7:終着

 警察署に連行されたシェフとその妻。二人は別室でそれぞれ取り調べを受けていた。

 シェフは人の肉、つまるところは死体の一部を持っていたために、そしてその妻は通り魔の容疑での逮捕という形だ。

 二人の自宅からはオオノキの予想通り何も発見されなかった。今のところは死体損域壊遺棄罪と殺人未遂でしか罪に問えない。とはいえ物証はいずれ出てくるだろう。

 「あの手のやつはどこかにトロフィーを隠し持ってるはずだからね」

 とはオオノキの言。

 二人の様子を別室でカメラ越しに見ながら、松神はくるりと回転いすに座ったまま振り向いた。

 視線の先には椅子に逆に座り背もたれに顎を乗せるオオノキ。

 「で、人肉レストランってのは分かったが、それと石黒と民安の殺しがどうやって繋がるんだ?」


 夫婦二人が語り、それをオオノキが補足した内容。それは凄惨なものだった。

 二人はレストランを営む傍らで殺人を犯していた。夫は人を殺すのが好き。そして妻は人を食べるのが好き。そんな二人は共謀して殺しを行っていたのだ。

 妻が言葉巧みに被害者を誘い出し、夫が解体調理し、妻がそれを食べる。

 さらには残った肉をレストランで供する料理に混ぜていたらしい。

 薬売りの佐藤が言っていた通り、人肉はゾンビに対して薬物めいた効用を示す。火を通すことで程度が変われどその点自体は変わらない。微量なりとも薬効と精神的な依存性を発揮する。

 これこそがゾンビにも人気の店になった本当の理由だ。

 つまるところ、店で出す食べ物にクスリを仕込んでいたのだ。

 殺し、食べ、ついでに金儲けにも利用する。なんとも上手くやっていたものだと言えるだろう。

 もっとも、良い事ばかりではない。

 オオノキの見立てでは、シェフの妻はもう先が無いそうだ。

 病気だよ。とだけ彼は語っていた。


 そこまで聞いて、しかし松神には分からない点があった。それはなぜ石黒優と民安春夫が殺されなければいけなかったのかということだ。

 先ほどの質問はそれについてだったのだが、オオノキは複雑そうな雰囲気で答えた。

 「ある意味であれは、もらい事故みたいなもの、かな」

 「あいつらの犯行そのものとは関係ないってことか?」

 「まあ、そう。……事件当夜、おそらくあの奥さんはレストランで食事をしていた。もちろん好物の肉料理を食べていた。だけどその時ミスが起きた。彼女に運ばれてくるべき生肉が石黒さんに配達されるオードブルの盛り合わせに間違って入れられた。見た目からしてローストビーフと牛肉のたたきを間違えたってところだろう。で、彼女らは困った。とりあえず夫が電話をしてみるも不通。店員には適当を言って終わったことにしたけど、生肉を食べればゾンビがどうなるかなんて想像がつく。ゾンビが暴れれば今度はその理由が探られる。薬切れでないのならどこかで肉を食べたことになる。となれば自分たちも容疑者になる。そこで奥さんが『処理』をしに行った。親しかった彼女は鍵の置き場も知っていたので容易に石黒さんの家に侵入し、そこで生肉を食べた民安さんが石黒さんを襲っているのに出くわした。石黒さんの腕がぐちゃぐちゃだったのは民安さんに咬まれた痕を潰すため。民安さんの頭と胴を潰したのも生肉を食べて覚醒状態だったのを誤魔化すため。そうして無残な死体にすることで一方がハイになってもう一方を襲っていたという状況を消して、異常者によって二人は惨殺されたというシナリオに書き換えたんだ。姿の見えない殺人鬼による殺害なら捜査対象はかなりズレることになるからね。だからそう、結論を言うと、これはかなり不幸な事件であり事故だ」


 「だけど、二人の死が無ければまだあの夫婦が野放しになっていた」

 「悔しいけどそうなんだよね。だからあんまりいい気がしないんだ。なんというか……勝った気がしない」

 「勝ち負けの問題じゃないだろ」

 「それはまあ、そうなんだけど」

 だらけた身体を持ち直すと、紙袋と首筋の間にある影にオオノキの手が溶ける。どうやら顎のあたりをさすっているらしい。

 そこでドアが開く。芝原が半身を覗かせた。

 「遺族の方が到着しました」

 「分かった」

 対応に出る松神。半開きのブラインドからその光景をオオノキは眺めていた。

 小部屋を出てすぐの廊下には50代の夫婦がいた。傍には中学生ほどの少年もいる。

 遺体の本人確認を済ませた後なのだろう。その顔はやつれている。

 怒り、悔しさ、悲嘆、苦悩……顔からはそのどれともつかないまぜこぜの感情が見て取れる。

 ふうと一息吐くと、オオノキは席を立った。

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探偵は一度 死んでいる 芝下英吾 @Shimoshiba_0914

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