第三話 3-11


「はー……」


 ふゆたちと合流してから十分ほど歩いて辿たどいた先。


 そこで俺は、盛大なため息をいた。


 眼前にあったのは見上げるほどの高さの門。視界の果てまで続いている塀。その上には十メートル間隔で監視カメラのようなものが設置されている。


 まごうことなき大豪邸が、そこにはあった。


「すごいな……」


 こんなのテレビの中くらいでしか見たことがない。


 門の向こうにそびえ立つ巨大な建物は洋風のよそおいで、まさにおしきっていう言葉がこれ以上ないくらいにしっくりとくる。お金ってあるところにはあるもんなんですね……


 そこはかとなく気後れしながら『ざか』と書かれた表札(これまた立派)の横にある呼び鈴を鳴らす。すぐに返事があった。


「はい」


「あ、すみません、ええと、俺はさわむらといって、さんのクラスメイトで……」


「承っております。少々お待ち下さい」


 少しして、大仰な音とともに門が開かれる。


 中から出てきたのは……メイドさんだった。


「おおおおー! メイドさんキタコレー!」


 ふゆが興奮したように声を上げる。


 秋葉原や池袋にいるようなバイトのメイドさんじゃない。正真正銘の職業メイドさんだ。雰囲気というか、細かな動きとたたずまいでそれが分かった。


「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ。お嬢様がお待ちです」


「は、はい」


 養殖ではない天然メイドさんとの初かいこうに若干緊張しながら答える。


 と、ふゆが不思議そうな顔で言った。


「あれ、よし、もっとエキサイトしないのー? よしが三度のご飯よりも好きなメイドさんだよー?」


「え、ちょ……!」


 まだ引っぱってたの、そのネタ!?


「ほらー、まだ人肌のぬくもりが残る温かいメイド服をテイスティングして、じっくりと口に含んでしやくした後に批評する、メイド服ソムリエになってみたいって──」


「そ、そんなこと言ってません!」


 それはふゆが持ってきた同人誌『神メイド服のしずく』はそんな内容だったけれども!


 全力で否定するも、目の前のメイドさんが警戒するような表情でささっと胸元を手で覆ったように見えた。違うんですよ……俺は別に、メイド服にソースをかけて舌の上でねぶるようにして味わって「このメイド服には少し塩味が足りない」なんて言うような変態じゃないんですよ……


「あ、あの……」


「……こちらです、どうぞ」


 心なしか冷ややかな視線のメイドさんに先導されて、しき内へと入る。


 門を進んだ先は、外界とは完全に別世界だった。


 都内なのにまるでどこかの自然公園に迷いこんでしまったみたいな緑あふれる風景。庭の中に森があるっていうのがまずよく分からない。何かウグイスが鳴いている声が聞こえてくるし、目の前を今リスがドングリを持って走り去っていった。おまけににしきごいがバチャバチャ泳ぐ大きな池があったりその脇には小さな滝と川まで流れていたりしますね……


 そんなここは本当に日本かと疑わしくなる風景を五分ほど歩いて、ようやくしきへと辿たどいた。


 これまた大仰な玄関扉を開けると、その向こうにいたのは……


「いらっしゃいませ、さわむらさん、みなさん♪」


 にこにこと笑みを浮かべるだった。


 ほんわかとしたいやしの笑顔に、ようやく少しだけ緊張が取れる。


「やっほー、来たよー、ざかさんー!」


「いやあ、すばらしいお宅ですな」


「メイドさんが普通にいるとは実に理想的な環境ですね」


「テンションが上がってくるぜ!」


「今日はありがとう。お言葉に甘えて来てしまったよ」


 まったく緊張感のないふゆをはじめとした『AMW研究会』の面々。


 剛毛が生えてるんじゃないかっていうその無駄なハートの強さを少し分けてほしい。


「あー、あのさ、これ、お土産……」


 持ってきた紙袋をおずおずと差し出す。


 中身はさっきも言ったように近所で売っていたべったら漬けだ。何だか……こんなもの持ってきてよかったのかと、逆に申し訳ないような気分になる。


 だけどはまるで宝物でも受け取ったかのように表情を輝かせた。


「わあ、ありがとうございます! しそう……うれしいです♪」


 べったら漬け、好きだったのかな……?


 何であれ、喜んでくれたならよかった。


「それではみなさん、こちらにどうぞ。会場にご案内いたします」


 に促されて、ホームパーティーの会場へと足を踏み入れたのだった。






 ・ざかの秘密㉗(秘密レベルB)


 自宅があり得ないほどの大豪邸。


 ・ざかの秘密㉘(秘密レベルA)


 自宅に普通にメイドさんがいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る