7-2

「オやオや……御機嫌ごきげんよウ、ニフシェ・舞禅─────。今、お迎えニ行くところでシたよ?」


怪人ベラヒィの言葉は無視して、惨憺さんたんたる一面を、見渡す。


死体には、〈七剣灯局カンデラブラ〉の紋章のついた装甲服を着た者が、多く目についた。

この建物が、〈七剣灯局カンデラブラ〉の拠点であることは、間違いなさそうだ。


しかし、それら死体の有様ありさまは、どうだ。


…………むごいことを──────────。


生きていれば敵側であるとはいえ、胸のうちで、わずかにいたまずにはおれない。


それと同時に、熱いものが、頭から発して、力を失っている体中に、みなぎりだしていた。

それは、怒り。


冷静に行動するよう、自分に言い聞かせたつもりだったが、そうもいかなくなった。

怪人ベラヒィに、問いただす。


「……何故、殺したんです?」


怪人ベラヒィは、血を吸ったさいを右手に持ち、全身、返り血を浴びて、あかく染まっている。


この惨状を作り出した張本人が誰かなど、もはや、考えるまでもない。

フヒヒフヒッ、と笑い声をもらすと、怪人ベラヒィは、大袈裟おおげさにかぶりを振った。


「違イま~すゥ。違いマすよぉーウ? ワタシは、こノ者たちの魂を、救ッてあゲたのでぇス」


………………………………………………………………………聞くだけ、無駄だった。


この男に、ゆがんだ信仰以外の行動理由が、あるはずもない。


おそらく、〈七剣灯局カンデラブラ〉を私的に動かしたことが露見ろけんした末、怪人ベラヒィが暴走した結果に違いなかった。


怪人ベラヒィに抱えられているしいらさんと、床に倒れているベアーを見る。


しいらさんに、目立った外傷はないようだった。

だが、ベアーのほうは、深刻だ。


人身に戻っているその体には、いくつもの傷が刻み込まれ、全身からおびただしい血を流している。


怪人ベラヒィの武器は、〈人外アーク〉殺しの、ゲオルギウス合金製。

その刃を受けながら、かろうじて生きている……いや、生かされている状態だった。


僕への見せしめにするために、いたぶられ、連れてこられたのか───────。


「ニフシェ……ごめんなさい」


しいらさんが、うるんだ目で、弱々しくそう言った。

……なにを謝ることがあるだろう。


「大丈夫です。心配しないで」


安心させるために、しいらさんへ、そううなずいてみせる。


とはいえ、こちらは劣勢。

怪人ベラヒィは、〈無名ノウネイム〉の〈魔渉力ミストフィール〉のことを、知っているはずだ。

僕の身体が今、どんな状態にあるかなど、とっくに承知しているだろう。


気合いと怒りで、無理矢理体を動かし、寄りかかっていた壁から、離れる。

ゆっくりと、怪人ベラヒィのほうへと、足を踏み出した。


「……僕に、神の許しを請え、って、言ってましたね?」


「いカーにも」


ニタリ、と怪人ベラヒィは笑った。


「誰にとっての、神ですか」


刺すように、言ってみる。

が、僕の皮肉など、通用する気配はなかった。


くひひひぐふひ、と怪人ベラヒィは奇怪な笑い声をたて、血塗られたさいを、天にかかげた。


「こノ世の、全テの者ニとっての」


怪人ベラヒィは、そう言ったあと、恍惚こうこつとした表情を見せた。


「─────呪ワれた〈人外アーク〉であル、アなたがたニ、神の祝福を与えよウというのデすよ?」


りません」


間髪入れず、言ってみた。


「神の押し売りなら、他をあたってください」


「そうハいきませーン」


期待など一ミリグラムもしていなかったが、やはり怪人ベラヒィは、聞く耳を持たなかった。


「ニフシェ・舞禅。ワタシはあナたのコとを、少々、調べさせテもらいマしたヨぅ~?」


怪人ベラヒィは、掲げていたさいを下ろし、いやらしい目つきを、僕に向けてきた。


「アなたは、不可解だ。正体不明ダ」


おまえの存在のほうが、よっぽど意味不明で、不可解だ。


真剣にそう思ったけれど、黙ったまま、怪人ベラヒィの動きに注視しておく。


「あなタが〈人外アーク〉であルことが世に知れタとき。……ソの巻き添えで、アなたの母親は、命を落とシている」


怪人ベラヒィの言葉に、しいらさんが驚いた目で、僕を見た。


……………………事実である。

しかし、怪人ベラヒィのような人物に語られると、不愉快なこと、この上なかった。


「そノようナ過去がありながラ、幾度いくどトなく人間を救イ、果ては世界滅亡ノ危機を救っテいる」


─────〈災凶竜ラスト・ドラゴン〉を倒したときのことか。


ギャノビーさんらが秘密にしている事実を、〈七剣灯局カンデラブラ〉は、どうやってか、調べ上げていたようだ。


災凶竜ラスト・ドラゴン〉が龍脈を著しく狂わせれば、世界規模の大災害が、起こっていたのは、事実だろう。

……マクロに見れば、確かに、世界を救ったことになるのか。

が、僕にしてみれば、そんな無茶もしたっけか、くらいの実感しかないのだけど。


ちらりとそう考えたとき、怪人ベラヒィの表情が、急変した。


「忌々シい忌々シい忌々シい忌々シい忌々シい忌々シい忌々シい忌々シい忌々シいぃッ! 〈人外アーク〉ごとキが世界ヲ救うなぞ! 神の敵人の敵生きトし生ケる者スべてノ敵が! ソんな汚物に救われる世界など消えテしまえ! ソンな蛆虫うじむしに救われる人間など消えてシまえ! すべテすべテすべてすべてスべてすべてすべテすべてすべてスべてすべてスべて!」


