第9話:奮迅突破

9-1

離脱できたと思った間合いも、すぐさま詰め直された。


直後、僕は、絶え間のない攻撃にさらされた。

それは、死、そのものが暴風となったかのよう。


キャップのこぶしを、一撃でもまともに喰らったら、即死はまぬがれない。


頭、胸、胴。

三箇所を順不同に狙った拳撃が、一瞬のうちに三連続で繰り出されてきた。


〈気〉の動きを読み、全神経、全運動能力を総動員して、その攻撃すべてを、なんとか避けきる。


廻地法かいちほう〉で、何度も、キャップから距離を取ろうとした。

だが、その僕の全力、〈気〉の力を使った跳躍術までにも、で追いつかれてしまう。


純血統の〈獣人セリアン〉が有する、超身体能力。

その凄まじさは、充分承知していたつもりだったが、甘かった。


あなどっていたつもりなど、かけらもない。

それでも、認識不足だったと思わざるをえなかった。


今のキャップは、〈無名ノウネイム〉の魔力によって操られ、心神喪失しんしんそうしつの状態だ。

理性もなく、ただ命じられたとおりに、僕と戦っているはずである。

つまり、闘争本能と、肉体の運動性のみで、キャップは動いている。


にもかかわらず、正確無比、電光石火。

対象を抹殺するための動きと速度に、無駄も、狂いもない。


これでキャップに正常な意識があったなら、僕など、とっくに瞬殺されてしまっているだろう。


無名ノウネイム〉にとらわわれているボーア老公は、当然、このキャップより強いはずである。

それで、ボーア老公を倒せるかも、などと、僕は考えていたのだから、まったくヘソで茶が沸く話だ。


ビュシィッ!


光のような抜き手が、そんな音を立てて、僕の腕をかすめた。

いよいよ、自虐的なことを考える余裕もなくなってきている。


反撃できないわけではない。

最初に負傷した僕の両腕は、〈顕現天使エヴァンジェル〉の超回復能力で、すでに完治している。

問題は、反撃するとなると、手加減ができないということだ。


何時間前だかに倒した、まがい物の〈狼人ウェア・ウルフ〉を相手にしているときとは、ワケが違う。

キャップは地上でも指折りの純血、最高の不死性を誇る〈狼人ウェア・ウルフ〉だ。


腕を折る、脚を折る、では、絶対に動きを止められない。

人間ならば、致命傷になる負傷も、一瞬で治癒するのは確実だ。


この状況で、キャップを行動不能にするとなれば。

その五体を徹底的に、破壊する勢いで攻撃するしかない。

それでは、間違いなくキャップを殺してしまう。


できるかぎり、それは避けたい。

キャップを、無傷で行動不能にできる手段が、たったひとつだけある。


輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉。


僕の〈魔渉力ミストフィール〉なら、キャップに手傷を負わせず、無力化できるはず。


しかし、それには最低でも、半瞬の精神集中が必要だ。

けれど、その半瞬の隙で、キャップは僕を端微塵ぱみじん、バラバラの肉片に変えてしまうだろう。

とはいえ、避け続けるまま、防戦一方では、こちらが消耗負けするのは明白。


一か八か……!


首に巻いている織布しょくふをはずし、〈気〉を流しこんで、ひるがえす。


キャップの右拳を頬にかすませながら、その腕に織布しょくふを絡めた。

次いで、織布しょくふの硬度を変化させ、その先端を、アスファルトに突き立てる。

白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉は、はがねと化した織布しょくふの拘束に、ほんのわずかだが、動きをはばまれた。


それは、本当に、一瞬のこと。

だが、僕にとっては、待望の一瞬だった。


全力全開の〈廻地法かいちほう〉で、後方に飛ぶ。


賭けに勝った。


死の領域から身を離し、〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉発動へと、精神を集中しようとした瞬間。

キャップの身体から、爆発的な〈力〉の高まりを感じ取った。


これは、魔力の気配……!

─────────まずい!


着地後、身をひねりながらもう一度〈廻地法かいちほう〉で横に跳ぶのと、銀狼の顎門あぎとから閃光がほとばしるのが、ほぼ同時だった。


呪轟っ!


