エバーアフターを共に

?頁:ハツカネズミにはまだ早い

 世界は理不尽に流れている。

 この世は絶望に溢れている。


 それでも、希望だって確かに流れているんだ。


 ***


「んん……眠い」

「よく言うよ灰村、寝てたじゃないか」

「オレも見てた」

「うるさいそこ」

 あの廃墟での事件から、二週間。

 俺は以前と変わらない、平和な日常を送っていた。

「……いや」

 変わらないのは、嘘になる。

 以前とは、何もかもが違う日常だ。

「そういえば八王子、いきなり学校にこなくなったよな」

「確かに、なんか入院したらしいぞ。灰村はなんか聞いてるか?」

「え、いや何も……」

 八王子……〈悪夢のなる木〉のイーアはあの事件以降、学校では入院した事になっている。学校側も、きっと本当の事は出したくないだろうし俺達〈キャスト〉も負の感情しか生まれないから。

 だからなのはわかるけど。それでもそんな事が容易くできてしまう堂野木は、やはり異質な空間なのだろう。きっとこのまま体調を理由に退学、学校内では二度と会わないと俺は思っている。

「……きっと、会ってもわかりあえないよ」

「どうした、灰村」

「あ、いや、なんでもない」

 わざとらしく話をはぐらかして、首を横に振る。こいつらに言ったところで伝わらないし、きっと中学の時の海里みたいにこじれてしまうから。

 シンデレラの、アシェンプテルの〈キャスト〉でありながら読み手の世界を生きる。

 それがこの俺、灰村成の今の日常。

「まぁいいや……それより灰村、お前今日暇か?」

「そうじゃん、確かしばらく暇だろ。久々にカラオケ行こうぜ」

「またそれか……」

 あぁそう、もう一つ俺の日常で変わった事がある。それは――

「今日こそは教えてもらうぞ、文化祭でハツカネズミ研究会がどこに行っていたかって」

「ついでに、活動停止の理由も教えろよ」

「だから、その話はしたくないって何度も言ってるだろ」

 そう、俺達ハツカネズミ研究会は現在活動停止処分の真っ只中だ。

 先日の文化祭は、大変な騒動に発展した。まぁ冷静に考えて、教師と生徒が無断で外に出たのだ。それも、部員が誘拐されたとは言え独断で救出に行ったとなれば学校はご立腹。

 美国先生の監督不行やら俺の不注意、それから文化祭の事も絡んで、今は一ヶ月の活動停止処分ってわけ。会長には申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、本人はこれこそ研究会だなんて楽しんでいたし、そこは安心しているよ。

「聞いてやるなよ、なるも困ってるだろ」

「お前だって楽しそうにさっきからこっちを見てるだろ、鏡也」

 どいつもこいつも、本当に他人事。

 あの時俺がどれだけ命の危険に晒されていたかなんて、きっとこいつらに話しても無駄な事だから。

「……俺行くわ」

「カラオケは?」

「また今度」

「最近本当に、遊んでくれないよな」

「まさか、彼女ができたとか言わないよな?」

「いや、それはねぇよ……」

 あぁ、さっきの話だが一つだけ訂正したい事がある。

 現在処分中って話はもちろん本当の事だけど、これには続きがあるんだ。それは――


「成、行くぞ」

「あ、おぉ」


 活動停止処分なだけで、誰も活動していないとは言っていない事。

「じゃあ、また明日」

「じゃあなー」

 海里に言われ立ち上がると、俺はさっきまで話をしていた奴らに向かって手を振る。早く行かないと、月乃や真紅がたまらないくらいにうるさいんだよ。あぁあと、会長はネチネチ遠回しにうるさい。

