第7話 贖罪

 私がキスをしている相手。

 日下部くさかべ 梨花りか

 今年我が社に新卒採用された2つ年下の

 そして……

 私、西沼にしぬま 美咲みさきが高校卒業時にフった……


 私は、「お行儀の悪いレズ」だ。

 高校生の時に、女の子しか愛せないことを自覚した。

 結構性欲が強いのも自覚した。

 そして、1人のを愛し続けることが出来ない心変わりの激しい女だという事も自覚した。

 とっかえひっかえ、トラブルもあったが、色んな女の子と関係を結んだ。

 特定の恋人なんて作る気がなかった。


 3年生になった時、梨花りかが入学してきた。

 一目ぼれだった。

 ノーマルの梨花りかと初めてキスをしたとき、彼女は驚きのあまり硬直した。


 でも、梨花りかは私を受け入れてくれた。

 私に初めて彼女ができた。

 

 今まで遊んでいたとはすべて手を切った。

 梨花りかには、女同士の喜びをいっぱい教えてあげた。

 高校3年生の1年間は、本当に幸せだった。


 別れが来た。

 東京の大学進学を期に、両親は念願のマイホームを購入することに決めた。

 大学に進学しても自宅から通学するつもりだったが、新たなマイホームはかなり遠くの県にある。

 今の自宅近辺にしょっちゅう来れる場所ではない。

 家のローンを抱える両親に、一人暮らしを希望するなんて言えない。

 その理由が、の事だなんて言えるはずがない。

 梨花りかとは卒業しても付き合うつもりが、事情が変わってしまった。


 まだ若い私達には遠すぎる距離……

 私は梨花りかに別れを告げた。


「ごめん……梨花りか……」

「私をこんなにしたのは美咲みさき先輩なのに!酷いよ!」

 さんざん恨み言を言われて、泣きわめかれた。


 大学に進学して、お行儀の悪いレズに戻った私……

 大学卒業後、東京で就職した。

 2年後に梨花りかが入社して来る事も知らずに……




 梨花りかと再開した日、退社時間に彼女が会社の前で待っていた。

「お久しぶりです。西沼にしぬまさん。」

「お久しぶり、日下部くさかべさん。あの時は悪かったわ……」

「本気でそう思っています?」

「今更……何を言っても言い訳よね……」

「そうですね。」


 重かった……

 大好きな梨花りかを捨てたのは自分自身……

 大好きな梨花りかを傷付けたのも自分自身……


「本気でそう思ってるんでしたら……」

 梨花りかが私の目を見て言った。

「私のマンション、地下鉄5駅で帰れます。来ませんか?」


 彼女のマンション。

 上京したてで、家具がまだ新しい2DKのマンション。

 私はソファーに座る……


「コーヒーはミルクだけでしたよね?」

「覚えていてくれたんだ……」

「そりゃあ、西の事ならなんでも覚えてますよ。」

 胸に激痛が走った。

 もうこの子は私を「美咲みさき先輩」とは呼んでくれない……

 当然だ。私はそれだけの酷い事をした……


 私は、ソファーから立ち上がり、その場で土下座した。


「何の真似ですか?西沼にしぬまさん。」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……何を言っても絶対に許されないってわかってる……」

「ですね。ここに呼んだのは、恨み言を言うためですよ。わかってましたよね?」

「ごめんなさい……日下部くさかべさん……本当にごめんなさい……」

「とりあえずガチ土下座は止めてもらえませんか?逆に恨み言を言いにくいです」

「何を言われても構わない……ぶたれたって仕方のない事を私はした……でも…これだけ言わせて……」

「弁解なら聞きますよ?」


「私は……今でも……あなたが大好き……これだけは本当……」


「でもどうせ、大学に行ってからは、色んな女の子と遊んでたんでしょ?」

「そう、あなたと別れて……気持ちの隙間を埋めるため……私は『お行儀の悪いレズ』に戻っちゃった……」

「……言い訳しないんですね?」

「結局……彼女にしたいは出来なかった……何十人もの女の子と遊びまくったのに……」

「土下座もそうですけど、『何十人もの女の子』とか、軽く引きますよ?」

「あなたにウソはつきたくない……」


 ソファーに座った梨花りかが、私を見下ろして言った。

西沼にしぬまさんは、どうするつもりです?」

 一瞬、声が出せなかった……

 一生懸命に謝罪の言葉を探した。 

 でも結局、自分にウソがつけなかった……


「あなたとやり直したい……もう一度あなたを『梨花りか』って呼びたい……あなたに……『美咲みさき先輩』って呼んで欲しい……」


「『許されるなら何でもする』とか出てくると思ったんですけど?」

「ごめんなさい……」

「虫のいい話ですね?」

「わかってる……」

「無理ですよ。」

「それもわかってる……」


 ソファーに座った梨花りかが、私の後頭部を軽く踏みつけた……

「それじゃ、こうしましょうか?」





「んちゅ……ん……ちゅっ……」

「はむっ……ちゅっ……んっ……」


 それから毎日私は、彼女に唇をむさぼられている……

 両手を皮の手錠で、されて……


 毎日彼女と一緒に帰り、交代でご飯を作る。

 そのあと……私はデザートの代わりに、唇をむさぼられる。


 彼女に触れる事もできない。

 彼女を抱きしめる事もできない。

 彼女の服を脱がす事もできない。

 彼女を気持ちよくする事もできない。


 ただ彼女に、ひたすら唇をむさぼられるだけ……


 そして手錠を外され、すぐに家に帰らされる。

 彼女は「おやすみなさい」も「さよなら」も言ってくれない。

 一緒にお風呂に入ることなど当然許してくれないので、家に帰ってお風呂に入る。

 彼女の唇を思い出し、シャワーで火照った身体を冷ましながら……

 どうして……

 どうして、このユニットバスに、あのはいないの?

 わかっている。それは自分のせいだ……

 情けなくて悲しくて、涙が出た。


 惨めだけど、これが私の贖罪……







 あれから半年……


 今日も私は、彼女に唇をむさぼられている。

 両手を皮の手錠で、後ろ手に固定されて……


「んちゅ……ん……ちゅっ……」

「はむっ……ちゅっ……んっ……」


 そして……耳元で彼女がすすり泣く声が聞こえた。

「ぐすっ…………」

 私はそれを聞いた途端、涙が出てきた……

「なんで……うっ……なんで……こんな事……ぐすっ……なっちゃったのかな?ぐすっ……」

「ごめんなさい……ぐすっ……私が……全部……ぐすっ……悪いの……」


 その後に、「梨花りか」と呼べなかった。

 私は、その資格を失くしてしまったから……

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