強制トゥーハンド・パペット

ちびまるフォイ

その笑顔の理由

目が覚めると、右手には悪魔のパペット、

左手には天使のパペットが取り付けられていた。


誰がこんなイタズラをと思ったが引っ張っても取れない。


慌てて病院にかけこんだ。


「若年性パペット症候群ですね。早めに受診して本当によかった。

 普通、なかなか恥ずかしくて病院に来れない人が多いんですよ」


「まぁ、こんな昔の芸人みたいな風体で外を歩けないわな……」


天使「でも、あまり他の人に見られなかったわ」

悪魔「いいからさっさと治しやがれ!!」


「わっ! なんだ!? 腕が勝手に喋った!」


「この病気の症状です。言いたいことも言えない現代人の

 たまったストレスが両手にパペットを生み出してしまうのです、ポイズン」


「はぁ……」


「天使パペットは普段あなたがうまく立ち回るための言葉を、

 悪魔パペットはあなたが考えている本音をぶちまけます」


「治療方法はあるんですか?」

「大丈夫、この薬を飲めば必ず治りますよ」


医者は優しい笑顔をした。


「でも、この姿じゃなかなか……」


「その病気の人にしか見えないので安心してください」

「あ、それなら」


「ただし声は聞こえるので注意してくださいね」


病院を出て電車に乗ると、目の前に高齢者が立っていた。

席を立つと促すように手を差し出した。


「あ、席どうぞ」


天使「もう降りるので良かったら座ってください、御婦人」


天使は優しいウソをつく。降りる駅はまだ先だ。


「そうかい? 悪いねぇ」


悪魔「まあ、目の前でババア立たせてたら俺の立場悪くなるしな!」


「ババ……! なんですかあなたは!!」


「す、すみません! 違うんです! これは!」


天使「これは病気で思ってもいないことが出るんです、申し訳ございません」

悪魔「ハハハ。更年期か? ババアに過剰反応しちゃおしまいだな」


顎下に強烈な掌底を叩き込まれ電車の天井に頭が突き刺さった。

駅の終点で駅員に降ろされるまでそのままになっていた。


「なんだよこれ……余計なこと言うなよ……」


悪魔パペットの口を縫いつけてから、遅れて会社にやってきた。


「すみません、体調不良で出社遅れました……」


「体調不良で遅刻なんて、まったくたるんどるんじゃないかね!!」


「気をつけます……」


天使「おっしゃるとおりです。健康管理に注意します」

悪魔「遅刻ぐらいで大げさなんだよ。あんたの居眠りは誰も注意してねぇのによ」


「あ゛」


「君!! 上司に向かってあんたとはなんだ!!」


慌てて右手を押さえる。すでに縫いつけたはずの口は開いていた。


天使「仰せの通りです。先ほどの失言は心にも思ってないことでございます」


「本当だな? まったく、最近の若者ときたら

 SNSのせいで礼儀がなっとらん、ワシの若い頃は……」


悪魔「いや、てめぇの若い頃ほど現代とかけ離れてることはないわな。

   参考にはしておきますよ、反面教師としてな」


今度は上司から掌底を叩き込まれて、会社のビルの屋上から頭だけ出た。

首にならなかっただけマシだと天使は言っていた。


「もうほんとに最悪な1日だ……」


そう思っていたが休み時間には給湯室で同僚に感謝された。


「いや、よく言ってくれたよ」

「あの上司にはみんな言いたかったんだよ」

「でもやっぱり怖くて言えなかったんだ」


「あ、あはは。そう?」


天使「いいえ、これもみんなの気持ちがあったからこそです」

悪魔「悪い気分じゃねぇわな!」


今回は天使と悪魔の意見がだいたい合った。


「……まあ、時と場合によっては良いのかも知れない」


少し考え方も変わった1日だった。



翌日、肘までパペットが侵食していた。


「うそだろ……!」


昨日は手首までだった。

ひじまでパペットにかぶっている。


天使「大丈夫、これもほんの一時的なものですよ」

悪魔「なわけねーだろ。終わりだな、これは」


「お前らうるせぇぞ!!」


ひじまで侵食したことで声にする速度も早くなっている。

より、自分の深部まで読み取られてしまう。


天使が建前を言ってからオチのように悪魔が悪くいうので

その落差は計り知れない。昨日以上だ。


病院に駆け込むと医者は苦い顔をしていた。


「先生、どうにかしてください!」


「わかりました、緊急手術をしましょう」


「手術って、切り落としたりしませんよね?」


「大丈夫ですよ、あなたは元通りになりますから」


こんな時でも医者は笑顔をしていた。

それを見ているだけで安心する。


手術が終わると両手のパペットは消えていた。


「ああ、先生、安心しました。ありがとうございます」


「これでもう普通の生活が送れますよ」


先生は優しい顔で答えた。


「もし、あのままだったらどうなっていたか……」


「ひじ以上に侵食して、あなたの体すべてを乗っとるでしょうね。

 今度は口だけではなく体もそのように振る舞うでしょう」


「お、恐ろしい……」


「でももう大丈夫、すっかり治りましたから」


先生はまた微笑んだ。


「ところで先生、俺は腕にパペットがあったのに

 どうして頭の方を手術したんですか? 患部は腕なのに」


「それは――」


優しい顔をしていた先生の右半分が醜く変形した。



「治せねぇ腕に治療するより、

 見えないように頭いじったほうがずっと早いに決まってんだろ!」


天使のような笑顔の横で、先生の顔は悪魔のように歪んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

強制トゥーハンド・パペット ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