「ほら、早く」

「お前もうるさかったね」

「なんだよ、馬鹿成」

 適当に振る舞うのもいつも通り。この生活が日常だと感じるまで、それなりに時間がかかったと俺は思う。

「変な事やられていないか、八王子の件もあるしむやみやたらに話しかけてくるクラスメイトには注意しろと」

「お前の方が注意人物だよ、この馬鹿野郎」

 心なしか昔よりも過保護になっているのは、気のせいじゃないけどな。

 溜息を空に漏らして遠くを見ていると、ほら早く、と急かされてしまう。

「あぁ、わかってるからうるさい!」

「お、灰村の目が赤だった」

「最近あいつ、すぐに赤くなるよな」

「ガチャ引かなきゃ」

「ずいぶん気に入られてるよな、お前の目って」

 海里はそんな風に茶化して言うけど、俺にはそう思えない。だって、俺の目はご利益があるものではないから。

「そんなんじゃない」

「え?」

 今なら、俺の目が赤くなる理由だってわかる。


「これは……直接ではないにしろ姉さん達やお母様の目を抉った、俺への罰だから」


 そっとまぶたの上からなぞった赤い瞳は、今日もお前のせいだって叫んでいた。


 ***


「なぁ会長、聞きたい事があるんだ」

「……なんだ」

 いつものトランプで珍しく勝った俺は、部屋に残った会長を見つめながら言葉を落とした。

「あの時、本当は誰かもう一人噛んでいたんじゃないか」

 俺が八王子に連れ去られた時、会長は明らかに何かを含んだような言い方をしていた。それが、どうしても俺の中で引っかかり離れない。

「……相変わらず察しがいいな」

「答えてくれ」

 わからないはもう嫌だって、決めたから。

「そうだな……例えばの話だが、灰村の王子様は結局誰なんだろうな」

「は……?」

 何を藪から棒にと、そう思った。

 俺の王子様だと名乗った八王子は結局お使いでしかなくて、俺の王子様ではなかったのだから。

「では言い方を変えようか……本当の王子様は、どこだろうな?」

「それって……」

 俺の近くに、本物の王子様がいたって事か?

「けど、そんな奴……」

「鈍感な灰村にもう一つ、ヒントをやろう。長日部以外に、過保護でお前に何かあった時目の前にいたのは誰だ」

「それは八王子と、あとは……え?」

 一人だけ、心当たりがある。

 クラスでやけに八王子に絡まれた時。

 俺がベニヤ板で押しつぶされそうになった時。

 それから、あの階段で海里と話していた時。

「まさか……鏡也!?」

「ご明察だ、なかなか時間がかかったな」

 信じられなくて声が裏返ると、会長は本当だ、と俺の言葉を先回りして笑っていた。

「いなくなったと気づいた時、あの二年が僕のとこにきたんだよ……お前を助けてくれって」

「そんな……」

 なら、どうして直接言ってくれないんだ。今日だってあいつ、普通に話しかけてきたぞ。

「きっと、今の関係を壊したくないんだろう」

「それは、もちろん……」

 その気持ちは、俺だって痛いほどわかるさ。

 俺が〈キャスト〉だってバレたら、誰かが〈キャスト〉だってわかってしまったら、今まで通り接する事はできない。住む世界が違うってわかってしまえば、誰だって距離は置くものだ。