憤怒ふんぬに顔をゆがませて、怪人ベラヒィは、呪詛じゅその言葉を、一気に吐き出した。


……………ああ。

病んだ思考の持ち主であることは、重々承知していたが、ここまでだったとは。


──────この男は、〈人外アーク〉に救われた人類、そして救われた世界そのものが、許せなかったのだ。


おのれのゆがんだ視野でしか事象を見ず、ありのままの事実を、受け入れることができない。

だから、〈無名ノウネイム〉のいう〈救済〉とやらに、荷担かたんしたのだろう。


汚れた〈人外アーク〉に救われた、すべての人間の魂を、浄化するために。


「デすが─────」

パッと怒気を消し、怪人ベラヒィはまた、いつもの薄気味の悪い笑みを浮かべた。


「ワタシは、惜シくも思ウのです。あナたの、人間ヲ救うとイう、そノ行為を。とうとイとさえ言ってモいい。だガ─────あなたは〈人外アーク〉」


そう言って怪人ベラヒィは、さいの切っ先を、僕に向ける。


「────呪わレた存在だ。このマま死ねば、ソの魂は、永遠に救われルこトはないでシょう。だカら、是非とモ神の祝福を与エたいのデす。スべての者が、救いを得ル前に」


……なるほど、そうつながるわけか。


僕を回心させることにこだわる、怪人ベラヒィの腐った論理に、ようやく、納得がいった。

まあ、納得したところで、溜息しか出ないけれど。


「『何を根拠に〈人外アーク〉が呪われてるって言うんだ?』……そウおっしゃリたいヨうですねェぇぇェ?」


諦念ていねんに満ちているであろう、僕の顔を見て、怪人ベラヒィは、何故か、嬉しそうな声を出した。


その声が、ギッヒヒヒヒヒへひぇ、と下卑げひた笑いに変わる。


「……呪われテいますとモ! 〈人外アーク〉とイう存在は! たトえバこの、祈川しいら!」


突然自分の名を呼ばれ、しいらさんは、ビクリと体を震わせた。


「スベて調べはついてイます! そノ母親は、〈吸血鬼ヴァンパイア〉トの愚かなちぎリの末、コの者を産み! そレでありなガら……」


「……っ! や……」


しいらさんの瞳が、揺れた。


「こノ者が、〈人外アーク〉とシての片鱗へんりんを見せルや─────」


「やめて……!」


しいらさんが、悲痛な声をもらす。


怪人ベラヒィの言葉を止めなければ。

そう直感したが、間に合わない。


僕が何か言うより早く、怪人ベラヒィが、うたい上げるように、無情な言葉を、口走る。


「─────ソの手でこノ者の首を絞メ! 実ノ娘を殺そウとしタっ!」


「っぁ─────────────────────────────!」


しいらさんの口から、声にならない叫びが、あふれ、もれた。












ああ───────────────胸の炉心に、火が、入る。











怪人ベラヒィは、なおも、狂乱したように喚き続けていた。


「呪われてイる! 呪われてイる! 呪わレていなイはずがなイ! ゆエにこの者の行ク末をも…」


だが、もう、黙らせる。


「─────そこまでだ。似非信者えせしんじゃ


ピタリ、と、怪人ベラヒィの動きが止まった。


「……なンと言いまシた?」


「そこまで、と言ったぞ、


繰り返し、強調して、吐き捨てる。


「貴様の信仰は、まがい物だ。雑草ほどの値打ちもない。そんな輩が、神の名をかたるな。それは─────


ピクピクと顔を引きつらせて、怪人ベラヒィは僕を見た。


「……ホウホウホウぅうぅぅぅ? ワタシの信仰が、紛い物ト?」


「違うと言うのか? ならば─────証明して見せろ」


ふらつく腕を伸ばし、人差し指を怪人ベラヒィに突きつける。


「僕、ニフシェ・舞禅は、貴様に決闘を申し込む」


「な、ニ?」


「僕は、その二人の命と、僕の魂を賭けよう」


心の中で、しいらさんとベアーにびる。


けれど、怪人ベラヒィに勝つには、他に方法がなかった。

二人の、人質としての有効性を、言葉だけで、怪人ベラヒィの意識かららす。


─────こちらの手札が悪手なら、相手をペテンにかけるしかない。


「もし僕が敗れたときは、貴様の神にひざまずき、泣きわめきながら、許しを請うだろう。だが─────」


怪人ベラヒィは、小脇に抱えていたしいらさんを床に放った。

……よし。

これでとりあえず、しいらさんとベアーが、即刻、命を落とす可能性は減った。


「─────その代わり、貴様には、


僕の言葉にじっと耳を傾けながら、怪人ベラヒィは、左袖口から、もうひとつの釵を取り出した。


激昂げっこうしているにも関わらず、その構えには、一分の隙もない。


僕は、ひとつ、間を置いてから、言った。


「まさか、信仰とは試すものではない、とは言うまいな? 神の名を掲げ、断罪してきた者が?」


我ながら、安い挑発だ。

けれど、それで十分。


歪んだ信仰心ゆえに、怪人ベラヒィは、この一方的な物言いを、無視することができない。


「貴様は、大勢の命を奪ってきた。神の名をかたった〈力〉、まがい物の信仰で。だが………」


大きく両手を開いて、最後の挑発を飛ばす。


?」


刹那せつな怪人ベラヒィは僕の眼前へと、殺到してきた。


ゲオルギウス合金のさいひらめき───────。


次の瞬間には、その刀身が、僕の胸を貫いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る