。お耳の恋人ってこういうことを言うのかもしれない……






 ・ざかの秘密㉙(秘密レベルB)


「あ~ん」がデフォルト。


 ・ざかの秘密㉚(秘密レベルB)


 ささやきがほとんど必殺兵器。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る