そんな、空気をく裂音とともに、初めて目にするキャップの〈魔渉力ミストフィール〉。

それは、魔力による超高温の光線放射──────!


かろうじてけえた。

が、咄嗟とっさに連続使用した〈廻地法かいちほう〉は、〈気〉の力による制動せいどうの限界を越えてしまっていた。


超高速跳躍の勢いを殺しきれず、不様ぶざまに転倒してしまう。

即座に身を跳ね起こしたが────────。


それでも、遅すぎた。


立ち上がった僕の目に映ったのは、白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉が、眼前で、今まさに拳を撃ち放たんとする姿。


廻地法かいちほう〉による回避には、必要量の〈気〉を錬る時間が足りない。

軽気功けいきこう〉を使った体術で、先ほどのように流し避わすには、体勢から考えると、呼吸が合わない。

硬気功こうきこう〉の防御で、拳の直撃を受ける他なかった。


無防備に近い状態から、果たしてどこまで耐えられるか……!


瞬時に注ぎ込めるだけの〈気〉を、全身に送る。

そして、白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉がもたらすであろう、必殺の一撃に、九割九分九厘くわりくぶくりん、死を覚悟した。


その時。


豪風一陣。

突如、強い風を感じたかと思うと、白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉の体が、不自然な形にひしゃげ、宙を舞っていた。


見えざる巨大なてのひらに、横合いから、全身を突き飛ばされたかのように見えた。



窮地きゅうちから一転、今度は、キャップへと突撃する。


全力で駆けながら、心の中にある〈力〉のふたを、解き放った。


僕の〈魔渉力ミストフィール〉が発動し、視界が、変わる。

他者には視えぬ、霊的な領域が、視覚可能になった。


山吹色の光が、僕の体から溶岩のように噴出ふんしゅつし、はじける。

四散した光のかたまりは、帯状に伸びて、着地していた白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉の体を覆い、包んでいく。

すぐさま、キャップの〈輝源力ジェネシス〉が、僕の中に流れ込んできた。


僕に〈輝源力ジェネシス〉を奪われながらも、白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉は、怒りの咆吼ほうこうを上げ、僕に拳を振るってくる。


意識はないにせよ、おのれの身に起こった異変の元凶が、僕であることは、わかるのだろう。


しかしその動きは、既に失速していた。

あれほど精密だった攻撃も、荒く腕を振り回すだけの、乱雑な動作になっていく。


輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉を続けながら、その攻撃をかいくぐりつつ、〈気〉を込めた拳を、キャップの体に叩きつけていく。


もう、それら一撃に、必殺の威力は必要ない。

依然いぜんとして、キャップが持つ〈狼人ウェア・ウルフ〉の超回復能力は、機能しているであろう。

が、〈輝源力ジェネシス〉が減っていく状態では、その回復量も格段に落ち、ダメージは、蓄積ちくせきする一方のはずだ。


主に腹部と脇腹へ、拳を集中させる。


連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打。


拳撃を胴体に浴び続けた白銀の〈狼人ウェア・ウルフ〉は、さすがによろめきだし、ついに、ふらふらと地面に倒れ込んだ。


立ち上がる気配はなく、キャップの獣化が、解けていく。

どうやら、完全に気絶してくれたらしい。


キャップが人身の姿に戻った頃に、僕は〈輝源力吸収ジェネシス・ドレイン〉の力を収めた。


僕も、地面にへたりこむ。

それから、息も絶え絶えに、救い主の名前を呼んだ。


「ギャノビーさん……!」


「左様、人呼んで〈涙の流れ星〉!……ま、誰も呼んじゃおらんのだがね?」


と、の人は、人を食ったような笑みを浮かべ、いつものようにウインク。


緋色の装束に、緋色のマント、頭に被るのは羽根飾りの付いた、緋色の鍔広帽つばひろぼう

細身の剣を構えた姿は、さながら古典小説に出てくる剣士そのもの。

そこにいたのは誰あろう。

銀星車輪団アリアン・ロッドいち伊達男だておとこ、ギャノビー・ヴランシュレイその人であった。

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