「話はそれだけか」

「……もう一つある」

「まだ何か」

「俺が〈アクター〉だって、会長は知っていたんじゃないか?」

「……ほう」

 この言葉には、どうやら興味を持ったらしい。顔をこちらに向ければどうしてそう思う、と言葉を投げつけてきた。

「思えば、おかしかったんだ」

 最初から、全部。

 あの夜タイミングよく出会った事も。

 どうしてだか俺に〈克服〉を教えてくれなかった事も。

 俺を強引に研究会へ引き入れた事も。

 俺の〈トラウマ〉を見た時の、こいつも。

 海里が俺に近づくなって言っていたのに近づいてきた事も。

 何もかもが、おかしかったんだ。

「もしかして、〈悪夢のなる木〉の事も会長は」

「……そこに関しては、灰村の想像に任せよう」

「はぁ?」

 明らかに話をはぐらかされて、眉間にしわが寄ってしまう。そんな、これでは肝心の知りたい事がわからないじゃないか。

「それでは僕からも、二つ」

「……なに」

 話を逸らされたのはわかっていたけど、俺だって質問に乗ってもらった身だし断る事はできない。どうせ会長の事だ、何か馬鹿な内容だろう。


「あの時どうして……〈悪夢のなる木〉を逃がした」


「っ……」

 投げられたのが数秒前に思っていたのとは真逆の真面目なもので、思わず言葉が詰まる。どうしてって、聞かれても。

「そんな事、言われても……」

 あの時俺は、八王子を逃がした。

 もちろん俺の〈トラウマ〉は命中したしかなりの傷だったけど、それでも俺は八王子を逃がし〈悪夢のなる木〉は逃亡したと嘘をついたのだ。

「あの三人は本来重大な犯罪を犯した人間な上に、もしかしたら三人以外にも仲間がいるかもしれない……僕達だけであの場はどうにかしたが、逃がした事がバレたらお前も犯罪者に」

