第三話 2-11


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「はー、緊張する……」


 日曜日。


 俺はすずから手土産にと持たされたべったら漬けを手に(いわく「おにーちゃんはただでさえ印象がうすいんだし、きのきいたおみやげの一つくらいないとそのたおーぜいにうもれちゃうんだから」)、家から十駅ほど離れた街にいた。


 普段は立ち寄ることのない超高級住宅街があるベッドタウンの最寄り駅。


 何だかその辺を歩いている犬でさえ札束のかたまりのように見えてくる。たぶんあの着ている服、俺のより高いよね……?


 って、いかんいかん、まだの家に着いてさえいないっていうのに!


 ただでさえ初めての宅訪問の上に、慣れない街の雰囲気が余計に俺のか細い自律神経を失調させる。


 しかもお母様による観察(下手したら駆除)希望付き。気を張らないで自然体でいろという方が無理な話だよ。


 とにかく気持ちを強く持たないと。こっちは一人なんだから、心が折れたら負けだ。


 ……と思ったら。


「おー、よしだー! こっちこっちー!」


「え?」


 何か、いた。


「おお、さわむら氏もようやく来ましたな」


「五分三秒遅刻ですよ。まったく、時は金なりと言うのに」


「まあまあ、いいじゃねぇか別に」


 そこにいたのは、見慣れた面子メンツだった。


「……え、何で、いるの?」


 俺の疑問にふゆがあっさりとこう返してくる。


「えー、何でって言われても、ざかさんに誘われたからだよー? ホームパーティーがあるからぜひ来てくださいってー」


ざかさんにそう言われたら向かう以外の選択肢など万に一つもないというものですな」


「『MGO』の周回イベントを休んででも時間を作ろうというものです」


「もちろん二つ返事で来るのを決めたぜ!」


「ふむ、部員の誘いを断るのは部長としてあるまじき行動だからね」


 ちなみにその場にいたのはふゆと三K、それに神楽かぐらざか部長の五人だった。『AMW研究会』のフルメンバーである。


 ……ていうか、呼ばれてたのは俺だけじゃなかったんですね。


 お世話になったお礼なんて言われたから、ついつい自分だけだと思い込んでいた自分にドロップキックをしたい。まあ、うん、そうですよね。お世話になっている相手なんだから『AMW研究会』のメンバーも呼びますよね……


 とはいえ、これから未知の領域に踏み出すにあたって孤立無援じゃないのは少しだけ心強かった。


「それじゃあ早く行こうよー! 楽しみだなー、ざかさんの家ー♪」


 いつだって楽しそうなふゆたちと並んで歩き出す。


 ざか家の場所は、招待状の中に入っていた手描きの地図に記されていた。……そう、手描き。勘のいい人は察していると思うけれど、おんりよう仕様だ。冥府への招待状を開けたら中に地獄の案内図が入っていた感じかな。マトリョーシカじゃないんだから。


 しかしどうしてが何かを描くとおんりようが創造されるんだろう……これには何かもう、血の因縁めいたものを感じる……


「んー、よし、何それー?」


「え? 招待状だよ。今日のパーティーの。ふゆたちももらったんじゃないの?」


「えー、そんなのもらってないよー。部活の時に誘われただけでー」


「初めて見ますな」


「それ、本当に招待状なのか?」


「いいなー、よしだけそんな呪……個性的な招待状をもらえてー」


 そんなのところで今一瞬言葉に詰まったよね。呪いって言いそうになったよね!


 気持ちは分かります。


 とはいえ招待状をもらっていたのが自分だけだと知りちょっとだけうれしくなる。まあ、見た目は名前を書いた人が死ぬノートみたいなんだけど。


 とりあえず地図とスマホのマップとを照らし合わせて、行き先を確認する。


「ん、あれ……?」


 ところが指し示されている地点には大きな森のようなものが表示されているだけである。何これ?


「ん、どしたのー?」


「や、この住所って、ここで合ってるよね?」


「んー、そうだねー。間違ってないと思うよー」


「なんか……黒い森みたいなのしかないんだけど」


 スマホのマップには、住宅街の中にぽっかりと穴が開くように空白部分が映し出されていた。どういうこと? こんなの皇居とかぞう霊園とかくらいしか見たことがない。


 だけどその答えは、すぐに分かった。

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