「あぁもう、だからそれは悪かったって言っただろ!」

 あれからこいつは、定期的にこの話を出しては俺にチクチクと説教をする。知っているよ、お人好しだって言いたいんだろ。それは八王子にも散々言われた言葉だ。

「けど……あいつらだって事情はあるし、俺だって後味の悪いお別れはしたくなかったんだ……それにさ」

「……それに、なんだ」

 少し会長から放たれるオーラが威圧的で、だんまりは通用しないらしい。

「……あいつらだって、〈トラウマ〉に苦しんでいたから」

 誰だって〈トラウマ〉を抱えて生きていて、世界を恨んでいる。それがわかってしまった俺に、あの三人の事を責める資格はなかった。

「……とんだエゴだな」

「わかっている……けど、いつか会えた時に友達になれたら、それでいいかなって」

「狙われたらどうするんだ」

「その時は……笑ってくれ」

 そうなってしまえば、俺の見る目がなかったってわけだ。

 その事を考えるとなんだか不安になって、俺は会長、と無理やり話を変えてやる。

「で、なんだよもう一つの質問は」

「あぁ、そうだったな」

 振った内容が的確だったかはわからないけど、それでも声音が変わったのはわかる。

 だからこそ、これが正解だと俺は思った……けど。


「……これから灰村は、どうしたい」


「それは……」

 戻ってきたのは漠然としていて、ひどく確信をついたストレートな質問だった。

「元々お前が研究会に入った理由は〈トラウマ〉か〈アクター〉についてわかるまで、だったはずだ……どちらもわかってしまった今では、お前がここに残る理由もないだろう」

 確かに、その通りだ。

 俺がここに入ったのはあの夜の事があって、〈トラウマ〉か〈アクター〉がわかるまでという交換条件を飲んだから。それらがなくなった今、俺はここに残る理由は何もない。

「今はもう自由だ、好きに選べ。前の日常に戻り僕達と関係の持たない生活をするのもいい、たまに連絡を寄越すでもいい、残るのは……まぁ、他の奴が許したらな」

「なんだよ、それ」

 他の奴が許したらなんて、あまりに投げやりだと思う。

 鼻で笑ってやったがこれ以上言葉は投げられず、まるで俺の判断を待っているかのようだ。

「……灰村」

「っ……」

 急かされても、そんな急に決めれるような事ではない。そもそもとして、俺はもう――

「……ちょっと待て」

「あぁ」

 どこからか見られているように感じ、ゆっくりと視線を動かす。

 俺の背後にある、いつもの何の変哲もない扉。そこには確かに、複数の影が見えて。静かに、気配を殺しその扉に手をかけ――


「……お前ら何やってる!」


 勢いよく、戸を引いてやった。

「うわ!?」

「あわわ!?」

「どーん!」

「あっぶね」

 雪崩のように入ってきたのは、マフラーを巻いた幼馴染みとバズーカテンションの上級生、電波的な後輩とおまけにやる気のなさそうな我らの顧問。

 あぁもう、お前らいつからそこにいたんだよ。

「なるるん、やめちゃうの……?」

「嫌です、灰村先輩!」

「……俺は、別に成の意志に従うけど」

「頼むからあと半年はいてくれ、やっと入った新入部員が抜けたってバレたら顧問会で何を言われるか」

「おいそこの教師、お前は本音がだだ漏れだ」

 どうやら全員、最初から聞いていたみたいだ。

 嫌だと泣きついてくる月乃と真紅に困惑していると、会長は愛想笑いを浮かべながらも俺から二人を引き剥がしてくれた。

「灰村、別にそいつらの意見は無視しても」

「無視って……会長こそ、俺の話を聞いてくれよ」

 こいつはいつだってそうだ。自分の考えを押し付けて、自分の思い通りになる世界で生きてきた。だから今くらいは、お前のその鼻っ柱折ってもいいだろ?


「誰が、いなくなるなんて言ったんだ?」


「なる、るん……」

「別に、俺がいなくなったら悲しいかなって、そう思っただけだからな」

 そう、ただそれだけの話。

 それ以上でもそれ以下でもなくて、そんな、俺が寂しいわけじゃ決してなくて。

「なるるんー!」

「先輩ー!」

「ぐへっ!」

 なんとも言えない痛みが全身を襲ったが、それ以上に俺は目の前に立つ会長に意識が集中していた。浮かべた表情は柄にもなく目を丸くしていて、なんだかそれが面白い。

「あれだけ早く抜けたいと言っていた灰村が、どんな風の吹き回しだ?」

 まるで皮肉を言うように会長は笑うと、ぜひ教えてほしいななんて言葉を繋げてくる。それが癪に障るから、俺はそんな皮肉な笑顔に飛びっきりの笑顔を投げつけてやるんだ。

「……俺さ、ここにきてわかったんだ」

「何がだ」

「誰だって、〈トラウマ〉に苦しんでいる事」

 俺や是木みたいに記憶がない〈キャスト〉も。

 海里みたいにすぐに〈克服〉できた〈キャスト〉も。

 月乃や豆原みたいに〈克服〉できない〈キャスト〉も。

 それから、八王子のように報われない〈キャスト〉や、会長のように読み手なのに俺達の苦労に付き合わされる人間も。

 どれもこれも形や大きさは違えど、何かの〈トラウマ〉と戦っている。それが、研究会と出会ってわかった事。

「俺、ずっと一人で抱え込んでいたんだ……けど、今なら言える」

 一文字ずつ丁寧に、心を込めて。


「俺は一人じゃないって……だから――せいぜいこの〈アクター〉を守ってくれよ、グリムさん?」


「お前……」

 鉄砲に打たれたような顔をすると、会長はひらりと俺の額に手を伸ばしながら指で丸を作り。

「あだぁ!?」

 めちゃくちゃに痛い、デコピンをお見舞いしてきやがった。

「変な声を出すな、仮にもプリンセスだろ」

 プリンセスは俺の〈トラウマ〉であって俺ではないんだよなとか思いながらも睨んでいると、そうだな、なんて言葉が飛んでくる。


「守ってくれよ、か……望むところだよ、灰だらけの灰村」

 

 会長のその表情は、どんな童話を読んだ後でもきっと表せない、最高のものだと俺は思った。

 なんでそんな事思うって?

 当たり前じゃないか、だって。


 俺達〈キャスト〉は、童話の中から数えきれない笑顔を眺めてきたのだから。


 ***


 古今東西、世界は童話に溢れている。

 往古来今、この世は童話より奇なり。


 そんな世界に生まれたアシェンプテルは、今日も靴を落として走り出す。

 

 少年少女の元におしまいが、ハツカネズミがやってくるのは――もうしばらく、先の事のようで。

 話はひとまず、めでたしめでたし。

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リスも杓子も灰かぶり よすが 爽晴 @souha

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